隣室に潜んだドブネズミカップル
松本が自宅の203号室でくつろいでいた頃、隣の205号室には出水智秀(20歳)と飯田正美(20歳)という男女がいた。
二人とも20歳だが学生ではない。
荒廃した家庭で育った出水は、少年期に当然の権利のごとくグレて窃盗や傷害で少年院に入ったこともあるケチな悪党。
飯田は昨年二月に少年院を出たばかりの出水に名古屋の繁華街でナンパされて以来付き合うようになったのだが、手っ取り早く金を得ようと日本各地を転々としながら車上荒らしや盗みなどを40件も繰り返してきたクズカップルだ。
松本と違って両人ともこのこぎれいなマンションに住まうにふさわしい品性が全くない風体であり、その前にこの205号室の住民ですらない。
この205号室の本来の住人は宮崎県出身の大学生・名尾満男(仮名・20歳)であったが、2月6日に帰省して不在であった。
いや、逃げ帰ったと言った方が正解だ。
彼は中学時代に飯田と付き合っていた時期があり、その縁で前年の1993年(平成5年)7月に飯田が出水と一緒に自分の住む205号室を訪ねてきたことがあった。
思春期の淡い思い出がよみがえって飯田との会話が弾んだところ、一緒に来て背後に控えていた出水に「オレの女にナニ慣れ慣れしゅうしとんのや」と因縁をつけられ、それから二度にわたって金を脅し取られていたのだ。
要するに、美人局をかまされていた。
出水たちは、窃盗よりそちらの方が金になると考えたらしい。
今回、実家に逃げ帰ったのは春休みということもあるが、先々週に出水から電話がかかってきて「また近いうち行くから金用意して待っとれや!」と、脅迫されて怖くなったからである。
やがて、出水と飯田は名尾から三度目の恐喝をしようと2月11日に205号室へやって来たが、留守で鍵がかかっていたためにベランダ伝いに侵入して勝手に生活し始めた。
名尾が帰ってくるのを待つためだ。
その間、無一文のまま来ていた二人は部屋内を物色して見つけた現金を使って生活費としていたのだが、コンビニで買った弁当の空き箱やゴミは散らかしっぱなし、セックスをしては床や布団を汚染するなど、数日間他人の部屋でやりたい放題してきた。
ドブネズミかゴキブリのような奴らである。
見つけた現金を使い果たすと、今度は部屋にあったテレビを質に入れようと質屋に電話したが、学生証と印鑑が必要だと言われて断念していた。
この2月15日夜には、彼らの所持金は数百円を下回るほどになっており、かなり追い詰められた状態に陥る。
衝動的で短絡的な出水は「ここにいても金にならないし、死ぬしかない」などと悲観して、前々日と前日には、この部屋で飯田と心中しようとすらしていたが、その覚悟が足りず死にきれなかった。
部屋の主の名尾や大家には悪いが、こいつらが、この時にめでたく死んでくれていれば事件は起きなかったのだ。
死ぬこともできず八方ふさがりとなった出水だったが、生きるための行動を思いつく。
生まれつき頭が悪くて困ったら平気で盗みをする男の考えることだから、もちろん犯罪である。
それは、このこぎれいなマンションの住民を襲って金を奪う強盗である。
標的は隣室203号室の住民、松本浩二だ。
出水は昨年、名尾を恐喝しにここを訪れた際に203号室から出てきた松本を見ており、顔を覚えていた。
何となく、自分とは違って育ちのいい感じの奴だと記憶しており、金を持っているに違いないと考えたらしい。
肝心の実行計画だったが、彼氏同様お世辞にも利口とは言えない飯田と即興で考えたものらしく、ずさんそのもの。
事件後の捜査で、この部屋から「犯行計画」が書かれたルーズリーフが見つかっており、そこには「計画、隣に侵入する、人がいた場合」とだけ記され、その後は白紙だった。
つまり思い付きの域を出ず、その後のことや他のこまごまとしたことは「やってしまってから」と考えていた可能性が高い。
一人の有為な青年がおぞましいやり方で命を奪われることになる惨劇の幕は、こうして行き当たりばったりで切って降ろされた。