スマホの聖女
「なっ……!」
「まず、リリコを離せ。俺を糾弾する為に、女を拘束する必要はないだろう」
アルベルトが忌々し気に言うと、エリオットも周囲の責めるような目を見てリリコを解放する。サクラは思わずドレスの裾を抱えてリリコの元へと近寄った。
「リリコ様!大丈夫ですか?」
「あ、サクラさん。うん、捕まったのもほんの数時間前だし、ひどいことはされていないから大丈夫だよ」
凛々子は安心させるようにサクラに向かって微笑んだ、彼女の方がよほど倒れてしまいそうな程青い顔をしていたからだ。
サクラはリリコを庇うように立って、二人の王子を睨みつける。彼女はこの場において何も知らされていない為、成り行きを見ることしか出来ない。
「……お二人とも、そろそろ本題に入ってくださいませ。こんな茶番は、さっさと終わらせてください」
サクラは、とても怒っていたので二人に向かってハッキリと悪態をついた。
エリオットは顔色をなくし、アルベルトはニヤリと笑う。
「他ならぬ我が婚約者殿の命だ、早々にお開きといくか。リリコ」
アルベルトはどこに持っていたのか、四角く平べったい板のようなものを凛々子に渡した。
「はいはーい!皆さん注目!これは私がこっちの世界に来た時に持ってきちゃったスマホっていうんだけど」
凛々子は“スマホ”を掲げてみせる。
件の聖女とて武器を携えていたのだ、凛々子が何か持ってきていたとしても、そのことに何も不思議はない。
だが、今までこの場に集まった王城の重鎮達すら知らなかった、というのは意識的に隠匿されていた、ということなのだろう。アルベルトによって。
初めて見る物に、周囲もサクラの目も釘付けになった。
凛々子がスマホを操作すると、光が灯る。
「当然電波なんかないから、ほとんど役には立たないんだけど、ソーラー式の充電器も一緒に持ってたし一応しばらくは起動出来るんだよね」
意味の分からない単語がぽんぽん出てくるが、凛々子は説明することなく滔々と話し続けた。
「スマホって、本来は電話……遠く離れた人と話すことの出来る機械なんだけど、写真とか動画とかも撮れるんだよね」
彼女は平たい面に指で触れて、一つの映像を出してそれを皆に見えるように広げてみせる。
小さなその平たい面には、まるで魔法のように映像が映し出されていて人々は驚く。そしてその中の展開に再度驚いた。
王城の、夜の中庭。
フードを被ったアルベルトとターシャが密会しているシーンだったのだ。
確かに画面の中のアルベルトは彼女に、サクラを陥れるように指示し、それが成功すれば愛妾とすることを約束している。驚いたことに、映像だけではなく音声も非常に綺麗に録音されていた。
そのシーンが終わると、皆戸惑った様子でアルベルトのことをチラチラと見ている。だが、当の本人が悠然と立ったまま。
サクラもハラハラとしつつ事の成り行きを見つめていた。
映像はまだ続き、ターシャが去ってからアルベルトはフードを外す。
すると、現れたのは美しい漆黒の髪。誰もがアルベルトだと思っていた男は、エリオットだったのだ。
「エリオット王子が男爵夫人を騙していたのか!」
「しかもアルベルト殿下のフリをして……?」
ざわざわとした動揺は波紋を描くように広がり、今や教会の中の者達は何を信じていいのか分からない状態だった。
「捏造だ!そんなもの……何か、怪しい魔術に違いない!!」
エリオットが声を上げると、アルベルトは鋭く言い返す。
「どうやって、捏造するんだ?このスマホはリリコが持ってきたもので、恐らくこの世界にはこれ一つしか存在しない。それを捏造する魔術を、俺は知らない。この場にいる誰か、知っている者はいるか?」
アルベルトの呼びかけに、周囲はシン、となる。
凛々子が動画と呼んだ先程の映像のようなものは、誰も見たことがない。そしてあれほど鮮明な映像を作り出す技術はこの世界にはなかった。
「……決まりだな。誰が嘘をついているのかは、これで明白となった」
ハッキリとアルベルトは宣言した。
「衛兵!エリオットを捕らえろ。理由はある程度想像がつくが、この場で国家反逆罪を犯したのは間違いなくこの男だ!」
「うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!」
アルベルトの告発に、ついに落ち着きをかなぐり捨てて怒鳴った。
「なんでお前はいつもそう偉そうなんだ!俺とどれほど違う!?顔も、体もそっくりで、母が違うだけで、何故俺の方がお前よりも劣っていると決めつけられねばならない!!」
エリオットの叫びに、サクラは驚いた。
アルベルトとエリオットを比べて、エリオットの方が劣っているとはとても思えなかったが、彼自身はいつもそれを気にしていたのだろうか?
