表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/46

『私たちの距離』

「おはようございます、ひかる殿。今朝はなにを食べましたか?」

「さすがひかる殿! 今回のバトルもいい動きでした!」

「危ないひかる殿! 敵の攻撃で小石が!」

「ひかる殿ひかる殿」

「ちょっとストーーップ!」


 瞳の桜がきれいに見えていたのだが、素早く遠ざかってしまった。


「どうされたのですか、ひかる殿。なにかトラブルでも」

「今まさにトラブルだよ! カタナちゃん昨日と違って朝からおかしいよ! 近い!」

「たしかに。いつも以上にベッタリでしたわね」

「キスすんのかと思ったわ」


 バトル帰りの二人にも言われ、少し恥ずかしくなった。

 そんなつもりはない……が、べつの下心はあるのだ。


「急にどうしたの? こっちにだって心の準備があるといいますか、なんといいますか」

「えっと、その、ひかる殿。ひとつお聞きしたいのですが、スタンプの販売ってしてますよね? メンバーシップ用ではなく通信ツール用の」

「ぐはぁ!」

 

 特に問題のない質問だったと思うが、ひかる殿は胸を押さえて植え込みに隠れた。


「ど、どうされました?」

「なんで知ってるの……デビューしてすぐに調子に乗って作った黒歴史なのに」


 聞けば手書きのイラストが改めて見ると痛々しく、ここ二年ほどは宣伝もしていないらしい。


「あら、可愛らしいじゃないですか。種類もお値段のわりに多いですし」

「ギャハハハハ! たまに添えてるこのポエムなんだよ!」

「ぎゃーっ! なんで早速見てるの! 契約上まだ販売ページは残ってるけど、あんまり広めたくないんだってぇ~!」


 二人が注意を引いてくれてる隙に私も購入したのは秘密だ。


「そ、それで! このスタンプがどうかしたの?」

「はい、実は……」


 次の言葉の前に思案の壁が立ち塞がった。


 説明するべきだろうか。

 恩人が古参さくらメイトなのだと。


 カラフル・ミラクルのリスナーたちがこぞって買い始めたおかげで、闇に葬られていたスタンプは広く知れ渡った。だが、昨日確認した販売実績は五件のみ。この中にお姉さんがいる。そして今も私を見てくれているかもしれない。

 だから、いつもよりひかる殿の近くにいた。

 少しでもあの人の目に留まるように。

 

「……知り合いがこのスタンプを使ってまして。三年ほど前に購入したとか」

「えぇ!」


 嘘は言っていない。が、一部に留めることにした。

 今はまだ、恩人のことまで伝えるのは得策ではない気がした。

 せっかく掴んだ糸口なんだ。落ち着け、私!

 

「ちょっとだれ! カタナちゃんの知り合いって! 買った人覚えてるよわたし。そんな初期に買ってくれたのなんて、片手の指で足りるもんねぇ?」

「苦労したんですわね……」

「立派になったな」

「だれの目線で見てるの!」


 まだ出会って数か月。

 ひかる殿が昔からの推しだというのなら、彼女のチームメイトである私はある程度好意的に見られているだろう。


 でも海月カタナが月島海だと知られれば、そのかぎりではない。

 もっと本質的なところで、ひかる殿とリスナーから信頼を得なければならない。


 Vテイナーのコメント欄には、本人はもちろんリスナーたちが作る空気感のようなものがある。ある程度の秩序と配信ごとのノリを生む見えない力は、けっして無視できるものではない。

 お姉さんにコンタクトを取るなら、サクラサクチャンネルの全面協力をお願いしたい。

 そのためにはもっともっと絆を深め、だれが見ても良好な関係を築く必要がある。

 例えばイベントで上位に残る、とか。


「だからですね、いいところを見せたいと言いますか。今回のイベントに俄然やる気が出たので、ひかる殿ともっと仲良くなりたくて」


 なんて口下手なんだ。

 もっと言い方というものがあるだろう、私!


「カタナちゃん」


 ほら見ろ。

 あれでは、知り合いを理由にしないと仲良くできないみたいじゃないか!


「こちらこそだよ! イベントがんばろうね!」


 あぁ、よかった。私の心配は杞憂だった。

 さすがあの人が応援するVテイナー。まぶしくて、まっすぐだ。


「そ、そしたらさ、上位特典のタキシードとウエディングドレス着てさ、新婚旅行とか……うへっうへへへへ」

「ヨダレが出てますわよ、はしたない」


 こちらとしても二人きりのコラボは嬉しい。

 ルナ殿に口を拭いてもらう姿はほぼ幼児だが、この人となら一位だって狙える。


「おっ? カタナ今、一位になれるかもって思っただろ?」

「むっ……顔に出ていましたか。修業が足りませんね」

「そうだなぁ。少なくともルーたちがいるのに、ちょっと安直すぎだなぁ」

 

 チームとはいえ、ジューンブライド・マッチはペアでの戦い。

 目の前の子犬少女と薔薇の女王もライバルなのだ。


「失念していたわけではありません。お二人を踏まえても、可能性は十分かと」

「言ってくれるじゃねぇか。イベント最終日のラストバトルは予約済みなんだ。そっちだけランク外とか笑えねぇぞ?」

「そちらこそ。パフォーマンスなしで我々に勝てるとは、思わないでいただきたい」


 可愛らしいひかる殿も恩人のことも、私を駆り立てる大事な理由。

 しかし剣士にとって戦いの滾りはなんとも甘美だ。


「さてと。そろそろ夜の分、バトり始めるぞー」

「えぇ、よろしくってよ」


 世話焼きと宣戦布告が終わったチームメイトが、悠々と並び立った。


「我々もいきますか。では、ひかる殿。お願いします」

「ま、毎回やんなきゃダメかな?」


 ひかる殿は恥ずかしそうに見回したが、三人の視線と催促するコメントの弾幕に、早々に観念した。


「カラフル・ミラクルーッ! ファイ!」

「応っ!」

「オー!」

「おーですわ!」


 私たちは今夜も過激な共同作業を競い合っていく。

 今日の結果は八勝二敗。ルー殿とルナ殿もなかなかの戦績だった。

 その後も連携を高め新たな戦法を編み出し。イベント中盤、私たち四人はイベントランキングの上位へ名を連ねた。

 この熱と雨は期間いっぱい続いていくと思っていた。信じて、疑わなかった。


 なのに、ジューンブライド・マッチの日数が残り五日に迫ったとき。

 なんの前触れも相談もなく。


 ――――Vテイナー桜色ひかるは引退を発表した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