三〇.第三次攻勢
7月2日
海空自衛隊が巡航ミサイル攻撃の対処に忙殺され、また海外ではザスローンによる特殊作戦が実行されている間にも陸上自衛隊は部隊の移動、集結を進めていた。
最初に到着した第14旅団は西部方面隊の戦略予備部隊に指定され待機していたが、高麗軍の飯塚攻撃を経て前線強化の為、防衛線の一角を担うようになった。周防灘に面する九州東海岸の街、行橋市まで前進して陸上自衛隊の構築した防衛線の最東端を強化したのである。現地に展開した中央即応連隊を配属され一般の師団や旅団と同様に3個普通化連隊態勢に強化された第14旅団であるが、即応予備自衛官主体の第50普通科連隊の能力に不安があった。
次に到着した第10師団は高麗軍の第二次攻勢が終わるのを待って飯塚まで前進し、第1空挺団から同地の防備を引き継いだ。これによって第1空挺団は不慣れな陣地防衛の任務から解放されて、西部方面隊直轄の戦略予備部隊となり本来の任務である空挺侵攻作戦に備えていた。
空挺団に配属されていた第41普通科連隊戦闘団は飯塚から山地を挟んだ東側にある糸田町ならびに田川市の一帯に布陣した。第二次攻勢の教訓から飯塚東側の防備を強化する必要が認められたからだ。ただし10式戦車装備の戦車中隊は第10師団に移管されることになった。
第14旅団及び第10師団は船舶で輸送されたが第12旅団は航空で運ばれた。航空自衛隊の保有するC-1、C-130、そして新鋭のC-2輸送機によるピストン輸送で熊本まで運ばれて西部方面隊直轄の戦略予備部隊となった。第12旅団は戦車などの重装備を減らした代わりにヘリコプターを用いた空中機動作戦に対応した部隊として知られる。
そして陸上自衛隊の切り札である第7師団も着実に九州へと展開していた。今、北海道から南下している最後の船団が到着したら、第7師団配下の全部隊の展開が終了する。既に九州へと上陸を完了した部隊は来るべき攻勢作戦に備えつつ西部方面隊の戦略予備部隊として待機している。
陸上自衛隊はようやく一息つける程度の余裕のある戦力を九州に持ち込むことができた。あとは東北からの第6師団の展開を終えれば陸上自衛隊の戦力移転第一次計画が完了する。
第6師団が到着したら第4師団残存部隊が守っている背振山地の防備を引き継がせる予定である。背振山地を守る部隊のうち、第19普通科連隊は唐津湾沿岸を守る第16普通科連隊戦闘団と合流して海岸線の防備を強化するとともに西から福岡進攻作戦に備える。そして西部方面普通科連隊は第4師団への配属を解かれて西部方面隊直轄に戻る。
不測の事態に備えて待機している西部方面隊直轄の戦略予備部隊もだいぶ厚くなった。第1空挺団、第12旅団、第7師団である。これなら情勢がどのように変化しても対応できるという自信を西部方面隊は持つことができた。このうち第12旅団についてはその機動性を生かし、第6師団到着後にフリーになる西部方面普通科連隊とあわせて対馬奪還作戦に投入することを計画している。しかし、ある理由からそれが実現するかは不透明であった。
なお陸上幕僚監部では第二次戦力増強計画を進めていて、北部方面隊の第2師団、方面特科隊と中部方面隊の第3師団がその対象になっていた。
陸上自衛隊 北熊本駐屯地
北熊本駐屯地は現在、戦場へと出払ってしまった本来の主に代わって第12旅団が拠点として使っていた。戦争中であるものの待機状態にある第12旅団の自衛官達は訓練や体力練成、それに武器の整備に多くの時間を費やしていた。一方、司令部では西部方面総監部からの命令により対馬奪還の作戦計画の研究を行っていた。
「問題はどれだけのヘリコプターが使えるかですね」
師団司令部の幕僚の1人が指摘し、旅団が頷いて同意した。
前述したように第12旅団はヘリコプターを駆使した空中機動作戦に対応した部隊という触れ込みになっていたが、それはある種のまやかしであった。確かに戦車部隊の廃止など重装備の削減は行われたが、彼らの足となるべきヘリコプター部隊の方の整備がまったく進んでいないのだ。他の師団や旅団に比べてヘリコプターやそれを用いた訓練が充実してはいるが、十分とは言えない。実質的には第12旅団は戦車の無い軽歩兵旅団に過ぎないのである。
自前の移動手段が足りない以上、どこかから借りなくてはならないのであるが、なにしろ今は戦争の真っ最中である。ヘリコプターは余ってはいない。作戦時にどれだけのヘリコプターが使えるかは未知数なのだ。今回は離島奪還というヘリコプターなしでは成り立たない作戦である以上、どれだけのヘリコプターが使えるか分からなくては作戦の立てようがない。
「分かった。自前のヘリコプター部隊のみと、一個連隊を輸送可能なヘリコプターが配属された場合の二通りで作戦を検討してくれ」
旅団長が命じるが、幕僚は顔を顰めた。
「しかし第12ヘリコプター隊のヘリコプターでさえどれだけ使えるか…」
