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続 日韓大戦  作者: 独楽犬
第二部 遅滞の章
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六.巡航ミサイルの脅威

高麗連邦共和国 青瓦台

 日本が自衛隊出動を巡って悶着している頃、高麗側は見当外れの状況に悩んでいた。彼らの最初の計画では、既に日本は高麗に屈している筈であったのだ。しかし日本では今、自衛隊を出動させるべきか論争が繰り広げられている。


「長期戦になるのは拙いです。我が国の経済が持ちません」


 ソン・ペクイル外交通商部長が指摘した。経済は危険な状況にあるとは言え、外国との交易が完全に途絶えたわけではないし、資源も輸入しなくてはならない。しかし高麗が交易に利用すべき海域は戦場になっている。対日侵攻作戦は日本を追い詰めるとともに自らも危険にする諸刃の刃なのだ。


「我々は負けたのかもしれませんな」


 キム・ユリョン情報院長が指摘した。


「日本が我々の要求を受け入れないと言うのなら、失敗ですよ。負け方を考えた方がいいかもしれませんよ?」

「そんなわけがあるか!」


 イ・セチャン国防部長が怒鳴った。


「我々は日本軍に大きな損害を与えたのだ。負けてなどいない」

「ナチスドイツは自軍が受けたより多くの損害をソ連に与えましたが、勝ちましたか?」


 キム・ユリョンは嘲笑が混じった声で反論した。


「もしくはノモンハンの日本軍は?どんだけ相手に損害を与えても作戦目標を達成できなければ敗北ですよ」

「いや、さらに圧力をかければ日本は屈服する筈だ」


 国防部長は情報院長の意見を退けた。


「何とか日本に圧力をかける手段はないのかね?」


 大統領が国防部長に尋ねた。


「巡航ミサイルです。陸軍は射程1500kmの【玄武】ミサイルがあります。海軍には李舜臣級と世宗大王級に搭載可能な射程500kmの【天竜】ミサイルがあります。空軍には射程1500kmの【若鷹】ミサイルがあります。これらのミサイルを日本の軍事施設に発射して圧力をかけるのです」

「よし。その作戦を了承しよう」




翌日 6月26日未明

対馬海峡 高麗海軍駆逐艦【王建(ワン・ゴン)

 かつての高麗国の始祖にあやかって【王建】と命名された駆逐艦は、【忠武公李舜臣(チュンムゴン・イスンシン)】の第4番艦で、6隻建造された同艦型では後期型に分類される。前期型の区別される点はVLSの増設である。前期型がアメリカ製のスタンダードSM2対空ミサイルを装填するMk41VLSを32セルのみ搭載しているのに対し、後期型には国産の新型VLSがMk41とは別に32セル搭載されている。

 この国産VLSは旧韓国軍が開発した韓国型アスロック【赤鮫】か巡航ミサイル【天竜】を装備している。このときは、ぞれぞれ16発ずつを搭載していた。



 護衛していた船団から離れると【王建】は攻撃態勢に入った。VLSのカバーが開き4発のミサイルが解き放たれた。【天竜】は慣性誘導とGPSに従って南を目指した。



 日本側でそれを最初に探知したのは日本海上空で哨戒中のE-2Cホークアイ早期警戒機であった。導入から30年近く経つホークアイであるが、ホークアイ2000と呼ばれる仕様に近代化改修が行なわれていて現在でも現役で通用する警戒機となっている。


「海上を飛行する小型物体を確認。巡航ミサイルと思われる」


 それを発見したオペレーターは然るべき部署へ報告を行なったが、この時の自衛隊に対処できる者はいなかった。対馬海峡上空の制空権はいまだに高麗のものであるし、陸の高射部隊も防衛線の撤退にあわせて南下している。

 やがて4発の巡航ミサイルは陸地の上空に入り、クラッターの中に消えてE-2Cの追跡から逃れた。



 次に捉えたのは新田原上空で警戒中のE-767AWACSであった。地面のクラッターに隠れた巡航ミサイルを見つけ出すのは困難な仕事であるが、配備から絶え間ない改良が続けられているE-767のレーダーはなんとか捉えることができた。

