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前編(カトリーナ)

ヘンリー・ハーベリンゲン公爵子息は変わり者だった。

黒髪碧眼。ハンサムと言う訳でも無く、その辺にいそうな普通の青年である。歳は20歳。

彼は幼い頃から、美しい人形が好きで、人形工房へ通い、自ら人形師に師事して、人形を作るという入れ込みようだった。


コツコツと作って愛情を注いで出来上がった人形は14体にも及ぶ。

等身大の人形が2体、後の人形は小さな人形であるが、どれも美しい令嬢の姿で。

豪華なアクセサリーを着け、華やかな品の良いドレスを着ていた。

その人形達を自分の妻達と呼んで、公爵家の領地経営見習の合間、暇さえあれば、人形師の元へ新たな妻を作りに行ったり、部屋に籠り人形達と語り合うヘンリー。


そんな変わり者の息子ヘンリーの事を心配したハーベリンゲン公爵夫妻。

彼は一人息子である。

いい加減に結婚をして欲しい。いずれは公爵位を継いで、子を儲けてこのハーベリンゲン公爵家を盛り立てて行って欲しい。


だから、ハーベリンゲン公爵夫妻は、息子の意見を聞かず、婚約者を勝手に決めてしまった。



部屋に呼び、息子のヘンリーに、ハーベリンゲン公爵は、


「ミルヘルム公爵令嬢とお前との婚約を決めて来た。これは命令だ。

カトリーナ・ミルヘルム公爵令嬢はそれはもう、美しい可憐な令嬢だ。歳は18歳。これは絵姿。」


ヘンリーにはハーベリンゲン公爵は額に入ったカトリーナの絵姿を見せる。

金の髪に青い瞳、グリーンのドレスを着たその令嬢は微笑みを持ってこちらを見つめていた。


それでもヘンリーは首を振り、


「私は妻達と過ごす時間が削られるのは嫌です。私の妻達はあの子達です。

ですからカトリーナ嬢とは結婚は出来ません。」


ハーベリンゲン公爵夫人はキツイ口調で。


「ヘンリー。貴方はこの公爵家を継ぐのよ。結婚して、子を成して、この公爵家を子孫代々繁栄させなくてどうするのっ。息子は貴方しかいないのよ。母を悲しませないで頂戴。」


「しかし、母上。」


公爵はヘンリーに向かって、


「これは命令だ。カトリーナ嬢との婚約は決定事項だ。婚約者として大切に扱うように。」


公爵である父の命は絶対である。


「承知しました。」


ヘンリーは泣く泣くカトリーナ嬢との婚約を受け入れるしかなかった。




「カトリーナ・ミルヘルムです。」


それから数日後、カトリーナとハーベリンゲン公爵家のテラスでお茶をした。


ヘンリーは女性とまともに付き合った事もない。

暇さえあれば、人形工房へ通い人形を作り、屋敷では人形達を妻と呼んで触れ合う事しか興味が無かったヘンリー。

それでも公爵令息らしく、礼儀正しく応対する事にした。

カトリーナに対しての感想は…美しい令嬢だ。ただ、それだけ…

美しさならマリアーテやレイラ、シャリーヌ、フォレスティーヌ…等、

自分が作った人形、いや妻達の方が数倍、数百倍も美しい。


カトリーナの肌は若くてそれはもう美しいのだろうけれども、

あの滑らかな…冷たい無機質な肌に勝る物はない。


カトリーナの瞳は青くて澄んで、それはもう美しいのだろうけれども、

妻達のグリーンやブルーの透き通るような瞳に勝る物はない。


そう思いながら、カトリーナをヘンリーはじっと見つめていると、

カトリーナが頬を染めて、


「そんなにじっと見つめられていては恥ずかしいですわ。」


「失礼。カトリーナ嬢があまりにも美しかったものですから。」


「まぁお上手ね。それはそうと、わたくし、聞きましたの。ヘンリー様が人形師に師事して、人形を作っていらっしゃるとの事…見て見たいわ。貴方が作った人形。」


妻達に興味を示してくれた。何て嬉しいのであろう。


ヘンリーは喜んで、


「私の妻達なのです。ぜひとも紹介したい。」


「妻?貴方の妻はわたくしがこれからなるはずでは?」


「私にとって大事な妻達なのです。貴方もいずれは私の妻の一人になるでしょう。」


「一人…ですのね?」


「ええ…」


何だか呆れたような感じで返されて内心面白くないヘンリー。


妻の一人に数えられて何が不満なのだろうか…


妻達に会いたいとの事なので部屋に案内する。

カトリーナを案内し、部屋の扉を開けて妻達を紹介する事にした。


大きな人形が2体、小さな人形が10体、豪華なドレスを着て立っている。


カトリーナは人形に近づいて、


「なんて美しい…綺麗なお人形さんね。」


等身大の金の髪で碧い瞳、水色のドレスを着ているマリアーテ。黒髪で真紅のドレスを着ているレイラ。その他の妻達も小さいながら愛しい妻達…


ヘンリーは自慢する。


「人形であるけれども私の妻達だ。名前もある。こちらにいるのがマリアーテ、隣の女性がレイラ、そして左にいる小さい子達が…」


言葉を続けようとすると、手で遮られる。


マリアーテが首から下げているルビーの首飾りを手に取って、カトリーナは、


「素敵な首飾り。このお人形さん、素敵な首飾りをしているのね。わたくしも欲しいわ。それからドレス。豪華なドレスね…こんなドレスを着て夜会に出たいわ。」


「君が今、着ているドレスだって素敵なドレスだと思うが。」


グリーンの生地の凝った白のレースが着いたドレスを着ているカトリーナ。

彼女はにこやかに微笑んで、


「あら、ドレスは何着あっても良いものですわ。アクセサリーも。妻達と貴方はおっしゃっていらっしゃいますが、所詮人形でしょう?貴方だって公爵令息ですから、それ位、しっかりと解って頂かなくては。この首飾り、高い宝石を使っているのね。綺麗なルビー。マリアーテ様?わたくしが貰ってあげますわ。この首飾りだってわたくしの首を飾って、大勢の人達に見て頂いた方が良いという物。」


