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続 日韓大戦  作者: 独楽犬
第二部 遅滞の章
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二.新たな日の始まり

首相官邸 正午

 烏丸総理は参議院への出席を終えて官邸に戻った。衆議院において“北九州有事に対する政府基本方針”が可決されなかったため参議院としてはなにもすることができず、有事の真っ只中であるにも関わらず平凡な法案の審議に終始した。

 烏丸が自分の執務室に入ると、後ろから菅井官房長官がついてきた。烏丸は自分の椅子に座ると執務机を挟んで前に立つ菅井に言った。

「まさかこのまま廃案になる、ということは無いよな?」

 すがるような目つきで聞いてくる首相に菅井は何時もと変わらぬ口調で答えた。

「さすがにそこまでは民生党もできないのでは無いでしょうか?世論は自衛隊の出動に対する支持が上がっています。あのショッキングな映像が引き金になったようです」

 ショッキングな映像とは烏丸も目撃したテレビ報道で、アナウンサーや一般市民が高麗軍に攻撃された衝撃的なシーンである。

「それに自衛隊出動反対では党内右派が騒ぎますしね」

 口ではこのように言う菅井であるが、実のところ民生党右派の影響力については特に期待はしていなかった。

「とにかく強行採決で廃案に追い込むなんてしませんでしょうね。一昨日に、事は慎重に進めなくてはならない、と言ったばかりですから」

「そうだな。とにかく策を考えてみないと。その民生党右派をこちら側にひきつけることはできないのかな?」

「どうでしょうかね?右派勢力はあまり大きくありません。社会民生党と民生党が連合を結んだ以上、民生党右派だけでは打開は難しい。となると…」

 菅井は1つの可能性を思い浮かべた。

「何とかなるかもしれません」

 烏丸はそれを聞いて嬉しそうであった。

「策があるなら嬉しいね」

 烏丸はそう言いながら机の上のリモコンを手にとってテレビの電源を入れた。

 テレビでは相変わらず北九州有事関連の報道が流されていた。避難警報が出されている区域が示され、福岡や北九州から逃れてくる避難民の様子や彼らへのインタビューが流された。そしてスタジオに戻ると、アナウンサーが評論家と名乗る人々に今後の政治の動きについて尋ねた。

 菅井と今後の方針を巡り意見を交わしながら、テレビの報道に耳を傾けていた。そしてテレビから流れてきた次の言葉を聞いて烏丸は言いかけていた言葉を飲み込んでしまった。

<烏丸首相は高麗連邦共和国の要求を呑むのではという事も言われていますが>

「なんだそれは?」

 烏丸と菅井は会話を止めて、テレビから流れる声に神経を集中した。その報道が言うには、烏丸首相は自らの党を離れることはできないので高麗の要求を呑んで武力解決を避ける道を選ぶであろうという。さらに与党関係者なる者の言葉として<首相は武力解決の撤回を決めている>という情報が紹介された。与党関係者なる人物の詳細はもちろん語られない。

「いったいどうなっているんだ?与党関係者ってのは誰だ?」

 たじろぐ烏丸に対して菅井はいたって冷静であった。彼は前内閣の大臣として前首相を支えていた時代にこのような謀略を何度も経験している。

「ようするに飛ばし報道をしてあなたが武力解決を撤回することを既成事実化することを狙っているんですよ」

「しかし私は…」

「勿論、あなたは武力を用いて事態を解決することを選び、それもいずれ国民に向けて発信します。しかし、彼らはそれを“迷走”だと言い張ります。武力解決を撤回することを既成事実としてしまえば、外見としてはそうなります。あなたは戦争を恐れて和平を目指そうとするも、今度は世論に抗えず方針を曲げてしまう弱い総理という風に見なされる」

「君達はこんな経験を何度もしているのかね?」

「与党を長くやっていれば何度も経験することですよ」

「一体、誰がこんなことを…」

「調べてみます」

 菅井はそう言いながら陰謀の主導者の候補を頭の中でいくつも挙げていた。これを機会に政界再編を狙う輩は与党にも野党にもいる。外国勢力の可能性もある。マスコミが変な正義感に囚われてということもある。

「私はどうすればいい?記者会見で自衛隊出動の方針について改めて説明するか?」

「下手なアクションはかえって混乱を生むだけです。今は防衛出動承認に全力を尽くしましょう。結果が出れば国民はあなたを支持しますよ」




背振山地

 73式小型トラックがトンネルを抜ける瞬間、桜井雄一は明るいところへ出たことで一瞬、目が眩んだ。その瞬間、ノーベル賞作家の有名な小説の書き出しを思い出して苦笑した。今回の場合はトンネルの先にあるのは雪国ではなくて戦場であるが。

