最悪な夜
夏休みに入って、マユは塾が終わると駅前の母が働いている手作り弁当の店を頻繁に訪れた。
そんなある日、
「手伝ってくれて、ありがとう、マユ。でも、何で最近、お母さんのこと迎えに来てくれるの?」
「べつに……暇だし……」
マユは母にそう言いながら頭の中ではある事を考えていた。
「もしも、もしも、若君とお店で会えたら、『これからご飯ですか?よかったら、うちに来て一緒にご飯食べましょう!』て誘って、それから一緒にデザート食べて、楽しくおしゃべりして、時間が過ぎて『遅いからうちに泊まっていきませんか?』てお誘いして。あ、もちろん何にしない。で、仲良くなって……」
マユがそんな楽しい妄想をしていると店の自動ドアが開いた。
そこにいたのは、マユが待ち焦がれた王子様和歌子ではなく、大嫌いなアントワネットことリリカがだった。
「あ、アントワネット……」
「あ、こんばんわ……えっと……」
二人はそれ以上言葉を交わさなかった。
数分後、注文した唐揚げ弁当を受け取ったリリカは店を出た。
すると店の前にリリカの母が現れた。
長い旅行から帰って来たばかりで大きなスーツケースを引いていた。
リリカの母はCHANELの大きなサングラスの奥の派手に化粧した目をパチクリさせて
「リリカ!何してるの?それは何?」
「晩御飯の唐揚げ……」
「そんな物食べちゃダメでしょう!まったく!豚じゃあるまいし!」
リリカの母はリリカの手から唐揚げ弁当を取り上げて車道に投げた。
弁当の白い袋が宙に舞い、車に轢かれ、破け、唐揚げと白いご飯が飛び出して潰れるのが見えた。
あまりの出来事にリリカは驚愕して身動きできなくなった。「殺される」そう思った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。もう食べないから許して……」
「ほら、帰るわよ!」
リリカは母に服を鷲掴みにされて、引きずられるように帰って行った。
マユは一部始終を見ていた。話も聞こえた。
「そんな物って……お母さんが作ったお弁当を豚のエサ扱い?許せない。酷過ぎるよ。リリカなんか大嫌い。母親も最悪……許さない!」
マユは怒りに震えた。