五.出撃!ガンファイターズ
アイダホ州 峠の我が家空軍基地
アメリカ空軍には第366戦闘航空団なる部隊が存在する。その歴史は第二次世界大戦時まで遡れるが、冷戦末期にはEF-111レイヴン電子戦機を装備する電子戦部隊であってパナマ侵攻や湾岸戦争にも部隊を派遣した。その後、冷戦の終結にともない部隊の解散が計画されたが、湾岸戦争の教訓から誕生した新たな部隊である混成航空団へと改変されることになった。
通常の航空団は戦闘機ないし爆撃機、輸送機など単一の種類の航空機で編成されるものであるが混成航空団は独自に戦闘機や爆撃機、空中給油機まで保有する小さな空軍で、紛争が発生した地域に素早く展開できる利点がある。陸軍の第18空挺軍団や海兵隊の海兵遠征隊のような緊急展開部隊の空軍版なのである。
その後、情勢や戦略の変化により、編成が変更されて366航空団は戦闘航空団に改変されたが、今でも紛争地域に一番乗りする遠征部隊という性格は変わっていない。確かに爆撃機や空中給油機が編制から外されてしまったが、それは泥沼に陥りつつあった対テロ戦争に少しでも多くの戦力を提供するためであり、必要に応じて何時でも戻すことができるし、第366航空団に残った者たちもその準備と訓練を怠ってはいない。
装備している機種は次の2機種である。
まずはF-15Cイーグルである。F-15はベトナム戦争においてミサイル戦に特化した当時の戦闘機が旧式ながら軽快なベトナム空軍のソ連製ミグ戦闘機に空中戦で苦戦した経験から、ミサイル戦においても格闘戦においても敵戦闘機を圧倒できる戦闘機として開発されたものである。実際、F-15は空中戦で百機を超える敵機撃墜を成し遂げつつ、この日韓戦争まで敵戦闘機に一度も撃墜されることはなかったという史上空前の大戦果を収めたのである。
第366航空団の装備しているF-15Cは近代化改修が施されていて、最新のアクティブ・フェイズド・アレイレーダーであるAN/APG-63(v)4を装備している。
APAR、つまりアクティブ・フェイズド・アレイレーダー。もしくはAESA、つまりアクティブ・エレクトリック・スキャンド・アレイレーダーとも呼ばれる新型レーダーは21世紀中頃の対空レーダーの主流になると見られている、正に次世代の航空機搭載レーダーである。イージス艦に搭載されるレーダーとして名を馳せたフェイズド・アレイレーダーであるが、その能力はどのようなものなのであろうか?
フェイズド・アレイレーダーはそのアンテナが素子と呼ばれる小さなアンテナの集合体であるという特徴を持っている。アレイアンテナと呼ばれるこの種のアンテナは、第二次大戦中に使用された八木アンテナ、大戦後に出現したパラボラアンテナに次ぐ第三世代のレーダーアンテナであり、それまでのレーダーに比べると電波の指向性が高く精度が向上している。1960年代に登場したこのアレイレーダーは70年代には戦闘機搭載レーダーの主力となった。しかし、これが21世紀の主力となる最新鋭レーダーとなるには更なる技術革新を必要とした。
それがアレイレーダーにレーダー波の位相を変換する装置を組み込んだフェイズド・アレイレーダーの出現である。レーダー波の周波を変換することで、アンテナを動かすことなくレーダー波を直接捻じ曲げ、広範囲を瞬時に捜索することが可能であるし、複数の目標を同時に追跡・攻撃することも可能になる。また空中にある目標と地上目標を同時に捕捉するということも可能なのである。
最新鋭のAPARであるAN/APG-63(v)4はそうした能力に加え、そのアンテナの素子の一部を味方との情報交信に利用したり、敵のレーダーやアンテナに向けて偽の情報を流して妨害したりすることもできる。まさに万能のレーダーなのだ。
F-15は今となっては古典的な戦闘機となってしまったが、このような新技術を駆使したアヴィオニクスのために現在でも第一線の戦闘機として他の多くの戦闘機を圧倒するだけの性能を維持しているのである。そして第366航空団が自由に活動できるように制空権を確保するという重要な役割が与えられている。
そして主力として366航空団の打撃力となるのがF-15Eストライクイーグル戦闘爆撃機だ。これは名前からも分かるとおりF-15イーグル戦闘機の派生型の1つであるが、制空戦闘機である原型に対して戦闘爆撃機であるストライクイーグルはまったく別の航空機と言ってもよく、制空型のイーグルと同じものであると考えるのは明らかに間違っている。
