五.七面鳥撃ち(後編)
今回はF-35無双です
韓国海軍旗艦 <世宗大王>
キム・ユンファ提督は高麗海軍遠征艦隊の総指揮官であるとともに、<世宗大王>を旗艦とする小さな対潜掃討部隊の指揮官も兼ねていた。彼の直接指揮下にあるのは<世宗大王>と、KD-2の<王建>と<文武大王>、それにウルサン級の<釜山>の4隻で、対馬海峡を南北に行ったりきたりしながら本国と九州の占領地を結ぶ航路を哨戒していた。
彼らが追う相手は専ら潜水艦で、防空は空軍任せであった。イージス艦の肝とも言えるSPY-1レーダーは敵の逆探知により位置を知られる危険を避ける為にスタンバイ状態のまま使用していなかった。せっかくのイージス艦の防空能力をまったく生かせていなかった。
そういうこともあって国防部内では高価なイージス艦を潜水艦狩りに使うことに批判があったが、キム提督はイージス艦の投入を頑として求めた。なにしろイージス艦は高麗海軍の最大の戦闘艦艇であり、ソナーも処理装置も他の艦より大型のものを搭載している。大きければ高性能というのは単純すぎる価値観であるが、コンピューターやソナーのようなデジタルシステムにおいて技術力が同じであるという仮定の下では成り立つ。イージス艦は強力な防空艦であると同時に、高麗海軍有数の対潜艦艇であるのだ。
そうしたキム提督の配慮のお陰か、それとも単純に日本の潜水艦がいなかった為か、日本の艦を攻撃する機会は一度も無かったものの友軍艦艇を失わず、味方の補給物資を乗せて貨物船が攻撃を受けることは無かった。
しかし、そうした哨戒活動は終わりを告げた。本国の司令部が艦隊に対して帰還を命令したのである。まず九州沿岸で哨戒活動していたポハン級コルベットが本国へ向けて北上していった。一方、キム・ユンファが指揮する小艦隊はそうした流れとは逆に壱岐諸島の西側を博多に向かっていた。彼らには独島艦の本国帰還を援護するという任務が与えられた。
相変わらずSPY-1は切られたままであったが、<世宗大王>はリンク16戦術データリンクにより空中のE-737と連接しており、周囲の敵機の情報を得ることができた。しかし、E-737とのリンクは突如として切れてしまった。
「いったい何が起きているんでしょうか?」
<世宗大王>の艦長は明らかに慌てていた。
「事故でしょうか?」
「だといいがな」
キム・ユンファ提督は事故だとは思っていなかった。もし事故であるのなら、待機中の機体が飛び立って穴を埋める筈である。しかし、その気配は無い。待機中の機体も失われたと見るべきだろう。そして事故でほぼ同時に2機が失われるという事はありえそうにもないことだ。
そして、直後に<世宗大王>に与えられた命令も提督の考えを裏付けていた。
「艦長。司令部より命令です。壱岐の西側へと戻り、敵空軍に対する早期警戒を行えとのことです」
上空
早期警戒機E-737が失われたとしても、空軍の撤退作戦が終わることは無かった。福岡空港から4機のKF-16が本土へ向けて飛び立った。
海上に出た後、司令部から奇妙な命令を受け取った。
<海上を捜索せよ!>
司令部は2機のE-737を撃破した敵を水上艦だと推定していた。そこで上空に上がったKF-16の編隊に敵の捜索を命じたのである。幸いにも離陸した4機にはLANTIRNポッドが搭載されていて、赤外線センサーで水上目標を追跡することができた。
ただ編隊の指揮官は不安を感じていた。4機のパイロットのうち2人は夜間飛行の経験が少ないパイロットで、夜間に海上を低空飛行させることに不安があった。少しでも早く部隊を本土まで戻そうと、適正を無視して強引にパイロットを割り当てたのが原因だった。
というわけで編隊長は自分と、経験豊かなウイングマンの2人だけで洋上捜索に向かうことにして、残る2人には引き続き全速で本国へ戻るように伝えた。
4機のKF-16が向かう空域に近づく別の機体があった。<ジョージ・ワシントン>から発進した4機のF-35である。4機はF-35に続いて発艦したE-2Dホークアイ早期警戒機に誘導され、目標の姿を探していた。
そしてE-2Dは福岡から離陸した4機のKF-16の姿を捉えていた。直後に低空へ向かった2機については、E-2Dがかなりの後方で哨戒をしていたこともあり、レーダーの視程範囲の下に入ってしまい追跡できなかったが、上空を本土に向かって飛び続ける2機については問題なく捉えることができた。
E-2Dの管制官は早速、F-35に攻撃を命じた。
命令を受けたコルビッツと僚機はすぐに目標となるKF-16を追った。相手は接近する敵の存在に気づいていない上に、少しでも多くの兵器を持ち帰ろうと、翼の下に限界ギリギリまで兵装を搭載していた。それが莫大な空気抵抗の増加をもたらし、足かせになっていた。だから2機のF-35Cはすぐに追いつけた。
「EOTSが目標を捉えた」
コルビッツは計器盤を見て僚機に呟いた。計器盤は液晶式のタッチパネルとなっていて、右半分には戦術情報表示画面を表示している。左半分は2分割されていて、その右側は赤外線センサーが捉えた画像を、左側は彼の機体の兵装状況を表示している。
