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第十話 『流した涙』

凪肌なぎはだ)」


 タイミングもマジックボールの威力も完璧だったはず。

 それなのに、半端に持ち上げた刀身を滑るようにわたしの攻撃は後ろへ逸れた。


「万丈さんのときの……」

「一気にいきます。雨貫あまぬき


 横殴りの雨みたいな鋭い突きが、全身をくまなく刺してくる。

 成す術のないわたしのHPは、残り三桁にまで減っていた。

 このままじゃ、負けてしまう。


「――――だあっ!」


 体が勝手に動いた。

 顔を突き出して切っ先を頭突きで迎えるように。


 嗚呼、嫌な気持ちがよぎる。

 わたしは、《《もう二度と》》こんなことしたくないのに。


「なっ!」


 意図したわけではないけれど、カタナちゃんの腕が伸びきる前に当たったことで、連続技を止めることができた。


「……今なら」


 お腹にワンドを押しつける。

 コルセットだろうか、ドレスにしては固い感触が伝わってきた。そしてそのまま、マジックボールを放った。


「ぐぅ!」


 ダメージは八〇〇。

 かなり減らしたほうだけど、わたしとの差は縮まらない。


「だったらぁ!」


 体にしがみついて意地でも離れない。

 地面を転がりマウントを取って、何度も何度も撃ち込んだ。


「うわあああああああああああああああああっ!」


 ちがう。

 わたしはこんなことしたくない。

 わたしじゃないわたしじゃないわたしじゃない!

 こんな恐ろしい戦い方、桜色ひかるじゃない!


「はあああっ!」


 押さえつけていた杖先を地面に逃がされ、拘束を解かれてしまった。

 柄の先端で殴られて蹴飛ばされて、伸びた草の上を転がった。


『大丈夫? ひかるちゃん』

『なんかキャラ変わってたけど』

『キレてた?』


 飛んでくるコメントは、背中を丸めて倒れていても目に入る仕様になっている。


 怖い、怖くてたまらない。

 だめだ、震えが止まらない。


『よくやった、ひかる! キャラと違うのはしかたねぇ、ルーでもそうしてた!』


 勢いよく飛び込んできた文字の集合が、ひと際輝いて見えた。


『相手もかなりHP減ってるぞ! そのまま押し切れっ!』


 視界の端に捉えたカタナちゃんは、よろよろと立ち上がるところだった。

 残りのHPは一〇〇〇強にまで減っている。


『そうだっ! がんばれ!』

『イケるイケる!』

『応援してるぞ!』


 ルーちゃんに触発されてか、他のコメントに熱が宿っていく。

 どうしようもなく熱いものが、わたしを桜色ひかるに戻してくれた。


「みんな……ありがとう!」


 顔を上げて、カタナちゃんを見つめる。

 同じくらいボロボロだけど、まだ諦めていないことが伝わってくる。


「驚きました……ですが、もう同じ手は」

「パフォーマンスっ!」


 周囲を包む金色の光。


 ごめん、ルーちゃん。ここで使わなかったら、たぶんずっと後悔することになる。

 この気持ちを、胸に広がる感謝を、一番伝えられるのはこれしかない。


「この歌はわたしが大好きな曲です。いつも大事なときに勇気をくれて、わたしをヒーローにしてくれる。みんなと、この気持ちを分かち合いたい!」


 制限時間はギリギリ。だけど、この曲ならちゃんと歌えるはず。


 小さい頃に見た、戦う少女たちを描いたアニメのオープニング。

 夢と元気を与えてくれる神曲だ。


「――――――――」


 体が勝手に動く。

 今度は歌に合わせて、言葉のひとつひとつを届けるために。

 溢れる想いを、世界中に送るために!


 桜色ひかる、パフォーマンス結果。

 グッド数・三九〇。

 ナイスコメント数・一四三。

 スパチャ総額・九一六〇〇。

 合計・九二一三三。

 スペシャルスキル解放《大魔法弾マジック・ボンバー


 この巨大な魔法なら力押しでいけるはず!


『海月剣姫、がんばってください!』

『あなたなら大丈夫』

『こちらはパフォーマンスの準備もできていますぞ!』


 そうだ、カタナちゃんのパフォーマンスも警戒しないといけない。

 満を持して解放されてしまえば、話題性では遠く及ばないのだから。


「いっけぇぇぇ!」


 魔法を放ちながら倒すべき相手を睨む。

 でも、彼女は。


 ――――海月カタナは、泣いていた。


「えっ」


 握る刀はだらりと下げられ立ち尽くしている。

 ただわたしを見つめて涙を流し、戦意を失っていた。


「あなたは」


 爆発する光の直前。カタナちゃんがそう呟いたように見えた。


 勝者、桜色ひかる!


 堂々と空に浮かぶ勝者の証。

 街へ戻るとルーちゃんに飛びつかれ、見知らぬ人たちから拍手喝采を送られた。


「よくやった! マジでよくやった!」

「ル、ルーちゃん痛いよぉ」


 コメントもお祭り騒ぎになっていて、もうなにから反応していいのかわからない。


「あの」

 

 混乱していると、少し震えた声がかけられた。

 束ねた青い髪が優先順位をひとっ飛びで駆け上がる。


「参りました。負けを認めます」


 会ったときより深々と、カタナちゃんは頭を下げた。


「でも、あの、カタナちゃん。あのとき」

「おうおうおう! 負けたときのペナルティ、忘れてねぇよな?」


 なぜかわたしより偉そうなルーちゃんが、鼻息荒く躍り出た。


「もちろんです。さぁ、ひかる殿。なんなりと言ってください」

「なんなりと言ってやれよ」

「えぇ! そ、そんな急に言われても」


 個人的には、まだカタナちゃんと話したい。

 彼女のことをもっと知りたい。


「えっと、じゃあお友達になってもらって……夜の歌配信に出てもらうっていうのは?」


 ぽっと出た提案にカタナちゃんは「そんなことでいいの?」と言いたげに目を丸くし、ルーちゃんはすごい顔で親指を立てていた。

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