二七.福岡沖海戦
国会議事堂 予算委員会
烏丸総理の解散宣言に一瞬、騒然となった委員会室であるが、すぐに平静さを取り戻した。質問者の場所に立っていたのは依然として菅野議員が立っていた。
「総理。あなたは今、国会を解散するとおっしゃったが、具体的にそれは何時なのか?明言していただきたい」
一度席に戻っていた烏丸は再び壇上に立った。
「ですから、この度の北九州有事に関して収拾の目処が立ちましたら、国会を解散する決意であります」
それを聞いた菅野議員は首を横に振った。
「総理!あなたは私の質問にまったく答えていらっしゃらない!私が訪ねているのは、解散をする具体的な日時であります」
口調が厳しくなる菅野議員に対して出席する閣僚は困惑した表情で互い目配せした。烏丸は同じ言葉を繰り返せざるをえなかった。
「ですから、この度の北九州有事に関して収拾の目処が立ちましたら、国会を解散すると申し上げました」
しかし菅野議員が納得する様子はない。
「総理は私の質問の意味を理解しておられないのでしょうか?私は解散の日時を尋ねているのであります。一国の首相が国会の場で宣言するわけですから、どうとでも解釈できる曖昧な表現を用いることはあってはならないのです。総理の宣言に実効性を持たせるためにも、明確な日時を提示していただきたい」
菅野議員の主張に烏丸は耳を疑った。
「菅野議員。お言葉でありますが、現状では明確な日時を提示することはできません。この度の事変がいついつまでに収拾されると明確にできるわけでもありませんし、事変が続く最中に解散というわけにもいきませんから、明確な日時を提示するということはできません」
菅野議員は顔色1つ変えず主張を違える気配は見えない。烏丸は1つ譲歩することにした。
「しかし、常識的に言えば事態が収拾される時点というのは、日本に上陸した高麗軍部隊が領土内から退去して自衛隊の防衛出動を解除できる段階になった時と言えるのではないでしょうか?」
ここで烏丸が述べた“事態が収拾された時点”の定義は彼がこの場において即興で考えたものである。だから振り向いて菅井や中山の顔色を伺った。2人とも頷いて、烏丸の判断を肯定してくれた。
この定義に菅野議員が納得してくれれば1つ前進なのであるが、それは甘い期待であった。菅野議員は総理に対する民生党議員のブーイングをバックグランドミュージックにして問い詰めるように言った。
「ですから、はぐらかして話を逸らそうとするのはやめていただきたい。私がお尋ねしているのは、解散の具体的な日時であります!」
玄海灘 高麗海軍潜水艦<チャン・ボコ>
艦長は接近する友軍艦艇に艦長は勝利を確信した。後は水上艦艇に狩り立てられた自衛隊潜水艦を始末するだけである。
「魚雷発射用意!敵が動くと同時に仕掛けるのだ」
膠着状態に陥った今、先に動いた方が負けである。そして今は高麗海軍水上部隊が迫る以上、自衛隊潜水艦は動かざるをえない状況に追い込まれているのだ。
「それと水中電話の準備をするんだ。友軍相撃では話にならんからな」
潜水艦の識別はソナー頼りなので不正確になりがちである。だから自軍の潜水艦を敵と誤認したり、逆に自衛隊艦を敵と確定できず攻撃を戸惑う可能性がある。
しかし、そうした点を考慮しても<チャン・ボコ>の優位は崩れない。自衛隊艦が状況を打開しようと動くの待つだけなのだ。
「ソナー感!自衛隊艦だと思われます!」
ソナーマンが歓喜の声をあげた。
「スクリュー音です!方位は3-5-0!」
「魚雷発射用意!」
勝利を目前にして発令所は沸き立っていた。だが、次のソナーマンの声が艦内を凍りつかせた。
「目標より金属音!魚雷発射管扉を開ける音と思われます!」
自衛隊の潜水艦は魚雷を発射しようとしていた。
「バカな。こちらの位置を知りえるとは思えんが!」
艦長には自衛隊潜水艦の艦長が攻撃を決断できた理由がまるで分からなかった。
「艦長!発射管扉開きますか?」
水雷長が必死になって艦長に叫んでいたが、艦長の耳には届いていなかった。そして破滅の知らせがソナーマンよりもたらされた。
「ソナー感!高速スクリュー音!魚雷です!」
騒然とする艦内で艦長はようやく正気と取り戻した。
「攻撃中止!機関全速!回避行動!」
<チャン・ボコ>の巨大なモーターがうなり声をあげて動き出した。
「デゴイ射出!取り舵一杯!」
乗組員達は迫りくる魚雷から逃れようと必死に動いた。<チャン・ボコ>の船体は海の中を急激に動いたので、ソナーの効力は著しく低下した。それが彼らの命取りになった。
しばらくしてソナーが回復し、ソナーマンがそれに気づいたがいささか遅すぎた。
「艦長!発射された魚雷は明後日の方向に向かっています!」
海上自衛隊潜水艦<こうりゅう>
