和歌子の母
和歌子は緊張していた。
アリサが作ってくれたアイスコーヒーを一口飲んだ後、身じろぎもせずにきちんと膝に手を置き、背筋をピンと伸ばしてソファに座っていた。
右手が小さく震えている……和歌子はアリサとアリサの母、美沙子に震えを気づかれたくなくて右手を左手で必死に押さえていた。
アリサも美沙子も黙って座っている。重い空気がアリサの自宅の居間いっぱいに広がっていた。
ピンポン……玄関のチャイムが鳴る。
美沙子が席を立つ。
玄関が開き、廊下を歩いてくる足音。
居間のドアがゆっくり開くと美沙子の後ろに和歌子の母が立っていた。
重い重い沈黙……和歌子は時間が止まったように感じた。
立ち上がって挨拶しようと思ったが膝が震えて立てない。何とか力を振り絞って立ちあがろうとした時、先に動いたのは和歌子の母、田中佐和子だった。
佐和子はゆっくり和歌子のところへ歩いて行き座っている和歌子をそっと抱きしめた。
「ごめんなさいね。ごめんなさい……義父さんと約束していたの。あなたと関わらないって。」
佐和子は泣いていた。和歌子を抱きしめる腕の力がだんだん強くなっていく。
これまで、和歌子は母である佐和子に会う機会はあったが話すことも視線を向けられることも一切なかった。
「ずっと、会いたかった。お父さんにそっくり。死んだ雅彦さんにそっくり。」
和歌子は母に抱きしめられて、嬉しい気持ちよりも何か不安な怖いような気持ちでいっぱいになった。
心の中に冷たい風が吹き込んで来て、心臓の鼓動が激しくなるのがわかった。
その後、古い友人であるアリサの母、美沙子と和歌子の母、佐和子は二人きりで話を始めた。
アリサと和歌子はアリサの部屋に行った。
まだ緊張している様子の和歌子にアリサは冷たいミネラルウォーターのペットボトルを渡した。
「どうするの?和歌子お母さん、あんたと一緒に暮らしたいて言ってたけど……お母さん再婚してるから全く知らない人間と一緒に暮らすことになるんだよ。」
「うん。わかってる。でも……行こうかな。お母さんのとこ。」
「そう……。和歌子が決めたことなら……反対はしないよ。」
アリサはそう言ったがこれから苦悩するに違いない和歌子のことが気がかりで仕方なかった。
「和歌子!なんか、あったらさ、うちに来なよ。我慢しちゃ駄目だよ……」
「ありがとう。アリサ……大丈夫だよ。アリサは、心配性なんだから。」
和歌子はアリサの優しさが嬉しかった。
それから数日後、和歌子は新しい家族の元で暮らし始めた。