三二.阻止作戦
新田原基地
野々宮が沖縄行きを命じられた頃、新田原の滑走路からはF-2支援戦闘機の編隊が発進していた。主翼の下にはGPS誘導爆弾JDAMが吊るされていた。
編隊を組んだF-2部隊は新田原から一定の距離まで達すると、一気に高度を落として地面ギリギリまで急降下した。高麗軍のレーダー探知を避けるためで、地形の影に隠れながら目標を目指すのである。当然ながら危険な飛行になる。
出撃したF-2には危険な飛行を助ける頼りになるシステムを搭載していた。それが機体下の空気取り入れ口の側面に取り付けられたJ/AAQ-2前方赤外線監視装置である。機体前方の地上の様子を明瞭な赤外線映像で捉え、低空飛行や目標捜索において大きな力を発揮するのだ。
パイロット達はJ/AAQ-2の捉えた赤外線画像を頼りに山々の間を縫うように飛び、目標を目指して北上していた。
第12普通科連隊陣地線
大宰府防衛線の第二線である第12普通科連隊の防衛線は筑豊本線の線路を基準に築かれていた。筑豊本線は飯塚方面から鹿児島本線との合流点まで隘路を横切るように線路が敷かれていて、そこを超えると平地が広がり機甲部隊が相手では防御が難しくなる。
第12普通科連隊は隷下の4個中隊にそれぞれの担当地区を割り当てていて、第一中隊は鹿児島本線以西を、第二中隊は鹿児島本線の東側から市内を縦断する宝満川の間を、第三中隊は宝満川以東を担当し、第四中隊は予備として後方に配置されていたが、第42普通科連隊の陣地が突破されたという報を受けて第12普通科連隊本部は第四中隊に第一中隊の増援にまわるように命じた。高麗軍が突破した県道17号線をそのまま南下すると第一中隊の前に出るからだ。
増援として派遣された第四中隊は第一中隊が守る県道17号線沿いのさらに西側、森林の中に配置された。これは天拝山の迂回攻撃の報告を受けて、高麗軍が再び迂回、浸透攻撃を行うことを恐れたからである。
天拝山麓 筑紫野インターチェンジ周辺
防衛線を突破したのは高麗軍第11師団第9旅団である。さらにその後ろに第13旅団が続いた。この2個旅団が開けた穴を最後に上陸した増援部隊が進み、戦果を拡張する計画である。
上陸した増援部隊とは30日に海兵隊が捉えたK2戦車とK21歩兵戦闘車を装備する部隊で、その規模は1個旅団に達していた。それこそが韓国軍の最精鋭部隊である首都師団機甲旅団である。彼らは最強の矛として自衛隊に大打撃を与える瞬間を待っていたのだ。
さて第42普通科連隊の防衛陣地を突破した機甲大隊は筑紫野インターチェンジの近くで迂回攻撃を仕掛けた歩兵部隊と合流した。
一方、後続する第13旅団は1個大隊が都府楼南駅周辺に布陣して待機している自衛隊部隊、第42普通科連隊第3中隊と配属戦車中隊主力を攻撃した。連隊本部と連絡がとれない状況で攻撃を受けた部隊は後退して鷺田川を渡り、川の北側を守る第24普通科連隊と合流しようとしていた。
さらに第13旅団の別の大隊は県道112号線を南下して、JRの天拝山駅や西鉄の朝倉街道駅周辺を占領して、その先で県道112号線と交差する国道3号線を封鎖した。つまり第8師団の第24普通科連隊と第43普通科連隊の退路を遮断したのである。
そして第13旅団の最後の大隊と第9旅団は第12普通科連隊の敷いた最後の陣地を突破すべく準備を進めていた。しかし高麗軍の司令官には1つ、気がかりがあった。それは天拝山の自衛隊陣地を未だに手中に収めていないことである。
天拝山山頂自衛隊陣地
高麗軍が最初に突撃してきたときのように撃ちまくることを自衛隊員達はもうしていなかった。包囲され後方連絡線を断たれた今、手元にある弾薬が使える弾薬の全てだった。
「弾薬を節用するんだ!」
小隊長と小隊陸曹が事ある事に部下にそう命じ、小隊の小銃手達は射撃の際には単射か三点射を使った。機関銃手すらミニミ機関銃を撃つ際には引き金を引く時はほんの一瞬だけ引くようにしていた。
「まもなく近接航空支援が来ます」
配属されている空自の観測員が無線機を片手に言った。味方の特科隊は陣地を突破した高麗軍や高麗砲兵隊との戦闘で忙しく、小さな陣地まで手が回らない。そんな中で上層部から与えられたのが航空支援である。
「評定を!」
