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『捨て身の流れ星』

「……しぶといですわね。あのパピィみたいにちょこまかと」


 なかなかダメージを与えられない状況に、ルナちゃんが手袋の指先を噛んだ。


「だったら一気に決めてやりますわぁ!」


 振られた杖から花弁が舞う。

 花の香りに押し出されるように、防御の蔓もこちらを向いた。


総撃オール魔棘鞭パニッシュ!」


 防御を捨てた総攻撃。容赦ない蔓が地を這い、空を駆け、襲いかかってくる。


「今なら攻撃が当たるかもしれなくてよ? まぁ、できればの話ですけどっ!」


 勝利を確信している余裕の笑み。

 過去のバトルでも、この猛攻で何人もの相手を仕留めている。


 だからこそ。

 わたしはこれを待っていた!


「今だ!」


 止まりそうになった足を動かした。

 恐怖を抑えて、逃げ出したい心の背中を押して。

 わたしは走り出した。


「ガードボールっ!」


 こっちにだって身を守る手段はある。

 迫りくる蔓たちが、光の向こうで手をこまねいた。


「その程度っ! 気休めにしかなりませんわ!」


 ルナちゃんの言う通り、球にはすぐにヒビが入った。

 数秒の内に砕け散り、視界が緑に染まっていく。


 だから、身をかがめて距離を稼いだ。ほんの一瞬だけでよかった。

 ただ、杖を振り上げる時間さえあれば。


「散弾マジックボール・零距離掃射!」


 爆音と爆炎が広がり、目の前に迫っていた蔓は消え去った。

 けれど、次の攻撃が間髪入れずに始まってしまう。


「やあああああっ!」


 今度は地面にマジックボールを放つ。

 棘を体に食い込ませ、絡みつく蔓をブチブチと千切りながら、少しだけ見えた空を目指して飛んだ。

 多少のダメージなんて、気にしてられない。


「空に逃れたからなんだというんです! 逃げ場を失っただけですわ!」


 甲高い声に呼応して、蔓たちがわらわらと伸びてきた。

 ルーちゃんに聞いた通りだ。横や下方向よりも、上に伸びる速度のほうが少しだけ遅い。


「これならどうだぁ!」


 狙うは薔薇の女王。

 杖の先を後ろに向けて、今度は魔力光線!


「いっけぇぇぇぇぇぇ!」


 光の帯を推進力に、ロケットエンジン顔負けのスピードで飛んでいく。


「ガードボールぅ!」


 同じ魔法を使うのに必要なインターバルギリギリで、魔法を切り替えた。

 けれど生まれた速度と勢いはそのまま。


 わたしは今、流れ星になったのだ!


「シューティング・スター・タックル!」


 光の向こうで鈍い衝撃音がした。

 正面から激突したルナちゃんが、ものすごい速さで吹き飛んでいった。


「あばばばばばばばばばぅどぅんばららららららららら!」


 地面を転がり、何度も跳ねて、最後はそびえ立つ山の麓に突っ込んでいった。


「入ったああああああ! なんという機転と応用、そしてど根性! これはルナ・ローズガーデン、かなりのダメージになったのではないでしょうか!」


 ルナちゃんのHPは二六七一〇。

 バトル開始時点で私との差は一目瞭然だった。


 でも、土煙の中に小さく見える数値は一〇五七〇にまで減少している。


『すげぇ! なに今の!』

『捨て身すぎんか?』

『がんばれ! このまま叩き込め!』

「はいっ!」


 撃てるだけのマジックボールを狙い撃つ。

 立ち昇る土煙と崩れる岩。その中に標的はいる。


「こんのおおおおおおお!」


 マジックボールが生い茂る蔓に阻まれた。

 岩を吹っ飛ばし土埃を払って、薔薇を冠する女王が姿を見せた。


 でも、髪は乱れて服もボロボロ。足が震えて、立っているのもやっとなのがわかった。


「あんな野蛮な攻撃で、このわたくしが……いえ、これはわたくしの油断と慢心が招いた事態。認識を改めなければ」


 大きく息を吸い込むと、ルナちゃんは胸を張りわたしと向き合った。


「認めましょう、桜色ひかるさん。貴女は強い。そして、その強さにわたくしは嫉妬していましたわ」


 突然語られた意外な言葉に、つい聞き入ってしまった。


「わたくしはオリジナル・ウェポンを使い一位を死守するあまり、大切なことを忘れてしまっていました。それは壁に挑む心構え。勝ちたいというハングリー精神。ここからは、正真正銘すべてを懸けて。全身全霊でお相手致しますわ」


 なんだろう、一言で言えば面構えが違う。

 ずっと纏っていた強者の余裕みたいなものが消えて、飢えた獣みたいな貪欲さが加わっている。


「お覚悟を!」


 地中から伸びる蔓たちが、地形を変えながら向かってくる。

 横に跳んで躱して、マジックボールで反撃を繰り出した。


「まだまだですわ!」


 さっきよりも攻撃が甘い。魔力光線や散弾も繰り出して、こっちも反撃ができている。


「このままならっ!」

「攻め落とせる、と思いまして?」


 聞こえた声とぶつかった視線に、背筋が凍った。


「貴女は強くて純粋な御方。だからこそ、正直に乗ってくれると思いましたわ。目の前に現れた攻撃のチャンスを、ひとつも見逃さず」


 しまった。まさかわざと反撃させていたっていうの?


「貴女の力は美しい花を咲かせる養分となりました! 死薔薇ローズ吹雪ブリザード!」


 ルナちゃんの背後に何輪もの花が咲き、花弁を散らした。

 次の瞬間、さっきまでとは比べ物にならないスピードで襲いかかってきた。


「きゃあああああっ!」


 一枚一枚が刃物みたいに鋭くて、あっという間に全身を刻まれた。

 目の前が赤く塗り潰され、むっとする薔薇の香りが自由を奪っていく。


「すごおおおおい! ルナ選手、ここで新たな技を繰り出しました! 桜色選手は大丈夫か?」


 なんとか意識はある。でも、体が信じられないくらい重い。

 かすれた視界で見た自分のHPは、残り三〇〇を切っていた。


「さらにっ!」


 地中から伸びた蔓が巻き付いて、十字の姿勢で掲げられた。


「ぅぐっ!」


 口も塞がれて、パフォーマンスを叫ぶこともできない。

 締め付けと刺さる棘が、わずかな身動きも許してはくれなかった。


「貴女の発想と爆発力は、決して侮ることはできません。ゆえに……パフォーマンス!」


 そんなっ、この状況でさらにパフォーマンスなんて!


「念には念を。全身全霊と申し上げたからには、わたくし一切の妥協は致しません!」


 インターバルの間に髪を整え土を払い、傷つきながらも凛とした女王が舞い戻った。


「画面の切り替えを申請致します」


 申し出はすぐに了承されて、ルナちゃんはどこかへ消えてしまった。

 その代わり空に大きなスクリーンが映し出された。


 あれは、現実の世界?


「わたくしのチャンネルでは、頂上戦で今までにないわたくしをお見せすると予告していました。親衛隊のみなさん、お待たせしましたわね」


 画面の中は洋風の広いお部屋。

 まるで、フィクションの中で見るお金持ちのお屋敷だ。


「ご覧いただきますわ。わたくしのす・べ・て」


 映像の隅に置かれたのはVギア。

 フルフェイスマスクで表情の機微を読み取るこの機械は、実写配信の顔バレ防止に使われることが多い。


 それを外したということは。


「ごきげんよう、皆様。わたくしがルナ・ローズガーデンでございますわ」

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