EOTSとは画像を捉えている赤外線センサーのことで、F-35の機首の下に配置されており、正式名称を電子光学ターゲティングシステムという。その探知距離はF-35の装備するフェイズド・アレイ・レーダーAN/APG-81に匹敵し、レーザー誘導兵器の照準装置を兼ねる測距レーザーを併用することで目標の正確な位置を割り出すことも可能だ。主に対地攻撃や偵察に使われるものであるが、空対空戦においても威力を発揮する。
一方、画面の右半分を占めている戦術情報表示画面は専らE-2Dからデータリンクで送られてくる情報を表示している。この画面にはその他にも機首のAN/APG-81や各種のレーダー警戒装置の捉えたものをデータリンクで得られた情報とともに合成して表示することができる。センサーフュージョンと呼ばれるこの技術はF-35のような第5世代戦闘機には必須の機能と考えられているが、この時はあまり生かされているとは言えなかった。
APG-81は逆探知の可能性を考えて使用していないし、今のところコルビッツの機体に狙いを定めているレーダーも存在していない。だから画面はデータリンクで送られてきた情報しか表示していない。しかし、それで十分だった。
E-2Dは機体の背部にAN/APY-9アクティブ・フェイズド・アレイ・レーダーを備えていて、かなり高い精度の目標情報を得ることができる。ミサイルの照準に十分なほどのだ。
「攻撃を開始する。俺は右のヴァイパーを撃つ!」
コルビッツは僚機に伝えた。ヴァイパーはF-16の非公式な愛称で、主にパイロットや整備兵によって使われる。コルビッツと、僚機のパイロットは2機を同時に攻撃するつもりだった。
コルビッツは兵装状況画面を見た。彼のF-35Cには2発のAIM-120AMRAAM空対空ミサイルと、AIM-9Xサイドワインダー空対空ミサイルが2発搭載されていく。コルビッツは手で直接、液晶画面に触れ、使用兵装としてAMRAAMを選択した。
彼が頭に被るヘルメットの前を覆っているバイザーには既に敵機の示すシンボルが表示されていて、続いて使用兵装としてAMRAAMが選択されたことを示す表示が現れた。F-35はヘルメットに装着するHMD、つまりヘッド・マウント・ディスプレイに完全に依存した最初の戦闘機であり、従来の戦闘機では必ず計器盤の上に備えられていたHUD、ヘッド・アップ・ディスプレイは廃されている。
従来の戦闘機はHUDの中に捉えられる真正面の敵にしか、機銃はもちろんミサイルによる攻撃も行えなかったが、HMDによる自機の真横に居る敵も照準できるようになった。それだけならタイフーンやラファールのような欧州の次世代機や、航空自衛隊のF-15J改形態二型のような近代化改修機も同じなのだが、F-35はさらにその上を行くシステムを搭載していた。
しかし、そうした能力もやはりこの戦いでは過剰性能であった。なにしろ敵は目の前を飛んでいて、背後のF-35に気づいていない。
「発射!」
コルビッツは右のKF-16に向けてAIM-120ミサイルを発射した。機体下部の兵装ベイの扉が開き、内部に搭載されているAIM-120が投下される。空中に放り出されたAIM-120はロケットモーターを点火して目標を向かって行った。続いて僚機も左のKF-16にコルビッツと同じようにAIM-120を発射する。
最初はデータリンクを通じて発射母機であるコルビッツのF-35から誘導される。従来の戦闘機であれば誘導の為に自機のレーダーを照射して敵の正確な位置を割り出す必要があるが、F-35はデータリンクを通じてE-2Dから情報を得ていたので、それを使ってミサイルを誘導することができた。
やがてAIM-120ミサイルの弾頭に収められた小型レーダーの有効圏内にKF-16を捉えた。AIM-120は自らのレーダーを作動させて目標を捉え、母機の誘導を離れた。そしてAIM-120のレーダー波を探知し、KF-16の警報装置がパイロットに警告を発した。
普通、戦闘機のレーダー警報装置は遠方の捜索警戒レーダーにはいちいち反応しないようになっているので、E-2Dのレーダーにも無関心であった。そしてF-35は攻撃に際してまったくレーダーを作動させなかった。というわけでAIM-120の発したレーダー波がKF-16のパイロットに与えられた最初、そして遅すぎる警告となった。
高麗空軍のパイロットは慌てて後ろを振り向いた。それでこちらに迫るミサイルのロケットモーターの噴射炎をその目で捉えた。逃げる暇は無かった。空中で2機のKF-16が爆発四散した。
「2機、撃墜だ!」
コルビッツが歓喜の声をあげた次の瞬間、コクピットの中に警報が鳴り響いた。戦術情報表示画面にはレーダー警報装置がイージス艦のSPY-1が発したレーダー波を捉えたことを表示していた。距離は100km以上離れているが、ステルス機といえども強力なレーダーを装備するイージス艦には捉えられる可能性は高い。
「急降下だ!」
2機のF-35Cは海面に向けて急降下した。




