二.情勢は徐ら好転せり(後)
今回は海空軍編です。
沖縄県 航空自衛隊那覇基地
沖縄にあるアメリカ軍の飛行場、嘉手納基地と名護基地は本土から増援にやってきたアメリカ空軍部隊で溢れかえっており、一部の部隊は航空自衛隊の那覇基地に居候をしていた。
那覇基地は沖縄防空を担当する第83航空隊の本拠地で、彼らも北九州有事の勃発以来、忙しい毎日を送っている。中国軍が開戦と同時に活動を活発化させて、防空識別圏への侵入を繰り返したからだ。中韓の密約が破棄され、アメリカ空軍が展開を完了した今は活動が収まりつつあるが、それでも第83飛行隊は毎日スクランブルを繰り返してきた。
そんな中でスクランブル発進することもなく一日中、戦闘訓練を続けるF-15Jの一群があった。その一群のF-15Jは第83飛行隊の装備機と比べると、キャノピー後部の丸いダクトが無くなり、エアインテークと機体の最後尾にアンテナを中に納めたフェアリングが追加されている。そんな機体が8機、那覇基地に集められていた。
それらの機体のパイロットは今日の訓練を終えてブリーフィングルームに集まっていた。数は12人、その中には野々宮3等空佐の姿もあった。
「諸君らは即席であるが慣熟訓練を受け、F-15J近代化改修機、形態二型を十分に使いこなせるようになった」
訓練の総評と意見交換が行われた後、12人の中で指揮官を務める北条時宗1等空佐が言った。彼の原隊は新田原の飛行教導隊で、平時は空戦訓練の仮想敵役となり各地の飛行隊をまわっている。日本最高の戦闘機パイロットの1人だ。
この12人は各地の部隊から引き抜かれたパイロット達で、選抜の条件はF-15J改二型による飛行経験があることであった。
F-15J改の形態二型は航空自衛隊のF-15Jの最終形態とでも言うべき機体で、形態一型と同様にコンピューターを最新のものと換装し、99式空対空誘導弾AAM‐4の発射能力を付与される。形態二型はそれに加えてヘルメット装着式表示装置HMDを搭載して04式空対空誘導弾AAM‐5の能力を最大限発揮可能になり、大容量の戦術データリンクも装備している。
さらに那覇に集められた機体には自己防御能力向上の改修が行われている。電子戦装置は新型に換装され、それとともにコクピットに新型のデジタルディスプレイが設置されて自機のレーダーで得た情報やデータリンクで得た情報を合成して表示することができる。従来機はそれらの情報を同時に表示することができず、画面の切り換えが必要であった。
実は集められた8機のF-15Jというのは、その自己防御能力向上の改修をメーカーで受け、前線部隊への再配備を待つ機体なのだ。航空自衛隊はこの8機を有効に利用できないかと考えた。勿論、配備予定の部隊に送って未改修のF-15Jと交換するのが筋なのであるが、乗り換えたパイロットが慣熟訓練を終えて戦線に投入できるようになるまで時間がかかる。そこで航空自衛隊は各部隊から形態二型の経験者を集めて臨時飛行隊を編成することを考えたのである。
野々宮をはじめとする12人はそうした経緯で選抜された臨時飛行隊のパイロットであり、自らの部隊を第47臨時飛行隊と呼んでいた。それは太平洋戦争開戦時に欧米列国の最新鋭機に対抗する為に試作段階であった二式単座戦闘機<鍾馗>で編成された独立飛行第47中隊に因んだもので、由来を辿れば赤穂浪士の四十七士に至る。
「それで我々はいつ前線に戻れるんですか?」
野々宮が北条に尋ねた。それがパイロット11人の素直な気持ちであった。誰もが早く仲間の下へ戻りたくてヤキモキしていた。
北条は諭すような口調で言った。
「最後にアメリカ空軍から教訓を招いて特別レッスンを受ける。それを修了したら、前線復帰だ」
「特別レッスン?」
パイロット達の間にどよめきが広がった。彼らは誰もが航空自衛隊でもトップクラスのパイロットであり、操る戦闘機は日本で改良を行ったものだ。今更、米軍の教えを請う必要があるとは思わなかった。
