言わないで
マユは混乱していた。
クラスメイトの岩本リリカの上履きを盗もうとしたのをアリサに見られた。
クラス委員のアリサは、誰かにこのことを言ってしまうかもしれない。
誰に?先生に?または、リリカか、一条和歌子……
憧れの一条和歌子と仲良くしているリリカを見るたびにマユの胸の中に何か、チクチクする小さな粒が増えていた。固くて、ザラザラしたそれは、日に日に増えていく。
若と、もっと和歌子と仲良くなれたら、リリカより仲良くなれたら、この苦しさが消えるかも?
そう思ってマユは和歌子に付き纏い、不自然にずっと話しかけ、世話を焼いていた。
『若〜!新しい家はどうですか?すごい綺麗な大きな家なんでしょう?よかったですね。私、安心しちゃった。』
『髪、伸ばし始めたんですか?部活、やめたんですよね?放課後、時間あったらうちで一緒に勉強しませんか?』
マユは一生懸命に和歌子に話しかけたが、そのたびに和歌子は
『うん。大丈夫。ゴメン。』と黙り込んだ。
(『ゴメン』って……なんで最後につけるの?前までは、今と同じように話しかけたら若はニコニコして返事してくれたのに。私、うざい子になってるのかな?どうする?嫌われたくない……でも、何とかしないと若との距離が縮まらない。)
マユの胸の中のチクチクはどんどん増えて、ザラザラ音を立て膨らんで砂嵐のようになりマユは今にも窒息しそうになった。
だけど……
初めてリリカの上履きを盗んで手洗い場で蛇口を全開にして濡らした時、不思議と胸のチクチクがスーッと引いて普通に息ができた。正直、気持ちよかった。
それから、苦しくなるたびに上履きや体育着を隠したり汚したりした。
(盗んだわけじゃない……最後は必ず返す。ただ、ちょっとの時間隠したり、濡らしたり、汚すだけ。リリカが少し困れば気が済む。ただのいたずら。大したことない。)
マユは、そう自分に言い聞かせて、心の中の罪の意識を軽くしていた。
でも……今日、アリサが自分を見た目つきは軽蔑と驚きに満ちていた。
あんな、アリサは初めて見た。呆れた、まるで泥棒を見るような目。怖かった。
マユは咄嗟に校舎の影に隠れ、気がついたら自然にアリサの後を追っていた。
アリサはファミレスに入った。
窓越しにアリサが見える。テーブルに着いた。三人いる。
アリサ、リリカ、和歌子……
マユは足が震え立っていられなくなった。
ファミレスの入り口のそばにしゃがみ込んで両膝に顔を埋めた。
(終わった……リリカに嫌がらせをしていた事をアリサ見られた。
靴箱からリリカの上靴を盗む現場をアリサが見ていた。
アリサ、何話してる?リリカに頼まれて犯人探していたの?
今すぐ三人の所にいって私が犯人って告白したらどうなる?
謝ったら?後悔してるって言ったら?でも、怖い。どうしよう……)