特科の観測班が観測機器とGPSを使って山の中腹に陣取って山頂奪取の機を伺っている高麗軍の座標を確認した。それを空自の連絡員が上空の戦闘機に伝達するのである。
「間違ってここの座標を送るなよ」
セルビアの中国大使館のような“正確な”誤爆を受けることになりかねない。
上空 F-2支援戦闘機
F-2の編隊は上空で分かれて、それぞれの目標に向かった。天拝山陣地の援護に向かったのは2機だった。
高麗軍のレーダーによる探知を防ぐ為にAAQ-2の赤外線画像を頼りに山沿いを低空で飛行していた。まだ視認はできないが目標は近い。2人のパイロットはFCSを対地攻撃モードにし、搭載するJDAMに目標の座標を入力した。
するとAAQ-2の捉えた画像を映す液晶ディスプレイに山の姿が浮かび出た。2機のF-2は山頂の西側を掠めるコースに機種を向けると、パイロットは操縦桿の兵装発射ボタンを押した。
2機のF-2はそのまま山頂の横を通り過ぎた。これで彼らの任務は終わった。あとは基地に戻るだけである。
投下された2発のJDAM爆弾の方はF-2の機体に遅れて天拝山に到達することになった。空中を滑空しながら指定された座標に向けてGPSに従って針路を修正しながら向かっていく。そして山頂の自衛隊陣地と撃ち合いをしている高麗軍の中に突入した。
500ポンド爆弾の強力な炸薬がど真ん中で爆発し、高麗の兵士達が吹き飛んだ。自衛隊の陣地の上にも千切れた肉体の一部らしきものが降ってきたが、隊員達は今更動じなかった。
「これで一息つけるな」
「警戒は怠るなよ」
高麗軍の攻勢は一旦弱まり、戦線は静まり返った。しかし、それは次なる戦いの前触れ、嵐の前の静けさに過ぎなかった。九州は正午を迎えていた。
五島列島沖 海上自衛隊潜水艦<そうりゅう>
3隻の潜水艦が北に向かっていた。彼女達は海上自衛隊潜水艦隊が“九州沿岸での新たな作戦”のために送り込んだ刺客である。送り込まれたのは<そうりゅう>、<はくりゅう>、<まきしお>で、前2者はAIP機関と高度な戦闘システムを搭載する新世代艦である。
<そうりゅう>はその新世代艦の第一番艦で、就役期間が長く乗員達もそのシステムを熟練していた。だから<そうりゅう>のソナーがそれを捉えられたのは必然だった。
「ソナー感!潜水艦と思われる」
ソナーマンの報告と同時に艦内の会話が途絶えた。
「無音航行」
発令所で艦長が命じたが、それは既に実行されていた。速度も落とされ、乗員達の緊張感が高まる中でソナーマンが更なる報告が届く。
「目標は3隻、音紋から高麗海軍の孫元一級と思われます」
孫元一級、韓国海軍の初代参謀総長の名を受け継いだその艦はドイツの214型潜水艦を導入したもので、<そうりゅう>と同様にAIPシステムを装備する最新の潜水艦であった。
「こちらに気づいているのか?」
艦長は冷静な表情を保ったつもりであったが、声には動揺が感じられた。もし3隻の敵艦に襲われたら<そうりゅう>と言えどもただではすまない。他の艦と共同作戦中とは言え、僚艦はすぐに支援を行えるような位置にはいない。
「いえ。こちらには気づいていないようです。全速で南下しています」
ソナーマンの報告を聞いて艦長は安堵した。見つかっていないのであれば、いくらでもやりようがある。こちらから先制攻撃を仕掛けることも可能だ。
「攻撃しますか?」
副長が尋ねた。<そうりゅう>には高度な戦闘システムを搭載しているから、3隻に向けて同時に魚雷攻撃を行い反撃の暇も与えることなく撃沈することも可能であろう。だが、艦長は首を横に振った。
「いや、やめておこう」
<そうりゅう>には別の任務がある。そちらの遂行が優先だし、それに攻撃に使える魚雷は限られている。任務遂行の為に特別な装備を載せる必要があり、その分だけ魚雷を降ろしているのだ。今の<そうりゅう>には自衛の為に最低限必要な魚雷しか搭載していない。
やがて高麗海軍の潜水艦は何処かへと消えた。
「潜望鏡深度に浮上。アンテナ上げろ!司令部に通信を送るんだ」
かくして高麗海軍潜水艦南下の一報が潜水艦隊司令部にもたらされた。
海上自衛隊の出番も近い・・・筈
追加(10/29)
感想欄にて文章を繰り返している部分があるとの指摘を受けまして、修正しました。