 “さざんかロード”の愛称で知られる東背振トンネルは福岡県と佐賀県の県境、標高1055メートルを誇る最高峰の背振山をはじめとする背振山地の山々を貫く全長1.4キロのトンネルである。大型車が通行困難で冬季には交通規制が布かれる坂本峠の不便を解決するために建造されたこのトンネルは、今や自衛隊の補給路と化している。有料道路だが、有事法制により自衛隊は無料で利用できる。阪神大震災の時のように隊員が自腹で交通費を払うことを免れたのである。

 桜井は筑紫野の避難所を出た後、黒部とすぐに分かれ―彼は熊本に向かったが、それを桜井は知らない―桜井は原隊に復帰すべく坂本峠までやってきた。トンネルの手前にある道の駅に設置された第19普通科連隊本部に出頭してから、彼の所属する第一中隊の担当する防御線を目指して連絡係の73式小型トラックに便乗した。

 トンネルを抜けると、真っ青な空が姿を現した。久々の青空に桜井は見とれていた。なにぶん雨空の下であんなに酷い目にあったので、青空を見ていると彼も晴れ晴れとして気分になったのである。

「晴れましたね」

「晴れちゃったな」

 ハンドルを握る2等陸曹は晴れるのを嫌がっているようであった。桜井は不思議に思ったが、すぐにその理由に気づいて自分の迂闊さにまた苦笑いした。晴れるということは高麗軍にとって絶好の攻撃日和ということである。

 青空への思いが薄れると、今度は暑さが気になり始めた。山々を背にしているので直射日光は避けられたが、一昨日・昨日の雨のために湿度が高くなっていた。幌が外され、風にあたれる車中と言えども無視できる暑さではない。首筋にはすでに汗が浮かんでいた。

「こりゃ地獄だな」

 やがて交差点が見えた。博多から坂本峠、もしくは東脊振トンネルを越えて佐賀県神埼市を通り、最後は有明海に面する福岡県柳川市に通じる国道385号線と県道136号線の交差地点で、連隊の最終防衛ラインと考えられている。ここを突破されそうになった場合は峠の南側に撤退して作戦を立て直さなくてはならない。

 73式小型トラックは桜井を乗せたまま交差点からさらに国道385号線を北に進む。川に沿った道を進んでいくと何軒かの家や畑が見えた。そして畑で農作業に勤しむ老人の姿も。

「避難命令が出たんだけどな。どうしても家を離れたくないって奴が何人か居るんだよ」

 2曹が説明した。

 やがて湖が見えた。南畑ダムのダム湖である。桜井たちはダム湖畔の道を進み、高圧線の下を潜って、ダムの横まで来た。ダム上では何人かの隊員が高麗軍の進んでくるであろう北に視線を向けている。

「特科連隊や対戦車隊の観測班だよ。連隊の作戦方針ではダムの手前で敵を阻止するつもりらしい」

 ダムを通り過ぎると73式は川から離れて話の中に入っていった。そして急カーブをまわると停車した。停まると待っていたらしい古谷小隊長が駆けつけた。

「聞いたぞ。大活躍だってな。英雄だな」

 降りようとする桜井に手を貸しつつ古谷が言った。

「もうあんなのはご免ですよ」

 桜井は73式小型トラックから飛び降りた。

「ダムの手前は急なS字カーブになっているんだ。ここで敵を迎え撃つ計画になってる。案内するぞ」

 古谷は林の中を指差した。



 道から逸れて斜面を降りると、小隊の守る陣地に辿り着いた。木々の中に設けられた塹壕で、目の前には川が流れ、その向こうには、陣地から50メートルほど先であろうか、道が見える。先ほど桜井らが走っていた国道385号線が川の向こうの道に繋がっているらしい。

「敵はおそらく385号線に沿って南下してくる。そこでここから敵の側面を狙う」

 すると桜井の姿に気づいた小隊の隊員たちが集まってきた。

「おぉ生きてたか」

 最初に声をかけたのは小隊陸曹の砺波であった。それを皮切りに隊員たちが次々としゃべり始める。

「いやぁ、やっぱお前がいないとなぁ」

「頼りにしてるんだぞ。狙撃レンジャー」

「今は猫の手も借りたいくらいさ」

 桜井は仲間たちとの再会に喜びつつ、仲間の人数が昨日より減っているのに気づいた。桜井はそれについて尋ねないことにした。

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