序章:異世界転移 / とある世界の創世神話
白く眩い光が、目の前で爆ぜた。
その光が消え、彼の視界が回復したとき、周囲の姿はまるで変わってしまっていた。
「ここは……どこ、だ……?」
つい先ほどまで彼がいたはずの神社の境内は、目の前にそびえ立つ巨大な大樹のみを残して、その姿を消した。
辺りは一面、鬱蒼とした背の高い木々に取り囲まれている。
空を見上げると天はどこまでも高く、ビルやタワーといった現代人に馴染み深い人工物の姿は、影ひとつ見当たらなかった。
まるで森みたいな場所だな。
彼は心の中で、そう呟いた。
ただ、いつも通り愛犬と日課の散歩をしていただけだというのに。
一体、彼の身になにが起こってしまったのだろうか。
それなりの都心で暮らしていた彼には、この自然あふれた場所がどこなのか、まるで検討もつかなかった。
周囲に自生している植物は、見たことのないものばかり。
少なくとも、この場所が日本で無いことは確かであった。
……もしかしたら日本どころか、世界のどこでもない場所なのかもしれない。
異世界。
ふとその言葉が、彼の脳をよぎった。
「いやそんなはずは……、異世界なんて存在するわけ……」
彼は、消え入るような小さい声で否定した。
しかし、元いた場所から瞬きひとつしただけで、別のところへ移動する。
普通ならば、ありえない現象だ。
それ以外に考えようもなかった。
彼は、否定を口にしたものの、頭の片隅では異世界に転移してしまった可能性を認めていた。
彼……高井 聡は、突然自らの身に起きた、思いもよらぬ出来事に気を動転させていた。
そのとき、聡の身体に大きな影が落ちた。
上を見上げると、極めて巨大な鳥のような生き物が、悠々と上空を飛んでいるのを目撃する。
鳥は、聡の姿を確認するとゆっくり旋回し、彼の頭上をくるくると円を描くように飛び始めた。
鳥のような生き物は、よく見るとまるで鳥とは異なる見た目をしていた。
大きく強靭な翼に、長く太ましい尾。
そしてその身体は、爬虫類のように鱗に覆われていた。
「……あれは、ドラゴン?」
その姿はまるで、おとぎ話や創作の世界に登場する竜のようだった。
あまりにも非現実的な光景を目撃し、聡はようやく認めることができた。
ここは、あの地球とは異なる世界である、と。
「そ、そうだ。クララは、クララは無事なのか!?」
つい先ほどまで一緒にいたはずの、愛犬のクララ。
聡が数ヶ月前から飼い始めた、豊かな白い毛並みを持った大型犬だ。
この不可思議な現象が起きたとき、クララも聡のすぐ隣にいた。
きっと彼女も、共にこの謎めいた場所に来ているはず。
聡は愛犬の名を呼んだ。
「ごしゅじん!」
背後から、鈴の音が鳴るような可憐な少女の声が聞こえる。
その声に釣られて、聡は思わず振り向いた。
そこには、一糸纏わぬ姿をした美しい少女が、佇んでいた。
彼のことを見つめながら、嬉しそうに微笑んでいる。
聡は、半ば反射的に両の手で目を塞いだ。
「えッ……!? ちょっ!君、服は……?」
「ごしゅじん、やっとお話できるようになったの!」
「ごしゅじん……、ご主人?」
まさかと思い、聡は指の隙間から彼女の姿をちらりと覗き見た。
できるだけ余計なところを見ないように、うっすらと目を細める。
風にたなびくシルバーブロンドの長く豊かな髪。
首輪に付いているのは見覚えのある鍵。
頭頂部でぴこぴこと楽しげに揺れる、大きな耳。
臀部から生えた柔らかそうな尻尾を、左右に激しく振っていた。
「もしかして……クララ、なのか……?」
「うん、クララはクララなの!……やっと、本当の姿で会えたね。ごしゅじん!」
犬のような耳をした少女……クララはそう言うと、嬉しそうに笑い。
そして、聡の身体に思い切り飛びついた。
「ちょっ!まっ、……まずは服を着てくれ〜ッ!!」
身体に触れる何らかの感触に顔を赤らめながら、聡は情けない叫び声を上げた。
・
《すべては、大いなる世界樹の一葉に過ぎない》
はじまりは、ひとつの小さな種だった。
世が渾沌に包まれていたころ、原初の女神はひとつの種を手にした。
女神は自らの身体に、その種を植えた。
その種は女神の血肉と神力を糧に、芽を出した。
その芽は果てしなく長い年月を経て、やがて森のような大樹へと姿を変えた。
女神はその大樹を、世界樹と呼んだ。
無限に拡がり続ける、世界樹の枝葉。
女神はそのひとつひとつにふさわしい名をつけ、新たなる世界を創り出した。
女神は新たなる世界の誕生を祝福し、そのひとつひとつに、
天を、大地を
そして生命を、与えた。
ーーーアールヴヘイム・創世神話 第一章 原初の女神
はじめまして、小東 叶 と申します。
少し前に投稿しておりました、処女作『お散歩は世界樹まで』のストーリーと設定を一部変更し、新たに書き直した作品です。
続きは本日、夜に投稿予定です。