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ロケットランチャーの聖女

 


 そんなことがあってから数日後。

 エリオットが視察に行ったベルク地方のことを調べておこうとサクラは図書館に来ていた。

 ここは王族や一部の貴人用に設けられた一般の者は入れないようになっている小図書館の為、訪れる者はあまりおらず、静かだ。

 いくつかピックアップした書物を机に置いてページを捲っていると、横から声を掛けられる。

「サクラさん」

 顔を上げると、シンプルなドレスに身を包んだ凛々子が立っていた。アルベルトには大いに不満があるが、稀人の彼女には何も恨みはない。それに、王族の端くれとしてサクラは彼女には敬意を払っていた。

「リリコ様、御機嫌よう。何か調べものですか?」

 立ち上がって礼をすると、凛々子も教えられたばかりの淑女の礼を返す。その姿が幼い少女のようで、サクラには微笑ましい。

 この世界に来たばかりの頃は不安定になることも多かったと人伝に聞いたが、今の彼女はとても落ち着いてリラックスしているように見える。稀人を保護する王族の末席として、サクラにとっては喜ばしいことだ。

「うん、私の前の稀人について書いてる本があるって、アルベルトに聞いたらちょっと読んでみたくて……」

 それを聞いて、ああ、とサクラも頷く。この図書館にも何冊かあった筈だ。

 凛々子が広げたのは、稀人の”聖女“に関する本だった。

「私ってただの稀人なだけで何も特別な力はないんだよね、時々お城の人達が聖女って呼ぶから何のことかと思ってたの」

「何人か前の稀人が、当時存在していた魔王を倒した話ですね」

「魔王!やっぱりいるんだ、そういうの……!」

 凛々子は興奮してサクラの隣の席に着く。彼女は頷いて、ページを捲った。


「その際に倒されたので今はおりませんが、かつてはこの世界を恐怖で覆ったとされています」

「で、その稀人は光の魔法とかで魔王をやっつけちゃったの?」

 わくわくとした様子で凛々子に訊ねられて、サクラは首を傾ける。お伽話としてはその方がロマンチックなのだろうけれど、伝え聞く話はもっと物理的だった。

「いいえ……その、稀人がこちらの世界に来た時に携えていた、向こうの世界の武器がとても強力で、それを使って倒したと記されています」

 件のページを見つけて、サクラはそれを凛々子の方に向ける。古語でかかれた稀人の英雄譚は、横にその武器を構えて放つ稀人の姿が挿絵として描かれていた。

 凛々子はその絵を見え、奇妙な顔をする。

「……これ知ってる」

「そうですか……あちらでは有名な武器なのですね」

 サクラがうんうんと鹿爪らしく頷くと、凛々子はぶんぶんと首を横に振った。首がもげちゃうかもしれないから危ない。

「ロケットランチャー持参で異世界転移する女って何者よ!?007!?KGB!?自衛隊所属でもあり得ないでしょう!!」

 なんと挿絵には、凛々子もテレビでしか見たことのないロケットランチャーを聖女がいい姿勢で放つ様子が描かれていたのだ。

 どんどん知らない単語が出て来たが、どうやら聖女が武器を持っていたのは向こうの世界でもおかしなことらしい。よかった、随分物騒な世界なのだな、とサクラは聖女伝説を聞いた幼い頃から心配していたのだ。ちなみに件の武器は役目を終えた後、王立博物館で国宝として展示されている。

「てか魔王ってロケランで倒せるの!?こう……聖剣とかじゃないんだ!?」

「……普通の剣などでもダメージは与えることが可能だったようなので、より強力な武器で物理的に倒したと言われても不思議ではありません」

「ロケランで魔王を倒して聖女……?え、日本人じゃないのかな?」

 凛々子が頭を抱えると、サクラは微笑んだ。それは知っている言葉だったからだ。

「聖女様はニホンジンですわ、リリコ様。私のサクラ、という名前はその聖女様のお名前であり、彼女の故郷で春に咲く花なのだと、伝えられています」

 それを聞いて凛々子はハッとした。

「そう!サクラさんの名前だけ、なんで?てずっと思ってたの!アルベルトは面倒がって教えてくれないし!」

「王族は、長子が女児であった場合、聖女様にあやかってサクラと名付けることが多いんです」

 サクラには公爵家の後継ぎの弟がいるが、彼の名前はこの国ではごく普通の伝統的なものだ。

「え~!そんな理由!」

「とても縁起のいい名前で光栄なのですが、家系図には大勢いらしてちょっぴり不便なのですけれど」

「さもありなん!!」

 盛大に同意する凛々子に、サクラは穏やかに笑った。


 凛々子は、この世界に来てしばらく経つがアルベルトと過ごすことがほとんどで他の知り合いがあまりいないらしい。

 そもそもこの世界の常識をあまり知らない状態で城内を歩く気にもなれないので、宛がわれた私室かアルベルトの執務室にいることが多いのだと言う。それで以前サクラが執務室を訪ねた時にも、彼女があの場にいたことに合点がいく。

