三五.夜戦
というわけで、今年の更新第一号は日韓大戦です。読者の皆様、今更ですが、あけましておめでとうございます。そして今年もよろしくおねがいします。
熊本 西部方面総監部
日が沈み、漆黒の闇が空を覆おうとしている頃、陸上自衛隊の対高麗作戦の中枢に客人達がやって来た。座間基地からやって来たアメリカ陸軍第1軍団前線司令部である。
指揮官である中将が訪問したとき、総監は指揮所で部隊の配置を駒で確認していた。総監は突然の来訪者に驚いていた。
「来るのは先遣隊だと聞いていましたが?」
「指揮官が先頭に立たなくては。それに派手なセレモニーのために時間を無駄にしたくないので」
アメリカ陸軍の中将は事情を説明すると、地図の上に置かれた駒の配置を確かめた。
「これが現況ですか?」
総監が頷いた。その状況に第1軍団の司令官が呻いた。事前に報告は聞いていたとはいえ、状況は思った以上に悪い。
「防御線を突破されたと聞きましたが…大丈夫なのですか?」
「現在、第12旅団が新たな防衛線を敷いています。第7師団先遣隊も行動を開始しました。それに突破された部隊も再編成中です」
総監は追い詰められているにしては楽観的な表情だった。
「それで、そちらの方は?」
今度はアメリカ陸軍の中将が配下の部隊について説明をする番であった。
「今動かせる陸軍部隊は佐世保の第25師団第3旅団だけです。それに海兵隊の遠征旅団も1つ。こちらの方は直接の指揮下にあるわけではありませんが」
「歩兵旅団戦闘団1個に海兵旅団1個ですか。十分な戦力とは言えませんな」
「一両日中にはそれに2個旅団が加わります」
アメリカ軍の中将は一呼吸置いてから、一言付け加えた。
「装備を上陸させることができればの話ですが」
彼の懸念はその点だった。どちらとも海路輸送中でストライカー旅団の装備は海上自衛隊、重旅団戦闘団の装備はアメリカ海軍の護衛にそれぞれ託されている。彼の指揮する旅団は優れた部隊であるが、海の上では荷物に過ぎないのである。
「なるほど」
総監はそう一言口にしてから、アメリカ陸軍の中将の手を握った。
「わが国のために派兵していただき本当にありがとうございます」
「同盟国として当然のことです。さぁジェネラル。共に反撃の作戦を練りましょう」
鳥栖市
漆黒の闇の中を高麗軍の戦車が赤外線暗視装置を頼りに進んでいた。現代のテクノロジーは闇夜を克服しつつあるが、それでも完全ではない。高麗軍はそこを突くことを選んだ。
高麗軍は国道3号線と県道17号線の二手に分かれて南下していた。先頭には偵察部隊が進む。しばらくは市街地を通るので、建物の影に対戦車兵器などを持って隠れているかもしれない自衛隊普通科隊員が一番の脅威だ。徒歩の斥候隊が安全を確認しながら進む。
すると市街地を抜けた。道路の左右には田畑が広がっている。そこで部隊の先頭は歩兵斥候隊から戦車と装甲車から成る機甲偵察隊に引き継がれた。視界が広がる場所では優れたセンサーを持つ装甲戦闘車両の方が有利だ。
しばらく進むとまた建物が並んでいる地区に入る。筑後川から分かれた宝満川の周りに家々が建っている。宝満川を渡って進めば筑後川にぶつかり、そこを渡れば久留米である。高麗軍は建物の入り組んだ場所に入るにあたり、再び歩兵を前に出した。
家々の様子を伺い奇襲に備える高麗歩兵。そして彼らの予想通り、自衛隊はそこに待ち伏せをしていた。
国道3号線に面する川の土手に2丁の12.7ミリ機関銃M2を中心とした陣地が築かれていた。ミニミ機関銃と89式小銃も銃口を道路に向けている。暗視装置で国道を監視していた隊員が片手を挙げた。敵が接近していることを示す合図である。
銃の安全装置が外され、隊員達は引き金に指をかける。そして高麗の歩兵達が彼らの銃口の前にまで達した。
「撃て!」
隠れていた銃器が一斉に火を噴く。曳光弾が美しい光の筋を見せたが、その先に居た人間にはなんの救いにもならなかった。高麗歩兵の何人かが倒れ、別の兵士達が応戦する。
機関銃や小銃が火を噴くと同時に建物の間や、さらに家々の立ち並ぶ外側の田畑の中など各地に配置された対戦車ミサイルが一斉に放たれた。高麗軍は自衛隊のキルゾーンの中に飛び込んだのだ。使われたのは87式対戦車誘導弾と01式軽対戦車誘導弾で、縦隊に並んでいる戦車と装甲車の群れに飛び込んだ。閃光が闇夜の中で一際輝き、数輌の戦車が爆発する。