 E-767からの一報を受けたのは陸上自衛隊の第2高射特科団に属する03式中距離地対空誘導弾であった。航空自衛隊の保有するパトリオットに比べれば射程こそ短いが、日本の最新鋭テクノロジーによって高い電子戦能力が与えられた03式は低空で飛んでレーダーの追撃を逃れようとする巡航ミサイル迎撃にはむしろ最適であると言える。空自高射隊が対弾道ミサイル防衛部隊としての特化してゆく中、既存の航空機や巡航ミサイル対処は陸自高射特科の領分であるという新たな線引きまで事実上成立している。

 巡航ミサイルの目標は新田原の空自基地であった。九州における空自の拠点となっている新田原が狙われるのは当然であるし、自衛隊側もそれを予測して基地周辺に重点的に各種防空兵器を配置していたのである。

 各巡航ミサイルに2発ずつ、計8発の03式中SAMが空中に放たれた。




中央指揮所

 太陽が東から姿を現した頃、中央指揮所には高麗軍の新たな行動に関する情報が次々と入ってきていた。指揮所後方の会議室には幕僚長たちと主要なスタッフたちが集まっている。


「これが確定情報です。高麗軍は海上の艦艇から巡航ミサイル8発を発射し、それを洋上哨戒中のE-2Cが探知、しかし陸地のクラッターに紛れたためロスト。各地の陸自及び空自の移動式レーダーに断続的に捉われつつ、10分後にE-767AWACSに探知されました。そしてAWACSの誘導により陸自の高射特科が03式中距離対空誘導弾8発を発射し、巡航ミサイル3発の撃墜に成功したが1発をロスト。その後、新田原基地防空隊の81式短距離対空誘導弾のレーダーが目標を探知、81式で迎撃に成功しました」


 情報担当1佐がプロらしく冷静に淡々と事実を報告した。


「巡航ミサイル攻撃か。怖れていたことが1つ現実になったな」


 剣持が指摘した。


「おそらく日本に圧力をかけるための攻撃でしょう。それで日本の出方を探るための予備的攻撃が今朝の攻撃であると思われます」


 真田情報本部長が付け加えた。つまるところ今朝の攻撃はまったく本気では無かったのだ。もし本気であったなら、陸海空のあらゆるプラットホームを利用し、日本の防空網を飽和させようとした筈である。今朝の攻撃は一種の様子見のようなものなのだ


「本格的な攻撃を開始されたら現在の防空態勢ではどこまで耐えられるか」


 斎藤航空幕僚長が率直な気持ちを述べた。


「陸海空自衛隊の総力をもって巡航ミサイル対処に臨まなければ。笹山さん。XEP-1C。信頼性に難ありと言いますが、やはり使えるものは使いたい」

「分かりました。XEP-1Cを提供しましょう」


 笹山海幕長が約束した。


「今回の事態では海上自衛隊は盾としてあまり役に立てませんでしたからね。やれることはやらねば」


 そこへ別の佐官がやってきた。


「至急、テレビをご覧ください」


 会議室備え付けのテレビの電源を入れると小宮次郎の姿が映っている。


<このような事態を招いた責任は全て烏丸政権が背負うべきである。にも関わらず自衛隊を出動させ自衛官に流血を強いる一方で、高麗の要求を受け入れる動きを見せている。このようなブレた態度を許せるであろうか?今、この瞬間にもまた1人の日本人が血を流し、死んでいるかもしれないというのに。我々、民生党は烏丸政権が自らの責任を明確にし、清算することを求めて一切の審議を拒否する!>




