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続 日韓大戦  作者: 独楽犬
第二部 遅滞の章
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四五.甑島沖海戦4

 終戦記念日に投稿です。

第1護衛隊群 旗艦<ひゅうが>

 第1護衛隊群の護衛任務も最終段階に入りつつあった。彼らが護衛するストライカー旅団の装備を運ぶ船団は今日中に八代港に入港できる筈である。

 状況は良くもあり、悪くもあった。まず最低でも3隻の高麗潜水艦が九州への増援部隊を狙って活動中である。当然ながら第1護衛隊群が守る船団も標的になっている筈だ。しかし友軍のP-1哨戒機がそのうち1隻を撃沈した。

 そのP-1は最後まで敵の撃沈を確認することができないまま基地に帰還したが、その後に<いせ>所属のSH-60Kが救難信号を受信し、問題の海域に向かったところ海面に浮かぶ高麗軍の救難ブイを目視確認したという。そしてソナーを下ろしたところ、海底近くで気泡の音を確認したという。壊れた船体から船内の空気が抜ける音だ。

 かくして撃沈が確認された訳だが、その扱いを巡って上層部では見解が分かれているという。撃沈された高麗潜水艦であるが、まだ乗員が一部でも生存している可能性がある。それを救出すべきか否かということだ。敵とは言え死にかけている人間を放っておくのは気が引けるし、同じ船乗りとして助けたい気持ちもある。しかし戦闘海域であり、救出部隊が攻撃を受ける可能性もある。敵を救出する事に、優秀な隊員と装備を危険に晒す価値はあるのか?司令部では激論が交わされていた。

 <ひゅうが>の艦上でもこの問題を巡って意見が交わされていたが、司令官の水無月をはじめとする群司令部の面々はとりあえずこの論争を無視して、任務に集中することにしていた。当面、彼らが気にするべきことは船団を守ることだ。

 <ひゅうが>のFICにある戦況モニターには<ひゅうが>を中心とする8隻の護衛艦と、彼らが護衛する4隻の貨物船、さらに大隅諸島沖を航行しているアメリカ海軍のTF75の水上戦闘艦5隻とTF75が護衛する事前集積船6隻、そして対潜活動中の第2護衛隊群及び第4護衛隊群の護衛艦の姿が映し出されている。この中で米軍の増援部隊の装備を載せた10隻の貨物船が日本の運命を握っている。彼女らを守る為には手段を選ばない。たとえ護衛艦を沈めるとしても。

「司令。まもなく浅瀬に入ります。SHにはソノブイによる広域捜索よりディッピングソナーによる近距離捜索に切り替えたいと思いますが」

 幕僚長の藤堂が進言してきた。SHは哨戒ヘリコプター、第1護衛隊群の装備するSH-60K哨戒ヘリコプターを指す。

 SH-60Kは広範囲の捜索に適する投下式のソノブイと精密探知ができる吊り下げのディッピングソナーの双方を装備できる。広域捜索は深く広い海ほど有利だが、第1護衛隊群はこれより陸が近くて島が多く、深度も浅い海域に入る。ソノブイによる広域捜索は分が悪い。

「分かった。そうしてくれ」

「分かりました。次の発進機よりソノブイを降ろさせます」

 25本のソノブイを降ろせば、その分だけ機体を軽量化でき、長く哨戒活動を続けられる。

 指示を出した後、水無月は立ち上がった。電子機器に囲まれた狭いFICにずっと詰めていたので、身体が鈍っていた。

「藤堂。ちょっと艦橋に行ってくる。少し外の空気を吸いたい」

「どうぞ。私がここを見てますので」

 藤堂も司令官には少し休息が必要だと考えていた。司令官の判断が必要な事態はそうそう起こるものではないし、最新の護衛艦である<ひゅうが>には艦内ネットワークシステムも充実しているので、艦橋に居てもFICに居るのと変わらない指揮が可能である。

「それでは失礼するよ」

 水無月司令官はFICを出て、上へと登っていった。


 艦橋では艦長の相田1佐が出迎えてくれた。司令官が行くという連絡が藤堂から送られてきたようだ。

「お待ちしておりました、司令。今のところ順調ですね」

「あぁ。最後までこの調子だといいんだけどな」

 艦橋からは<ひゅうが>の広い甲板を見渡せ、その上では乗組員達が次に出撃するSH-60Kの発進準備を続けていた。藤堂の指示通りにSH-60Kからソノブイが下ろされていた。

 第1護衛隊群では常時3機の哨戒ヘリコプターが空中に出ている状態を維持しており、10分後に1機が任務を終えて母艦に帰還するので、甲板で出撃準備中の機体はそれにあわせて発進することになる。