「サクラのことにしたってそうだ!王太子というだけで、サクラと結婚出来るというのに、彼女を大切にせずに他の女に現を抜かして……!」
その点についてはもっと言ってやれ、とついサクラは白けた目でアルベルトを睨んでしまう。
だが、アルベルトはそれを意に介した様子もなく、鼻で笑った。
「やはりキッカケはそれか。長い間水面下で準備していた時には尻尾が掴めなかったが、俺がサクラを蔑ろにし出してから計画を速めたな。おかげで付け入る隙が出来た」
彼の言葉に、エリオットは目を見開く。
「用心深く、粘り強いのはお前の強みだなエリオット。だが、計画を急ぐあまり、この短期間でベルク地方に赴き過ぎた。現地の者とのやり取りや、内乱の手引きをした確たる証拠も押さえてある」
「な……」
アルベルトは、エリオットを正面から見据え、同じ色の瞳で弟を睨みつけた。
「お前の母親、亡くなった側妃はベルク地方に多く住むシャルタン族の出身だった。俺に成り代わり、お前が王太子となった暁にはシャルタン族を優遇するつもりだったのだろう?その為に足繫く通い、シャルタン族が迫害に遭った時には抵抗する為の武器も用立てた。それが、あの地方の内乱をより大きくしたんだ」
次々と出てくる、今まで知らなかった真相にサクラは呆然とするしかない。
エリオットが王太子になりたがっていたことなど、ちっとも気づかなかった。ずっと、幼い頃から一緒に育ったと思っていたのに。
瞼が熱くなって、言葉にならない気持ちが涙となって溢れる。
アルベルトは吐き捨てるように溜息を吐いた。
「馬鹿が……!王太子、ひいては王となるものは全てに平等でなくてはならない、一部の部族に肩入れすることも、更に内乱を大きくするとは言語道断」
「うるさい!!お前に何が分かる?正妃の子と、王の長子として生まれ、ずっと王城で誰よりも高い椅子に座り、誰にも謗られることなくただ生きてきたお前に!母が移民の出だからと言われて、何をやっても正しい評価をされなかった俺の気持ちが分かるか?」
エリオットはキッと兄を睨み返す。燃えるような怒りがそのアメジストの瞳に宿っていて、どれほど彼が今まで抑圧されてきたのか伝わってくるかのようだった。
「分かるわけないだろう、だからお前は馬鹿だというんだ」
だが、あっさりとアルベルトは彼の言葉を一蹴する。
「側妃の出自などで馬鹿にしてきた者の言葉に耳を貸すこと自身が、愚かなことだ。お前は優秀だ、お前の功績は高く評価されている。俺をうつけと思ったのならば、部族と通じて俺を陥れる算段に拘泥するのではなく、お前の実力を披露して、正々堂々王太子の座を奪えばよかったんだ、馬鹿者が!」
アルベルトが鋭く怒鳴ると、エリオットは力が抜けたようにその場に膝をついた。
「何だよそれ……それじゃまるで、兄上は俺が王太子になっても構わないみたいじゃないか……」
「……王には誰よりも優秀なものがなるべきだ。お前が俺よりも優秀ならば、お前がなるべきだった」
「なんでそんなこと……今言うんだ……俺はずっと……」
エリオットの目にも涙が溢れる。
アルベルトは、そんな彼をじっと見つめた。
「……言われんと分からんのならば、お前は俺よりも劣っているのだろうよ」
冷たく取れる言葉に、エリオットは慟哭した。
前作とキモのアイデアが一緒になっちまいました!
現代世界から持ち込むものとしてぴったりだな、と思って…