「一体、なにを教えてくれるというのですか?」
野々宮が険しい表情で尋ねると、北条が笑って答えた。
「諸君らもきっと満足していただけると思う。教官を紹介しよう!」
北条が手を叩いて合図をすると、ブリーフィングルームに1人の外国人が入ってきた。
「彼はミハイル・スタロヴィッチ。元セルビア空軍少佐で、今はアメリカ軍のオブザーバーをやっている。彼がAMRAAMの回避の仕方を教えてくれるぞ」
北条の言葉を聞いて、さきほどまで不満げだったパイロット達が興味深げにスタロヴィッチを見つめていた。
その頃、沖縄各地のアメリカ空軍部隊も作戦の準備を進めていた。アメリカ空軍は日本防衛に2個航空団を展開していて、どちらも第5空軍の指揮下に入っていた。
1つめの航空団は嘉手納基地に駐留している第18航空団で、F-15Cを装備する第44、67飛行隊やKC-46空中給油機を配備する第909空中給油飛行隊、E-3C早期警戒管制機を運用する第961空中警戒管制飛行隊を配下に持つ。さらに北九州有事に際してアメリカ本土からF-22Aラプターを装備する第27戦闘飛行隊が派遣され、第18航空団に配属されている。彼らの任務は戦場の空を支配することであった。
もう1つの航空団はアメリカ本土から増援として送られた第366航空団である。F-15C装備の第390飛行隊、F-15E装備の第389、391飛行隊を主力とする遠征部隊であり、北九州有事への対処の為に三沢からF-16の部隊である第13飛行隊と、B-1Bを装備する第34爆撃飛行隊が配属されて強力な打撃力を有していた。
空軍の盾と矛とともに、アメリカ海軍も戦闘態勢を整えていた。日本周辺における作戦は第7艦隊の担当であるが、その配下の兵力に余裕があるとは言えなかった。
アメリカ海軍のパワープロジェクションの象徴である空母打撃群の中で、今のところ戦闘に投入できるのは1つだけ。<ジョージ・ワシントン>を中心とする第5空母打撃群のみである。
第5空母打撃群は空母の他に護衛としてイージス巡洋艦が2隻、イージス駆逐艦が3隻配備され、5隻とも防空用対空ミサイルの他に対地打撃力としてトマホーク巡航ミサイルを1隻あたり20発ずつほど載せている。
空母には第5空母航空団が乗り込み、F/A-18E/Fスーパーホーネットを装備する3個飛行隊36機、F-35CライトニングIIを配備する1個飛行隊10機、及びEA-18Gグラウローを保有する1個電子戦飛行隊6機などの兵力を持っている。その他、海兵隊のF/A-18D飛行隊も便乗していた。
さらに空母の護衛としてロサンゼルス級原子力潜水艦が1隻、<シャーロット>が海中を進んでいる。この艦は艦前部のVLSに12発、魚雷管に4発、合計16発のトマホークミサイルを搭載していた。
客観的に見れば、そこらの小国を圧倒できる兵力であるが、戦う当事者としては複数の空母打撃群を以ってして敵と戦いたいと考えていた。しかし、2つ目の打撃群が到着するのは4日後の予定であった。
空母打撃群に準ずる戦力として強襲揚陸艦を中心とした遠征打撃群がある。第7艦隊の配下には第7遠征打撃群が配備されており、ワスプ級強襲揚陸艦<エセックス>の他、ドック型揚陸艦<トーテュガ><ジャーマンタウン>、ドック型輸送揚陸艦<デンバー>といった揚陸艦艇に、護衛の3隻のイージス駆逐艦を配備している。これらの艦は空母打撃群の艦と同様にトマホークを装備しており、護衛だけでなく部隊の矛としての役割も果たす。
それに高麗潜水艦を撃沈したヴァージニア級原子力潜水艦<ハワイ>も合流する予定で、こちらの方も20発のトマホークを搭載していた。