ヘンリーは思わずカトリーナに向かって叫んだ。


「この首飾りは私がマリアーテに贈ったものだ。君には別の物を…」


「いえ、これが欲しいのです。ねえ…ヘンリー様。わたくしの首に着けて欲しいわ。

わたくしの首を飾ってこそ、この首飾りも幸せなのですから。さぁ…」


仕方なく首飾りをマリアーテの首から外し、カトリーナの首に着けてやった。

カトリーナはにっこり笑って、



「どう?わたくしの方が似合うでしょう。素敵な首飾りを有難うございます。ヘンリー様。」


何とも言えず、悲しかった。

マリアーテが公爵家に来て一年記念に、ヘンリーが贈った首飾り。


マリアーテの首に着けて上げた時、マリアーテが嬉しそうに笑ったように見えたのだ。

妻は口が利けないけれども、それでもヘンリーにとって、マリアーテが喜んでくれた。そう思えるだけで幸せだった。


なのに…なのに…


しかし、婚約者であるカトリーナを怒らせる訳にはいかない。

ヘンリーはぐっと我慢するのであった。



それから二日後、カトリーナから王宮への夜会への誘いの手紙が届いた。

行かない訳にはいかない。


しかし…ヘンリーは夜会に出た事が無かった。

興味が全くなかったからである。


ミルヘルム公爵家へ馬車で迎えに行けば、カトリーナが濃いグリーンのドレスにルビーの首飾りを着けて。


「この間頂いた首飾り。似合うでしょう?わたくしにふさわしい品だわ。」


馬車に乗るなり、そう言って来た。

仕方がないので、


「似合っているよ。カトリーナ。」


「褒めてくれて嬉しいですわ。夜会が楽しみ。」



王宮に着けば、カトリーナをエスコートしてヘンリーは、広間に入る。


カトリーナはヘンリーを色々な顔見知りの令嬢達に紹介する。


「わたくしの婚約者。ヘンリー・ハーベリンゲン公爵令息ですわ。」


「まぁ、あの名門の?」

「凄いですわ。カトリーナ様。」

「おめでとうございます。」


あちこちの貴族達に紹介される。

ヘンリーはにこやかに挨拶をするも、内心では疲れ果ててしまった。


こんなくだらない社交なんて…


屋敷で妻達と共に過ごしている方がどれだけ心休まって、愛しい時間か…


カトリーナが微笑みながら、


「あら、ダンスが始まったわ。わたくし達も踊りましょう。」


「ダンスだって?すまないが私はダンスの心得がない。」


「え?公爵令息でしょう?ダンスの一つも踊れないなんて、呆れましたわ。」


扇を口元に当ててカトリーヌは強い口調で、


「今度の夜会までにしっかりと覚えて来て下さいませ。わたくしに恥をかかせるおつもりですか?」


「恥だなんて…」


「ダンスは貴族の嗜みですわ。解りましたわね。」



さんざんな夜会だった。心の底からヘンリーは疲れ果ててしまった。



それから一月後、再びカトリーナが訪ねて来た。


何故、一月後と言うと、ヘンリーがカトリーナに会いたくなくて、居留守を使いまくり、

夜会に誘われても用事があると断り続けたからである。


そして、今、ヘンリーは部屋に籠って妻達と語り合っている所で…会いたくもなかったので、

子供の頃から世話になっているメイド長に、


「出かけていると言ってくれ。私は妻達と過ごすのに忙しい。」


「そういう訳にもいきませんでしょう?お坊ちゃま。」


「しかしだな…」


「仕方ありませんね。解りました。そのように申し上げておきます。」



しかし、カトリーナは強引に公爵家に入って来て、


ヘンリーの居る部屋の扉をバンと開けて来た。


「いらっしゃるじゃない。ヘンリー様。」


「出かけているとメイド長に言わせたはずだが。」


「わたくしのどこが気に入らないと言うの?家と家同士の婚約でしょう?

それなのに。言いつけるわ。貴方のご両親に、わたくしのご両親に。」


「言いつけるがいい。私は君と一緒にいると疲れるのだ。妻達と共に居る方がどれだけ癒されるか。」


「何が妻よ。たかが人形じゃないっ。」


思いっきりカトリーナはマリアーテを突き飛ばした。


ぐらりと傾くとマリアーテは倒れて、ガシャンと音を立てて、顔が割れてしまった。



愛しい愛しいマリアーテ。


一番愛情を持っているのがマリアーテだった。



愛しいマリアーテの顔が…


マリアーテが死んでしまったのだ。



「君となんて婚約破棄だ。」


壊れたマリアーテを抱き上げて、涙を流すヘンリー。


カトリーナは叫んだ。


「たかが人形じゃないっ。何よ。変人。貴方との婚約なんて、こちらから願い下げよ。」


足音高くカトリーナは出て行った。



ああ…マリアーテ、マリアーテ。私は一生結婚なんてしない。


女なんて懲り懲りだ。



ヘンリーは悲しさのあまり涙を流すのであった。








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