第12旅団には直属の第12ヘリコプター隊があり、他の旅団に比べれば一応は充実した装備を持っているが、それも前線での任務に借り出されてしまって手元にはない。第12旅団というより陸自全体でヘリコプターが足りていないのである。
「まったく!なにが動的防衛力だ!」
幕僚が怒鳴った。“機動力の高いコンパクトな防衛力”なるコンセプトを掲げて陸上自衛隊の“改革”が進められたが、その中身は陸戦に不可欠な火砲や戦車が削減される一方で機動力向上に必要な輸送手段の増強がほとんど行われず、実質的にはただの軍縮であった。
旅団長は淀んだ空気をなんとかしようと重い、司令部の片隅に置かれたテレビの電源を入れた。しかし、その行為は彼の意図とは逆方向の作用が働いた。
<はっきり言いまして陸上自衛隊の近代化への抵抗は犯罪的ですね>
テレビを点けた瞬間、そこに映ったのは有名な―そして自衛隊内でもっとも評判が悪い―軍事評論家であった。
<陸上自衛隊の装備というのは新しいものもあるんですが、全体的に旧式が中心なんです。海上自衛隊や航空自衛隊と比べてもこの傾向ははっきりしている。ようするに怠慢なんですね。旧日本陸軍の性格をそのまま引き継いでいる>
その瞬間、鈍い音が司令部の中に響いた。音の源の方を向くと、幕僚の手の中で鉛筆が折れていた。
「なにが怠慢だ!なにが抵抗だ!」
陸上自衛隊の装備体系が全体的に古いのは別に好き好んでそうなったわけではない。冷戦終結以後、海空自衛隊の近代化が優先され陸上自衛隊が常に後回しにされてきた。現状はその結果に過ぎないのだ。
「その癖に批判はこっち優先か」
実際、テレビは高麗軍の対馬海峡突破を許した海上自衛隊や航空自衛隊よりも陸上自衛隊に批判が集中していた。今まさに敵軍と対峙している陸上自衛隊に海空自衛隊より注目が集まるのは仕方が無い面もあるが、司令部の面々はそれだけが理由ではないと感じていた。
「まぁ、ある意味、旧陸軍を引き継いでいるな」
旅団長がため息をつきながら言った。
「俺達は所詮、スケープゴートってことですか?」
「そういうことだ」
巷で語られる陸軍悪玉論にはそういう側面もある。だから陸軍の悪行や無能さは誇張して伝えられ、逆に海軍のそれは覆い隠される。故に太平洋戦争開戦の直接のきっかけとなった仏領インドシナ進駐やマレー作戦の策源地となった海南島がどうして日本軍の策源地になったのかを語られることは少ないし、陸軍機が海軍機に比べて幾らか防弾を重視していたという事実もあまり知られない。南方における白兵戦に固執する無能な陸軍について語る際に、物資や兵器・弾薬が戦場に到着する前に多くが沈んでいる事実に触れられることも少ない。空軍独立について史実では海軍より陸軍の方が熱心であったにも関わらず、なぜか仮想戦記では陸軍が抵抗勢力にされるというのもよくあることだ。
「“陸軍が強盗なら、海軍は巾着切りだ!”って言ったのは石原莞爾だったか」
「旅団長、巾着切りって?」
「スリの一種さ。財布に切り込みを入れて、中身だけ持っていくんだよ」
そこで司令部内の全員がため息をついた。現状を嘆いても仕方が無い。問題はこれからのことに如何に備えるかである。
すると司令部のドアが外から叩かれた。その向こうから伝令の声が聞こえてきた。
「緊急です」
「入れ!」
旅団長が命じると息を切らした伝令が入ってきた。
「高麗軍が前線に対して大規模な砲撃を実施中。全面攻勢と思われます」
それを聞くと司令部の面々の顔色が変わった。まっさきに動いたのは旅団長だった。
「旅団の全部隊を待機させるんだ。いつでも出撃できるようにしろ!」
幕僚達がそそくさと動き始めた。それから伝令に向かって命じた。
「新たな情報が入り次第、教えるんだ」
背振山地 第19普通科連隊陣地
「塹壕に潜れ!塹壕に入るんだ!」
砲弾が空気を割いて落下するヒュルヒュルという音が近づいてくる。隊員たちがすばやく手近な陣地の中へと潜り込む。
次の瞬間、155ミリ高性能榴弾が次々と炸裂した。木々が砕け、折れて塹壕の上に倒れる。土が巻き上げられ、大地を揺さぶる。
よく準備された塹壕陣地によって自衛隊員たちの被害は最小限に食い止められたが、それでも無傷というわけにはいかない。ある壕は直撃を受けて、そこに身を潜めていた2人の身体は一瞬に四散した。ある隊員は直撃を受けて破裂した木の破片が身体に突き刺さった。ある者は倒れた木の下敷きになり、ある者は土の中に埋もれた。
砲撃は10分間続いたが、その下に居た者には永遠に感じられた。そして終わった。
「無事か!返事をしろ!」
半分埋まったタコツボ陣地からなんとか抜け出した古谷が声を張り上げた。
「桜井、無事です」
「砺波です。無事です」
「矢部、大丈夫です」
続々と返事が返ってきた。返事をしない者もあった。しかし、それを悲しんでいる暇はない。中隊本部から通信が入った。“前哨陣地が南下する高麗部隊を確認!”
「敵が来るぞ!応戦の準備をしろ!」