「一緒にいる時間が長いのならば、アルベルト殿下にこちらの世界のことを聞いてみてはいかがです?」

 あんなクズでも王太子である、幼い頃より英才教育を受けているのだから、少なくとも一般人よりはこの国の歴史や文化には詳しい。

「そうなんだけど、同じ部屋にいてもアルベルトは忙しそうで全然お喋りとかしてくれないんだよね。稀人が政治利用されたら困るから、許可なく城をウロつくな、とか言うし」

「稀人に対してなんて横暴な……リリコ様、稀人は縁あって我が国を訪れた客人。我々が歓迎するのはこちらが勝手にすることですので、もしも他国に渡りたいだとか、市井に下りたいといったご希望があるのならば、我々がそれを止める権利はありません」

「うん、それは一応アルベルトにも言われた……」

 凛々子は困ったように眉を寄せる。

「勿論、稀人をお迎え出来ることは我が国の誉です。この城に滞在していただけると、とても嬉しいのですが……ご自由になさっていいんですよ。その後の生活の支援も不自由のないよういたしますし」

「ありがとうサクラさん」

 凛々子がほっとしたように笑顔を浮かべた。それを見て、サクラも自然と微笑む。


 最近イライラしたり、塞ぎこむことが増えてきてしまっていたが、こうして話してみると凛々子はとても素直で魅力的な女性だ。

 アルベルト憎しで、彼女のことまで嫌いになってしまわなくて本当によかった、と感じた。

「サクラさんとは話してみたかったから、今日すごく嬉しい!」

「私と?アルベルト殿下の執務室で、怒鳴っている姿ばかりお見せしてしまっていると思うのですが……」

 自分で言っていて恥ずかしくなり、サクラの語尾は弱くなっていく。それと気にした様子もなく、凛々子は朗らかに笑った。

「アルベルトも、聞きたいことがあったらサクラさんに聞けばいいって言ってたもの。この国や他国のこと、文化や歴史も、あと淑女としての生活とかも」

「は……?」

 サクラは思わず怪訝な表情を浮かべる。

「……それは……ご自分で説明するのが面倒なので、私にお鉢が回ってきたということなのでしょうか……」

「…………そう、かもしれない……?しかも、そう言われても私はサクラさんの部屋の場所知らないし、メイドさん達も貴人のプライベートだから、て教えてくれないし、執務室で会う時サクラさんはいつも怒ってるので話しかけづらくて……」

 だんだん凛々子の声も小さくなっていく。サクラも身の縮む思いだ。

 先の一件以来何度かアルベルトの執務室で凛々子を見かけてはいたが、サクラの方もアルベルトを叱るばかりで決して友好的な態度ではなかった。全面的にアルベルトが悪いのだが、凛々子には申し訳ないことをした、と反省する。

「だから今日たまたま会えて、お話し出来てよかった!」

「……それは私もです。今日は出歩いてもよかったのですか?」

「うん。しばらくは護衛と一緒なら出歩いてもいいって。意味わかんない」

 凛々子が唇を尖らせる。サクラはアルベルトの謎の独占欲に呆れ、肩を竦めた。


「まったく……本当にどうしようもない人ですね、殿下は。ですが、リリコ様のことを案じていることだけは事実だと思いますわ。アルベルト様は、とてもリリコ様のことを大切に思っておられるようですし」

 安心させるようにサクラが言うと、凛々子はまた変な顔をした。

「うーん、大切。ちょっと違う気もするけど……」

「そうですか?私などよりもよほど大切になさって、信頼されていると思いますが……」

 サクラは言いながら、この言い方は少し卑屈だったな、と思う。凛々子はあまり気にならなかったようで、ぶんぶんと首を振った。

「アルベルトは、サクラさんのことすごく信頼してると思うよ!」

「はぁ、それは仕事をさせる上で、でことですよね……」

 きょとん、と瞳を瞬いたサクラが言うのに、凛々子は内心で頭を抱える。


 確かにアルベルトのサクラに対する態度は傍で見ていてひどいと思うが、あれはサクラに対してものすごく甘えている結果だと凛々子は感じている。他の人に対しては悪態などつかない、必要最低限の言葉しか交わさないし、そもそも部屋に入って来れる者がほとんどいない。

 よほどサクラに気を許しているのだな、と思うし、凛々子に対しても困ったことがあればサクラを頼るようにと言っていた程だ。

 だがそれはアルベルトから見た話であって、サクラからすればたまったものではないだろう。

「えっと……サクラさんに甘えてるんだろうね……」

 フォローのしようもないクズっぷりに、凛々子は当り障りのない言葉して発することが出来ない。サクラはうんざりとした様子で首を横に振った。

「いい年した地位のある男に甘えられても、困りますわ」

「ぐぅの音も出ないよ……」

 頭垂れる凛々子を見て、サクラはつい笑ってしまう。

 公爵令嬢として育てられたサクラはあまり他人に心を開かないように教育されているのだが、稀人だからなのか、凛々子自身の性質なのか、彼女の前では何故か素で屈託なく話してしまう。


 きっと、アルベルトもそう感じていてあれほど凛々子と親し気だったのだろう。そう思うとサクラは腑に落ちると共に、新たに複雑な気持ちとなるのだった。



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