第二話
こんにちは、小東叶です。
大病を患ってしまってなかなか執筆することが出来ず……気づいたら3年も経ってしまいました。
「到着しました。ここが私たちエルフ族が暮らす、フロージの里です」
事情を知っているらしいエルフの少女たちに連れられて、ふたりはとある場所にたどり着く。
それは先ほどの大樹から、そう離れていないところにある、森の中の小さな集落だった。
「エルフは、古より自然と共に生き、自然の中で朽ちてゆく種族です。そのため、ほとんどのエルフたちはこの里のように、森の中に集落をつくり、生活をしています。」
森の木々に覆い隠されるように、緻密な計算によって作り上げられたエルフたちの隠れ里。
それは、その特徴的な美貌からなにかと狙われやすいエルフ族の人々を、人間や他の種族から守るために生まれたのだという。
重なり合う木々の隙間から差し込む光の筋が、彼らの身体を天然のスポットライトのように照らしていた。
「とっても、きれいな場所なの……!」
「はあ、はあ……やっと着いた……」
クララははじめて見る幻想的な美しい光景に、大きな瞳を輝かせている。
一方の聡は吐息に疲労の色を滲ませながら、息も絶え絶えに呟いた。
この集落までの移動手段。
それは、エルフたちが乗っていたあの巨大な竜だった。
シートベルトどころか、座席すらない強制空中散歩。
飛行機しか経験したことのなかった聡は、すっかり疲れ果ててしまっていた。
舞い上がる風圧に負けて落ちないように、と死ぬ気で竜の背の鱗を掴んでいた指先は痺れて固まっている。
今はまともに物を持てそうになかった。
落ちたら絶対、死ぬ。
そんな緊張感からようやく解放された聡は、竜の背から降りると、崩れるようにその場に倒れ込んだ。
すると、エルフの少女が地面に寝そべる聡に向かい、微笑みながら手を差し出してくれる。
「……あ、ありがとうございます」
「おふたり共、飛竜の背に乗るのははじめてでしたのに、配慮ができず申し訳ありません……」
「いえいえ!そんな、気にしないでください」
「お気遣い、ありがとうございます、……それでは里の神殿へご案内いたしますわ」
一行は、里の中央に造られているという神殿へ向かい、歩き出した。
「巫女様だ……」
エルフの少女の姿を見た住民たちは、仕事をする手を止め、口々に祈りの言葉を唱えている。
初対面のときにも感じていたが、住民たちの彼女に対する反応を見るに、やはりただ者ではないようだ。
「わあ、すごいの!木の上にお家があるの!」
「おお……!まるでツリーハウスだな」
里の住居は、樹木の上に造られていた。
恐らく、獣や外敵から身を守るための彼らの知恵なのだろう。
「あれは人族の男だ……」
「どうして我々の里に、人間が……?」
鋭い視線が、聡に向けられる。
視線の先を見ると、上の住居から顔を覗かせた里の住民たちが、余所者である聡のことを憎々しげに睨みつけていた。
恐らく彼らは、閉鎖的な感覚を持っているのだろう。
エルフたちは人間や他種族からその身を狙われてきた歴史を持つらしい、それを思うと彼らの厳しい対応も仕方ないことかもしれない。
エルフの少女は集落の中央、一際大きな木の前で立ち止まり、聡たちに告げる。
「……神殿に到着いたしました」
それではどうぞお入りください。
そう少女に促され、ふたりは大木……神殿の中へと入った。
温かな光が差し込む神殿内部は清廉な空気に満たされている。ここはエルフたちにとってとても重要な場所なのだろう、その想いを感じとった聡はサッと背筋を伸ばす。
クララは不思議そうに周囲を見渡した。
神殿は円形につくられており、美しい女性の像が中央に祀られている。……どことなく、クララに似ているような気がした。
「ご挨拶が遅れましたね。私はウォルア……このフロージの里の巫女として、世界樹の女神ユーミル様にお仕えしています」
「……女神、ユーミル?」
「はい。私たちエルフは世界樹の女神を唯一神として信仰しております。そして私は天啓を受け、神獣様と契約者様をお迎えに上がったのです」
「その、……さっきからクララのこと神獣って言っているが、どういうことなのかさっぱりなんだ。この世界のこと、もっと詳しく教えてくれないか?」
「申し訳ございません、お話をさきにすべきでしたね……神獣様と、それからあなた方の召喚について」
エルフの少女……ウォルア。
彼女の話によると、この世界の名前はアールヴへルム。
聡たちの世界でいうところのファンタジーのような世界観で、エルフ族のほか人間や妖精族、竜も暮らしており魔法も当たり前のように存在しているらしい。
アールヴへルムはかつて、地上の楽園だった。
人間とエルフ、妖精はそれぞれ手を取り合い幸せに暮らしていたのだという。
しかし何百年も昔、世界に大きな穴……虚が発生し、そこから邪悪な魔力が溢れ出した。同時に恐ろしい魔物が現れるようになり、この世界の均衡は崩れてしまった。
邪悪な魔力が満ちた結果、人々には欲望の心が芽生え、妖精族は悪しき力に堕ちた。
女神の聲を聴き、調和を司る役割を担っていたエルフ族だけが邪悪な魔力に汚されることなく正気を保てているのだ。
アールヴへルムのかつての繁栄は失われ、それぞれの種族はいがみ合い、憎み合い、争い続けている。
聡の愛犬であるクララは、そんな世界を破滅から護るために産まれたのだという。
虚は今もなお大きくなり続けている。
この世界を救うには神獣であるクララの力が必要なのだ。
とてもではないが、信じられない話だ。
しかし、実際に聡は異世界へ転移し、愛犬は美しい少女へ姿を変えてしまった。信じるほかないだろう。
長い話を終えたウォルアは、聡にまとわりつくクララの前に跪く。
そして両手を組み、祈るように言った。
「アールヴヘイムでは、かの神獣様をこう呼びます……伝説の大狼フェンリル、と」