名古屋市内のアパート

 深海兄弟も同じテレビを見ていた。


「兄貴。こいつは何を言っているんだい?」

「俺にも理解できん」


 2人はしばらくテレビの前で沈黙していた。


「つまり民生党は審議拒否する。意味ある内容はこれだけだな」


 真はようやく口を開いた。


「民生党抜きで審議ってわけにはいかないの?」

「社会民生党は民生党に追従するとして、労働党が出席しても委員会の定数半分に達しないから審議は無理だな」


 委員会は定員の過半数の議員が出席しなければ開けない。つまり今日から安全保障委員会を開けず、自衛隊出動に関する審議が行ないことになる。


「なぁ兄貴、あいつって前に“十分に審議しなくてはならない”って言ってなかったか?」

「お前は民生党の言う事を信じるのか?」


 真は弟の疑問に鼻で笑って返した。




衆議院第一議員会館

 議員会館内の食堂で菅井官房長官と中山防衛大臣は昼食のカレーライスを食べていた。


「民生党はなにを考えているんでしょうね?」

「決まっているだろ?政権交代だけだ。“国民生活を人質”にしてな」


 菅井は民生党のスローガンをもじって揶揄した。


「でも今、審議をストップさせたら…」

「忘れるなよ。マスコミはいつも彼らの味方なんだ。きっと与党の国会対策の失敗だと報じるだろう…」


 菅井は言葉が途中で止まってしまった。何か別のものに意識を集中しているようだ。中山が菅井の視線の先に目を凝らすと見知った顔を見つけた。


「ちょっと話をしてくる」


 菅井が立ち上がったのを中山が制した。


「しかし彼は…」

「安心しろ。彼らに関する格言を1つ教えてやる。“用法容量を守って、正しくお使いください”だ」


 菅井はそのまま中山を振り切って、カレーライスとともにその人物の隣に座った。その人物とは日本で唯一共産主義を掲げる議会政党である日本労働党の書記長、片山満(かたやま みつる)であった。


「片山さん。久方ぶり。そちらはトンカツ定食か」

「これは菅井さん。なにぶんカレーは昔から好きじゃなくてね。で何の御用で?」


 労働党の新世代リーダーは冷ややかな目線を菅井に向けた。


「安保委員会のことでね。そちらは出席するつもりだったんでしょ?」

「勿論。我々は“確かな野党”ですからね」

「自衛隊出動そのものには賛成ですか反対ですか?」

「党内にはいろいろな意見があります」


 片山は明確な回答は避けた。


「非武装路線の社会民生党と違って、確か労働党第22回大会では自衛隊の存在は一応容認。必要なら活用となっていた筈。今、活用しないなら何時活用するんですかな?」


 菅井はさらに問い詰めるが片山は黙り込んでしまった。


「今の護憲平和主義だって結局はソ連が崩壊して共産主義じゃ支持が集まらないから、左派勢力に日和見した結果じゃないか。憶えてないとか反動の仕業だとかはもう言わせないぞ。9条下では自衛戦争も認めないと答弁する吉田首相に向かって“自衛戦争は正義の戦争”と言い切ったのはどこの党の議員だい?日本国憲法制定時にもっとも頑固に反対したのは?」

「それは天皇制があるからだ!」


 菅井の追及に片山はようやく反論できる点を見つけた。


「自衛権の否定にも反対していた筈だ。冷戦中には自衛隊解体・日米安保廃棄を確かに謳っていたが、その後に人民軍創設と日ソ安保締結って続いていた。韓国が竹島占領した時に武力奪還を主張していたのもあんたら労働党だよ。今さら自衛戦争反対なんて言わせはしないぞ。若造」

「取引するつもりはないぞ」

「裏取引なんてしないさ。ただ忠告しているだけだ。“確かな野党”を標榜するなら、その通り行動しろってな」


 それを聞いた片山は何度か頷いた。


「党内をまとめるのに5日は必要だ。どだい衆院の労働党(うち)の票をあわせても過半数には達しないぞ?」

「大丈夫だ。こっちにも考えはある。どうせそっちにも時間がかかる。5日くらいは待つさ」


 それだけ言うと菅井はまたカレーを持ってもと居た席に戻った。


「なんとか光が見えてきたぞ。あとは民生党右派を取り込んでだ。名前は確か…前なんだっけな…」


 そう得意げに語る菅井に中山は不満げであった。


「なにを考えているんですか。相手は労働党ですよ。我々と彼らは決して相容れない」

「その通りだ。だが民生党と違って筋は通す。それで十分だ。確かに共産主義は麻薬みたいなもんだ。だが使い方さえ間違わなければ麻薬も医療に役立つ」

「労働党は劇薬だと?」

「その通りさ。言っただろ?“労働党は用法容量を守って正しくお使いください”さ」


 菅井は残ったカレーを平らげた。

 メッセージを通じて“五.出撃!ガンファイターズ”のフェイズド・アレイレーダーの説明に誤りがあるとの指摘を受けたので訂正しました。この場で指摘について感謝をしたいと思います


 なお本編中の労働党(共産党)の自衛権に関する見解、主張は事実を基にしております。

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