機体構造からして全体の60%が再設計され、過酷な爆撃任務に耐えられるように各部分が強化されていし、さらにアヴィオニクスも一新され、レーダーには地上の地形の詳細を正確に捉えることが可能な合成開口レーダーであるAN/APG-70や赤外線センサーにより夜間でも鮮明な画像を得る事ができるLANTIRNシステムを装備し、昼夜天候を問わない超低空侵入飛行や精密爆撃能力を可能にしている。これらの改造により重量が増したため、エンジンもイーグルに比べてより強力なものに換装されている。
しかし実際に動かすパイロットにとって制空型イーグルとの違いを一番感じる事ができるのはコクピットであろう。まず複座型で、2人の搭乗員によって動かされる点が通常1人乗りのイーグルとは異なる。ストライクイーグルの様々な機能を持つ各種センサーはパイロットが1人ではとても対応し切れないのである。また朝鮮戦争で戦ったF-86の頃と何も変わらないアナログ計器ばかりのイーグルとは異なり、ストライクイーグルは前述のセンサー類を使いこなせるようにグラスコクピット化されている。つまりアナログ計器に代わってボタン1つで様々な情報を映したり切り替えたりすることができる液晶モニターが載せられたのである。これにより操作効率が大きく向上したのは言うまでも無い。
かくしてF-15Eストライクイーグルは純粋な制空戦闘機であったF-15イーグルとはまったく別の機体に生まれ変わったのである。もしこの事実をまだ信じられないという人が居るのなら、手近な書店で軍事系書籍を漁るなり、インターネットの検索サービスなりで調べればよい。大抵の場合、F-15Eストライクイーグルは制空型のF-15とは独立した項目が用意されて、別の航空機として紹介されている筈である。F-15イーグルという優れた制空戦闘機は優秀なメカニックマンたちによって新たな機体に生まれ変わったのである。史上最強の戦闘爆撃機F-15Eストライクイーグルとして。
このような強力な装備を持つ366航空団が増援部隊第一陣となるのは至極当然の事である。
マウンテンホーム空軍基地 ガンファイターズ通り366番地 航空団本部
航空団司令ジョニー・マクラウド准将―航空団司令は大佐が務めるのが通例であるが重要度の高い部隊は准将が指揮官となる―は隷下の飛行隊の指揮官達を本部に呼び出していた。既に台湾有事を想定して極東展開の準備をしていたので、いつでも行動できる態勢であった。
「我々は嘉手納に移動する。名目は基地の防空能力の強化だ」
マクラウドが計画を説明した。それはほとんど台湾有事に備えて事前に説明されたものと同じであった。
「それで司令。我々はどう介入するのですか?」
F-15Eを装備する第391戦闘飛行隊ボウルド・タイガースの指揮官、フランク・ヘッツァー中佐が尋ねた。
「問題は日本自身が侵略者にどう立ち向かうべきかを決めていないということだ。向こうの方針が決まるまでは、米軍の基地・施設を狙う敵に対する自衛行動のみ許される」
マクラウドの説明にヘッツァーは面食らった。
「なんてこった。自分の国が攻め込まれているのになにを考えているんだ!」
「それで、本格介入が決まった場合は?」
隣に立つF-15E装備の第389戦闘飛行隊のシンシア・スペンシア中佐が言った。第366航空団で唯一の女性飛行隊長である。
「我々が攻めを、嘉手納の第18航空団が守りを担当することになっている」
マクラウドの説明にF-15C装備の第390戦闘飛行隊ワイルドボアーズの指揮官ダニエル・リーランド中佐が疑問を覚えた。
「三沢やアラスカの連中は?」
「ロシアの動きが騒がしくなってな。それに備えるために待機だとさ。必要なら増援部隊を送り込んでくるらしいが。ただし三沢からF-16が1個飛行隊配属されてSEAD(敵防空網制圧)能力を提供してくれる」
それに指揮官たちは安堵した。敵の対空ミサイルやレーダー網を破壊するSEAD任務は空軍が行なうあらゆる任務の中で最も危険であるとされ、その実施には専門の器材を持ち訓練を受けた特定の部隊が受け持つことになっている。かつて366航空団ではシンシアの第389飛行隊が専用の装備を搭載したF-16を使って行なっていたが、F-15Eへの機種改変によってSEAD能力が失われてしまったのだ。
