序 反撃の始まり
というわけで、第3部がいよいよ始まります
2015年7月4日 午後7時 首相官邸
大統領の介入を宣言した演説を受け、烏丸首相も記者会見を行うことになった。
首相官邸1階の記者会見室に呼び出されたマスコミ達は会見台の後ろのカーテンがワインレッドであるのを見て、首相が記者会見を行うことを知った。
すると烏丸首相が姿を現し、一斉にフラッシュが焚かれた。烏丸首相はまぶしいフラッシュの連続にも意を介さず、会見台に立った。首相は一礼をしてから、会見を開始した。
「国民の皆さん、北九州地域に高麗連邦共和国軍が上陸して北九州有事が発生して以来、1週間以上の時間が経過しました。しかしながら北九州有事は依然として収拾されておらず、高麗軍も我が国の領土を不法に占拠している状態が継続しております。国民の皆様にはまず、この事態を招いてしまった事、さらに今に至るまで事態を継続させ国民の皆様に多大な被害と不安を与えていることをお詫びしたいと思います」
烏丸はお詫びの言葉を口にすると共に、また一礼をした。カメラのフラッシュが激しく浴びせられる。
「我々内閣は事態に際して自衛隊に防衛出動を命じ、被害の拡大を防ぐと共に、国際社会と協調して事態の平和的解決を目指してきました。そして今月1日に国連安全保障理事会において高麗軍の即時撤退を求める決議が採択されるまでに至りました。しかし高麗連邦共和国は和平を促す国際社会の動きも、我々の訴えも、ことごとく黙殺して依然として不法占拠を続けているにあきたらず、数度にわたって包囲する自衛隊に向け攻撃を仕掛けてきたのであります。国民の生命財産に対する被害も拡大しており、さらに高麗軍に占拠されている地域に取り残されている人々の安否、状況もまったく不明であります。私は内閣総理大臣として、これ以上、事態を座視するわけにはいかないと判断しました」
烏丸の言葉を聞いて記者達は次第に空気が変わっていくのを感じた。まもなく爆弾発言が飛び出す。そんな気配を感じていたのだ。
「我々内閣は高麗軍が我が国の領土を不法に占拠している状態を終わらせ、北九州有事を収拾するために、断腸の思いで決断を下しました。日米安全保障条約に基づきアメリカ軍の協力を得て、自衛隊の実力を以ってして我が国の領土を不法に占拠している高麗軍を退去させます」
次の瞬間、フラッシュがまた一斉に焚かれた。首相が遂に方針を“包囲による現状維持”から“武力による解決”にシフトしたのだ。だが、次に続いた言葉は記者達を困惑させた。
「それに伴い以下の決定を行いました。これより指定する港湾への入港、停泊、物資人員の積み下ろしは日本政府が特別に許可した船舶を除き、全面的に禁止します。許可無く入港した船舶の安全は保障できません。対象となるのは福岡市の博多港、北九州市の北九州港、壱岐市の郷ノ浦港、印通寺港、芦辺港、勝本港、対馬市の厳原港、比田勝港の以上8港であります」
指定された港湾はすべて高麗軍の占領下にあるものばかりで、今更のように入港を禁止する烏丸首相の意図が記者達には分かりかねた。結局、記者達は“高麗軍に対して対抗措置を行っている”とアピールするためにとりあえず行った宣言だと結論付けた。しかし、実際には違っていた。
「既に自衛隊の各部隊には命令を発しています。彼らは必ずや任務を完遂し、平和を取り戻してくれると確信しております。あわせて日米安保条約に基づくものであるとは言え、協力を約束してくれたアメリカ合衆国の厚いご好意には日本国民を代表して感謝を申し上げます。最後に国民の皆様に、この事態を可及的速やかに終結させることをお約束します」
それから質問の時間だ。記者達が烏丸首相に質問を浴びせかける。
「自衛隊の実力を以ってして高麗軍を排除するとのことですが、政府見解では平和憲法下で自衛権を発動する条件として“必要最低限度の武力行使”が挙げられています。自衛隊側から積極的に攻撃を行うことは“必要最低限度”の範囲に入るのでしょうか?」
「えぇ、ご存知のように高麗軍はこれまで数度に渡って勢力圏を拡大する為に大規模な攻撃を行ってきていて、その度に多くの被害が生じています。現状維持を続ける限り、我が国民が被る被害は拡大する一方であることは明らかであります。根本的な解決策は高麗軍の不法占拠をただちに終結させること以外にはありません。そういう観点から政府の見解としては“必要最低限”の範疇に入るとものと考えております」
「武力行使は日本の領土内に限られるのでしょうか?」
「自衛隊は自衛の為に必要やむをえない範囲において、最低限の範囲におきまして行動を行うという方針であります」
その後も記者と烏丸首相との間の問答が続いた。
韓国領済州島沖 潜水艦<こうりゅう>
首相の会見が行われている頃、博多沖で韓国海軍潜水艦を撃沈した<こうりゅう>は済州島の沖にいた。海戦の後、潜水艦救難母艦<ちよだ>と佐世保沖で会合して燃料と真水の補給の受け、使用した魚雷の補充を行うと同時に新たな命令を受領した。
それから2日かけて済州島沖まで到達した。そして、首相の会見が始まるとほぼ同時に新たな命令電文を受け取った。
「艦長!攻撃命令が出ました!」
中曽根艦長は頷くと、水雷長の方を向いて叫んだ。
「ハープーン、発射はじめ!」
今、<こうりゅう>の1番魚雷管には潜水艦発射型のハープーンBlock2が装填されている。ハープーンは対艦ミサイルであるがBlock2は中間誘導にGPSを、終末誘導に赤外線シーカーを用いることで対艦攻撃だけでなく限定的ながら対地攻撃を可能としていた。
耐圧カプセルに収められた状態で射出されたハープーンミサイルはそのまま海面まで上昇した。海面に達するとターボジェットエンジンが点火されてカプセルから飛び出した。
空中に飛び出したハープーンは低空を這うように飛びながら、GPSの誘導により済州島へと向かった。
済州島の海軍基地は、かつての韓国海軍が海外進出の拠点とすべく建設を進めたものである。北朝鮮の併合とそれに伴う経済危機により計画は縮小を余儀なくされ、その規模は当初の計画よりもだいぶ見劣りするものであったが、そこが高麗海軍の軍事施設であることには間違いなかった。
ハープーンはGPSで示された基地の上空まで達すると、赤外線シーカーを起動させた。そして軍施設の中に、発射前にインプットされた目標情報に合致する建物を発見した。ハープーンは一気に降下して建物に突っ込んだ。
標的になったのは通信塔だった。その根元にハープーンが突っ込み、重量300キロ程の弾頭が爆発した。通信塔は瞬く間に崩壊した。
済州島の基地は日韓の戦争で大きな役割を果たしているとは言えず、1発のハープーンが与えた直接の被害は戦争の帰趨に影響を与えるものでは無かったが、この攻撃はそれ以上の大きな意味を持っていた。第一にこれこそが日本の反撃の狼煙であるということだ。
(改訂 2013/1/3)
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