さらに配下には最新鋭の沿海域戦闘艦が3隻配備されている。旗艦であるインデペンデンス級1隻に、フリーダム級2隻でチームを組んでいて、3隻とも対機雷戦用の装備を搭載していて、上陸作戦に投入できるようになっていた。
しかし海兵遠征隊を長崎に下ろしてしまった今、遠征打撃群には上陸させるべき兵力が無く、手持ち無沙汰な状態になっていた。そこでAV-8Bハリアー垂直離着陸攻撃機やSH-60シーホーク対潜ヘリコプターを増強して<エセックス>を空母の不足を補う軽空母として使おうと考えられたのである。
他に重旅団戦闘群の装備を運んだ水上艦部隊、日本海で単独で偵察任務を遂行している<マイケル・モンスーア>や少数の潜水艦部隊が行動している。それがアメリカ海軍が戦闘に投入可能な全部隊だ。
一方、上陸した第31海兵遠征隊はアメリカ本土からの増援を得て海兵遠征旅団に改編されていた。第3海兵遠征旅団は1個歩兵連隊を中心に、1個砲兵大隊、1個戦車中隊、1個水陸両用強襲車中隊などの支援兵力を配備した諸兵科連合部隊である。
海兵隊は本質的には軽装備の上陸部隊であるが、水陸両用強襲車輌中隊は47輌のAAV‐7水陸両用装甲車を装備して1個大隊を丸々輸送可能であり、戦車中隊の17輌のM1A1とともに機械化部隊として行動することが可能である。こうした打撃力は単なる陸戦においても高麗軍に脅威となる筈である。
一方、海上自衛隊は相変わらず対馬海峡を挟んで、高麗軍の進出を阻止する任務についていた。第1護衛隊群は東シナ海側で、呉から配属されている護衛艦<ゆきぐも>を含めた第3護衛隊群は日本海側で哨戒を続けていた。
対する高麗海軍は、一部の潜水艦を除いて高麗艦隊は対馬海峡の兵站線の死守を最優先としていた。高麗海軍はかえって目立って危険ということもあり、兵站物資を載せた貨物船と護衛船団を組んで直接護衛という方法は採らず、その代わりに兵站線の周辺で能動的な対潜掃討作戦を行っていた。それによる自衛隊潜水艦撃沈の戦果は無かったが、失った貨物船も無いので高麗軍は一応は成功だと考えた。
自衛隊と高麗、両者の活動範囲は重なっておらず、また範囲内に留まって活動をしていたので、二者の間に大きな衝突は起きなかった。
しかし、自衛隊はその間にも着々と戦闘の準備は進んでいた。オーバーホールの途中だった呉の第4護衛隊群の各艦が前線に復帰し、緒戦で打撃を受けた第2護衛隊群の残存艦艇も作戦行動可能な状態を維持していた。
また航空自衛隊は緒戦で築城基地を失ったものの、新田原基地、鹿屋基地、岩国基地、美保基地などを拠点にして行動をしていた。
高麗空軍の攻撃に対する防空戦は第8航空団の統一指揮下で行われ、築城から避難してきた第304飛行隊は新田原基地で、小松から増援として派遣された第303飛行隊は鹿屋基地で、そして百里から派遣された第305飛行隊は岩国基地で、千歳から派遣された第201飛行隊は美保基地でそれぞれ作戦についていた。どの飛行隊もF-15を装備しているが、各地から増援として派遣された3個飛行隊はどの機も形態1型ないし2型への改修を受けた近代化改修機を装備していた。
一方、もともと九州に配置された飛行隊のうち、F-2装備の第6飛行隊は第5航空団司令部とともに那覇に退避して対地、対艦攻撃の時を待っていた。F-4EJ改装備の第301飛行隊は第303飛行隊に代わって小松基地に赴き高麗軍の本州への攻撃に備えている。
また、まだ動いてはいないものの三沢基地の第3航空団のF-2も作戦に備えて準備を進めていた。
そのほかに切り札として飛行開発実験団のF-15FXが4機と、第47臨時飛行隊のF-15J改二型が8機を確保していた。
かくして空と海においても反撃の態勢は整いつつあった。
開戦の章で韓国のイージス艦である世宗大王級が1番艦しか完成しなかったと書きましたが、設定を変更して3隻とも完成したことにしようかと思っています。やはり敵が強い方がおもしろいですし。