「さらに別の部隊が配属されることになっている。第34爆撃飛行隊と、1個空中給油飛行隊が配属される予定だ。これらの部隊は介入が決まるまでグアムで待機する予定だ」
その言葉を聞いてヘッツァーが顔を緩めた。
「すげぇや!混成航空団の復活だ!」
「よし。他に質問がないなら出撃だ」
一時間後
マクラウドと彼の幕僚達は基地の駐機場に待機するKC-10エクステンダー空中給油輸送機に乗り込んだ。大抵の空中給油機と同様にKC-10も機体の貨物スペースを全て燃料タンクにすると重すぎて離陸できなくなってしまうので、燃料タンクは機体の一部に止めて、残りの部分を通常の貨物を搭載するスペースとしている。それゆえに空中給油“輸送”機なのであるが、今日はその貨物スペースには物資の代わりに座席が並べられていた。この日のKC-10は第366航空団を日本に送り届けるための空中ガソリンスタンドであるとともに366航空団の空中司令部も兼ねているのだ。この機体の中で司令と幕僚達が作戦計画を練るのである。
というわけで第366航空団の出撃が始まった。無論、いきなり航空団の飛行機全てを派遣することはできないので、その一部である30機ほどが先遣部隊として嘉手納に送り込まれるのである。そして、その先頭を行くのはマクラウドの乗るKC-10であった。
バージニア州ラングレー空軍基地
マウンテンホームから第366航空団が出撃しようとしている頃、ラングレーでも別の部隊が出撃しようとしていた。
攻めの部隊である第366航空団に様々な部隊が配属されるのと同様に、守りを担当することになった嘉手納の第18航空団にも別の部隊がアメリカ本土から増援として配属されることになったのである。その部隊は第27戦闘飛行隊ファイティング・イーグルスである。
駐機場では第一陣となる2機の戦闘機が控えていて、出撃の準備をしている。パイロットは27飛行隊最高のエースとされる2人である。2人は整備員とともに愛機の最終チェックを終えるとコクピットに乗り込んだ。
コクピットはストライクイーグルと同様にグラス化されていて、この機体の前任者であるF-15Cとは雲泥の差がある。パイロットが席に座るとキャノピーが閉じられる。ステルス性向上のために金でコーティングされた特殊キャノピーの中から見る景色は、それまでの戦闘機とも違って見えた。
搭載されている2基のF119ターボファンエンジンが始動した。1基あたりの推力が最大16t程度にまでになるこのエンジンは、間違いなく世界最高クラスの戦闘機用エンジンである。この戦闘機は一般的にはステルス能力を生かして暗殺者であると思われがちであるが、この強力なエンジンとそのジェット排気の方向を変化させることができる推力偏向ノズルにより格闘戦においても無類の強さを発揮することができるのだ。
滑走路までタキシングして、いよいよ離陸の準備が整った。パイロットは管制塔のゴーサインとともにエンジン出力を最大まで高め、一気に離陸した。同盟国を助け、アメリカ空軍の能力の高さを世界に見せつけるために。
発進した2機の戦闘機、名をF-22Aラプターと言う。
というわけで、三回連続してアメリカ(+ロシア)話です。しかも戦闘なし(苦笑)次回からは舞台を日本に移して、戦闘もいくらか書きたいように思います。まぁメインは烏丸総理・自由民権党と民生党の対決なのですが…
さて感想欄で話題になりましたケネディジープの扱いですが、決定しました。設定上は配備が続いておりますが、劇中には登場しません。代わりに、その後継として出したい車輌がありますので。
さて、今日は8月15日…日付が変わっちゃいましたが、ともかく終戦記念日です。しかし私は今日を終戦記念日と呼ぶことに疑問があるのです。敗戦したのに記念も糞もあるかとかそういうことじゃなくて日にちについて。
実のところ、8月15日は昭和天皇がポツダム宣言受託を国民に宣言した日に過ぎません。確かに象徴的な日ではありますが、日本が降伏したのは正式には9月2日です。玉音放送の後もソ連との戦闘は続きましたし、坂井三郎氏が第二次大戦最後の空中戦に出撃したのは8月17日です。本当に終戦は8月15日で良いのでしょうか?
(2015/12/31)
後書きを一部を不適切な内容を含んでいる考えて削除しました。