 その時、水無月は気になることを見つけた。

「天候が悪くなっているな」

 いつのまにやら空は雲に覆われていた。雨が降りそうだった。




高麗海軍潜水艦<孫元一>

 高麗海軍の214型潜水艦の第一番艦である<孫元一>も視界が限られた状況で活動していた。浅い大陸棚ではソナーによる高精度な探知が可能な範囲がだいぶ狭まる。ただ精度に問題があるものの、海底と海面の間で反射を繰り返して遠くから音波が届くので、水上艦の群れが近づいてきていることは分かる。

 相手はおそらく九州への増援部隊を載せた船団だ。群れているというだけでそれが分かる。民間船は船団を組むより、安全な海域へ退避することを選ぶだろう。

「おそらく目標だな」

 艦長は海図上に描かれた目標を示す円を見下ろしていた。敵船団の居ると思われる範囲をコンパスで描いて示していたのである。ソナーのコンタクトは位置を特定できない頼りないものなのだ。

「よし。接近するぞ」

 あまり騒音を出さないように低い出力でモーターをまわして<孫元一>は海中を進んでいた。

 しばらくしてソナーマンがあることに気づいた。

「艦長、海上で雨が降っています」

 <孫元一>の艦首ソナーが雨粒が海面を叩く音を捉えたのである。それを聞いた艦長は微笑んだ。

「天は我に味方してくれるようだな」

 雨音は護衛艦のソナーから潜水艦を隠してくれる筈である。




第1護衛隊群 旗艦<ひゅうが>

 雨が降り始め、雨粒が<ひゅうが>の甲板を叩いていた。

「各艦ともソナーの探知能力低下が認められます」

 FICに戻った水無月に待ち構えていた幕僚長の藤堂が報告した。当然のことだ。FICでも微かに甲板を叩く雨音が聞こえるのだ。高精度のソナーならばもっと大きく聞こえるだろう。

「状況は良くないですね」

 藤堂は悲観的になっていたが、水無月の方は必ずしもそうではないようであった。

「なに。自然は双方に対して公平さ」

 雨音が護衛隊群のソナーに悪影響を与えているのと同じように、潜水艦のソナーにも悪影響を与えているはずである。そして水無月は何か思いついた様子であった。

「よし、少し手を打ってみよう。敵に見つけにくくなるように」




海中 潜水艦<孫元一>

 <孫元一>は海中を慎重に進んでいた。<孫元一>のソナーは既に海上を進む船団のスクリュー音を捉えていた。しかも相手にまだ気づかれていない。通常、潜水艦のソナーは水上艦のそれより高性能であるので不思議なことではない。

 ただ、やはり雨音の障壁は<孫元一>にも及んでいた。雨音が海面を叩く音によりソナーによる精密な観測は難しく、複数の船舶が航行中ということが分かるくらいで、音紋による船種の判定や攻撃に必要な精密な位置情報を得ることはできなかった。

「よし潜望鏡深度に浮上しろ」

 艦長の命令は一長一短のものであった。潜望鏡深度まで上昇すればESMやレーダー、それに潜望鏡による目視観測といった様々な索敵手段を使えるし、海面近くに上がれば雨音に自艦の発する騒音が紛れて敵艦から探知される危険が下がる。しかし逆に言えば雨音に近づくことで<孫元一>のソナーも阻害されてしまうし、哨戒機のMADセンサーにも発見されやすくなる。

「艦長。潜望鏡深度につきました」

「よし。ESMアンテナ上げ」

 早速、艦橋から相手の発するレーダーや無線の電波を傍受する為のアンテナが海上に繰り出される。護衛艦のレーダー波を捉えられれば、レーダーの種別と方位から相手の陣形を読むことができるかもしれない。

 アンテナが敵に見つけられるのを防ぐ為に観測はほんの数秒で終わり、アンテナマストは再び艦橋内も戻された。その結果を見て電子戦担当の士官が怪訝な表情をした。

「艦長。艦載哨戒ヘリの警戒レーダーのものと思われるレーダー波しか探知できません」

「EMCONに入ったか」

 艦長は呻いた。EMCONとは電波輻射管制の略で、敵に傍受されるのを防ぐ為にレーダーなどの電波装備の使用を制限することである。雨の為にソナーの能力が制限されている今、こちらが電波機器に頼ることを見越しての措置だろう。

「艦長。レーダーを使いますか?」

 副官が尋ねると、艦長は首を振った。周りに民間船もなく、相手もレーダーの使用を控えている今、<孫元一>がレーダーを使えば大変目立つことになる。すぐに哨戒ヘリコプターの餌食になってしまうに違いない。

「いや。危険だ。使うとすれば必殺のタイミングでのみだ」

 これはレーダーに頼れないステルス戦だと艦長は思った。この場でもっとも頼りになるのは潜望鏡による目視観測である。

「昔ながらの戦い方をするぞ」

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