「2番、3番。発射!」
艦長が命じるとともに、水圧で発射管から魚雷が射出される。魚雷を発射した分だけ失われた重量を補いバランスを保つ為にツリムタンクへと水が注入される音が艦内に響く。
囮の魚雷を回避する為に高麗潜水艦は雑音をばら撒いてくれたので、<こうりゅう>は発射解析値を算出するのに十分なデータを手に入れた。発射された89式魚雷は後ろから伸ばす誘導用ワイヤーを通じて潜水艦から操作されているので敵を見逃すことはありえない。
「大手だ」
中曽根は1つの戦いに幸運にも勝利できた喜びを噛み締めていた。この戦いはチキンゲームだ。最初の魚雷は当てずっぽうで、よほどの幸運に恵まれなければ敵に命中することはなかっただろう。敵がそれに気づいていれば、逆に攻撃を仕掛けて<こうりゅう>は反撃の暇もなく玄海灘に沈んでいたに違いない。
「目標が再び増速!魚雷に気づいたようです!」
高麗海軍の潜水艦はようやく罠に気づいたらしい。だが魚雷は必殺のタイミングで放たれたのである。逃れられるわけがない。
「魚雷命中と同時に全速後退!爆発音に紛れて脱出する!」
高麗水上艦隊とはまだ距離がある。爆発を感知しても状況を把握できるまでいくらか時間がかかるだろう。逃げ出すことは十分に可能だ。
「魚雷、命中まで3、2、1!」
次の瞬間、玄海灘に巨大な水柱が連続して2つ立った。その爆音は<こうりゅう>の船体を震わせ、乗員にも衝撃が届いた。
「全速後退!」
魚雷の爆発により海水は攪拌されてソナー効力が極端に落ちた。<こうりゅう>のソナーは高麗の水上艦隊を失探していたが、それは大きな問題ではなかった。この状況下で見つからないように逃げるなど至極簡単なことである。
玄海灘海上
予定の時間になっても<チャン・ボコ>が入港しないことに不審を抱いた博多港占領司令官は防衛部隊に捜索を命令した。
出撃したのはウルサン級フリゲート2隻と掃海艇1隻である。部隊司令官は自分が大変緊張していることに気づいた。もし日本の潜水艦が潜んでいて、<チャン・ボコ>を襲撃したのだとしたら。この小さな任務部隊ではあまりにも心細い。
ウルサン級の対潜装備は朝鮮半島の沿岸で旧北朝鮮の潜水艇に対抗する為に設けられたもので、攻撃兵器は短魚雷と爆雷のみだ。当然ながら日本の潜水艦が装備する魚雷の方が射程が長い。
その時、目の前で2つの水柱が連続して海面が飛び出した。それから巨大な爆発音が響く。
「減速しろ!対潜警戒、厳となせ!」
「ダメです。爆発により海水が攪拌されてソナー効力が落ちています!」
部隊司令官は青ざめた。これではなにもできないではないか。
それからソナーが効くようになるまで暫く時間がかかった。それまで高麗海軍の水兵達は異常な緊張感の中に居た。水中から何時、潜水艦が襲ってくるのか分からないのだ。しかもソナーが効かない以上、対処のしようがない。冷静に考えればソナーが効かないのは海中の潜水艦も同じ筈であるが、こういう場合には敵を過大評価しがちである。
しかし、攻撃はなかった。
ソナーが回復し、海中に潜水艦が沈んでいるのを把握するのに数時間。それが<チャン・ボコ>であることを確認するのに更に数時間。その間に日本の潜水艦は安全圏まで逃げのびていた。
対馬海峡 自衛隊潜水艦<こうりゅう>
安全圏まで達すると<こうりゅう>は潜望鏡深度まで浮上して海面に通信アンテナを出し、博多港沖から脱出した経緯を報告した。
再び潜航して次の定期連絡時間が来るのを待つ間、艦内の士官室はまるで葬式みたいな空気になっていた。
「これは拙いよな」
艦長の中曽根は一番顔色が悪かった。なにしろ偵察行動中に敵に見つかり、任務を放棄せざるをえなかったのだ。勿論やむを得ないことであるから、それを理由に処分されるということはないだろうが、乗組員全員の出世に大きな影響が及ぶのは間違いない。
そして定期連絡の時間を迎えた。士官全員が見守る中、潜水艦隊司令部からの通信文がテレタイプによって印刷される。
「一言くらい叱責の言葉があった方が気は楽になるんだろうけどな」
通信文には博多港沖の一件について一言も触れておらず、ただ次に<こうりゅう>に対する新たな命令が書かれているだけであった。
「まぁ、こんな秘密通信をつかってわざわざ説教するなんて冷静に考えればありませんけどね」
水雷長が命令だけの通信文に安堵しつつ、苦笑して言った。
「で、次に向かう場所は…」
中曽根は問題の部分を指でなぞった。そこには“潜水母艦と合流せよ”とだけ書かれていた。
というわけで海自の日韓大戦における最初の白星ですが…
やべぇ、めっちゃ味気ないorz
(追伸)
投稿した時にタイトルが“福岡沖開戦”になっていたので、いきなり修正するはめにorz
(改訂 2012/3/23)
登場人物の名前を変更