勿論、高麗側も黙ってやられるわけではない。特に開けた場所であるならば野戦では高性能なセンサーを装備する戦闘装甲車輌の方が有利である。赤外線センサーで自衛隊の陣地を見つけると、そこへ砲撃を撃ち込む。曳光弾が空中で交差し、激しい銃撃戦が繰り広げられる。対戦車ミサイルが飛び交い、砲弾が打ち込まれる。
戦いは県道17号線の側でも始まった。闇の中を閃光が飛び交い傍目には美しい光景であったが、その中で戦う兵士達には凄まじい破壊が襲い掛かっていた。
激しい爆音に紛れて甲高い風切り音が聞こえてきた。AH-1S対戦車ヘリコプターが西から迫ってきていたのだ。暗視装置を頼りに筑後川に沿って超低空飛行で進んできたヘリコプター隊は畑の上に出て、一気に南下する高麗軍に迫った。
FLIRが戦車の影を捉えると、TOWミサイルの照準を合わせた。
「発射!」
横一列に並んだ8機のAH-1Sの編隊からそれぞれ一発ずつTOWミサイルが発射された。ロケット噴射の閃光を残してTOWミサイルは高麗軍の機甲縦隊に突っ込んでいく。
高麗側も一方的にやられるつもりはない。高麗軍部隊には2輌の自走対空機関砲が随伴していた。30ミリ機関砲を2門装備するK30<飛虎>である。レーダーでAH-1Sを捉えると、砲身をその方向に向け、すぐに射撃を開始した。
よく対戦車ミサイルの方が射程が長いのだから対空機関砲は一方的に撃破される、とよく言われるが、それは兵器が戦場で使われる際に射程ギリギリから発射されることなど滅多にないという事実を無視した主張である。対空ミサイルによる攻撃を避けるために超低空飛行をしていたAH-1Sは、機関砲の射程内まで入っていかざるを得なかったのだ。
激しい曳光弾の閃光の筋がAH-1Sに襲い掛かる。機関砲の照準を向けられた1機はミサイルの誘導を中止して、回避行動をとらざるを得なかった。TOWは発射母機が目標を照準し続け、母機と繋がった有線回線を通じて誘導するミサイルだ。回避のために急激な運動をするAH-1Sが目標を照準をし続けることはできないし、なによりヘリとミサイルを繋ぐワイヤーは回避行動の邪魔になる。ワイヤーが切断されて誘導を失ったミサイルは明後日の方向に飛んでいった。
一方、もう1輌に狙われたAH-1Sは誘導を止めなかった。その目標は彼を狙う自走機関砲である。命がけのチキンレースだった。そして、どちらも諦めが悪かった。TOWが<飛虎>に命中し、機関砲弾がAH-1Sのローターを吹き飛ばしたのはほぼ同時だった。<飛虎>は炎に包まれ、AH-1Sの機体は激しく地面に叩きつけられた。
なかなか奮戦した<飛虎>であったが、たったの2輌で、しかも途中で片方が失われた状況で編隊で攻撃を仕掛けてきたAH-1Sに対抗するには無理があった。誘導を途中で諦めた1発と<飛虎>に命中したものを除いた残り6発のうち、5発が狙い通りの目標に命中した。
さらに激しい対空戦は残り1輌の<飛虎>をひどく目立たせることになった。それを見た地上の普通科隊員は手にしていた01式軽対戦車誘導弾の照準を<飛虎>に合わせた。発射ボタンを押すと、ミサイルが空中に放たれ<飛虎>目掛けて飛んでいく。赤外線画像認識システムで射手の誘導に頼らずに自ら目標を追い続ける01式から<飛虎>が逃げる術は無かった。ミサイルが<飛虎>の車体に吸い込まれ、次の瞬間には爆発して薄い装甲を粉砕した。
重大な脅威を排除したことに01式を発射した隊員は小躍りして喜んだ。しかし、彼は発射後に射手の誘導を必要としない01式の“撃ちっ放し”能力を生かすことができなかった。彼は戦場に自身を晒しすぎたのだ。
地上と空中からの激しいミサイル攻撃を生き延びたK1A1の赤外線センサーは友軍の対空砲を撃破した敵歩兵の姿を捉えていた。砲手は迷うことなく照準を合わせて主砲同軸機銃の引き金を引いた。
120ミリ戦車砲弾を数キロ先の敵戦車に命中させる為の精密な照準装置と連動した7.62ミリ機関銃が発射した弾丸は僅かに数発だったが、自らの戦果に酔っていた1人の歩兵の頭部を吹き飛ばすには十分だった。