二四.ロシア版ステルスの実力
中国のパイロットは確かに国籍不明のヘリコプターの尻尾を掴んでいたが、完全に捕捉するには至っていなかった。
ヘリコプターは谷間に逃げ込み突破しようとしている。超低空を低速で進んでいるので、レーダーでは地形や地上の障害物に紛れて探知することができない。赤外線センサーの方は探知することができるが、Su-27とヘリコプターの速度差が大きすぎてすぐに飛び越してしまう。谷間を飛ぶヘリコプターをSu-27の射界に収められるのはほんの僅かな時間だけなのである。
一般に低速なヘリコプターは戦闘機に対して脆弱な存在と見られることが多い。確かに何の警戒もなしに比較的高い高度を飛ぶヘリコプターを狩るのは決して難しいことではない。
しかしヘリコプターには急激な速度変化でも固定翼機のように失速せず、さらにホバリング能力まである。それを生かして地形に沿って超低空飛行―地形追随飛行もしくは匍匐飛行などと呼ぶ―をすれば戦闘機のレーダーで発見するのは困難である。最悪の場合、地上にある木々や建物の陰に隠れるという裏技まで使えるのである。
地形追随飛行をするヘリコプターは戦闘機パイロットにとって墜としづらい敵なのだ。
中国空軍のSu-27は谷の上空を何度も往復して、ヘリコプターを襲撃する機会を伺っていた。結果として彼らはヘリコプターに気をとられてより危険な敵の接近に気づけなかった。
2機のSu-41はA-50の指示に従いつつレーダーの監視が緩い部分を突いて超低空飛行―当然ながらKa-60とは比べ物にならない高い高度であるが―で中国領空に侵入した。
勘違いをされることが多いが、ステルスはレーダーから見えなくなるのではなく見えにくくする技術に過ぎない。だから敵の使うレーダーシステムについて熟知した上で、その弱点を突くように行動しなければステルス効果を最大限に発揮することはできないのである。
幸いロシア軍は中ソ対立が本格化した1960年代の昔から中国を重大な仮想敵国として位置づけており、中国軍の防空システムに対する情報については多くの含蓄があった。
A-50のオペレーターたちは中国軍のレーダー監視を緩いルートを使って中国空軍のSu-27の背後にまわるように指示した。襲われる中国空軍パイロットは友軍から攻撃されたと思うかもしれない。
Su-41は山々の稜線を掠めるように飛びながら目標を目指した。敵に探知される恐れがあるレーダーに頼らず目視と赤外線センサーに頼ってである。
索敵についてもSu-41自身のセンサーによるものだと赤外線センサー頼りであったが、そちらはA-50AWACSの支援を得られるのでそれほど難しくなかった。コクピットのキャノピーの隅に設置されているIRSTセンサーは断続的であるが、中国空軍機らしき熱源を捉えた。
Su-41のパイロットはステルス戦闘機乗りとして最後まで自機レーダーを使わず、自らの痕跡を晒すことなく任務をやり遂げるつもりであった。2機のSu-41は中国空軍のSu-27の背後につくとIRSTセンサーと連動するレーザー測距装置を作動させて2機の中国空軍機のうち1機との距離を測定した。2機はデータリンクで繋がっていて観測データはリアルタイムで互いに報告される。それぞれ自機の観測データと照合して三角測量の原理により目標との正確な距離を測定することができるのだ。
これで攻撃に必要なデータは揃った。先任のパイロットが敵の1機目に第一撃を仕掛けて僚機がそれを援護すると事前に決めていたので、先任パイロットは迷わずに操縦桿のミサイル発射ボタンに指をかけた。
兵装はR-77アクティブレーダーホーミング空対空ミサイルを選択する。西側ではAA-12アッダーというコードネーム、もしくはアムラームスキーという渾名で知られるこのミサイルは近距離なら自らのレーダーで敵を捜索して追尾する能力を持つ。
「発射!」
機体下部の兵装ハッチが開き、そこに格納されていたR-77が機内から飛び出る。空中に放たれたR-77は発射前にインプットされた敵機に関する情報を基に弾頭部に備えられたレーダーを作動させて、自ら敵機を探し始めた。ほぼ最適な状況で発射されたミサイルは緒元通りの性能を発揮して敵機を発見した。
それとほぼ同時に敵機のESMがR-77のレーダー波を察知して警報を発したようだ。標的のSu-27は急降下して攻撃をかわそうとした。だがロシアの最新のテクノロジーを詰め込まれたR-77から逃れるには、気づくのが遅すぎた。
R-77はSu-27の回避機動にもECMによる電波妨害にも惑わされず敵の尻尾を追いつづけた。その距離は急速に縮まり、発射から40秒後に命中した。ロシアのパイロットは四散するSu-27の姿をその目で見ることができた。
目標の撃墜を確認すると、もう1機のSu-27の行方を追った。僚機からもA-50からも警告が送られてこないところを見ると先任パイロットの乗るSu-41を狙っているわけではないのは確かなようだ。
敵の行方を教えてくれたのは僚機からの無線であった。
<現在、敵機を追尾中!援護してください!>
先任パイロットが僚機の機影を追うと、その先に急旋回を繰り返して逃走するSu-27の姿を見つけた。必死に逃れようとしているが、無理であろう。Su-41はただステルス性だけが取り得の戦闘機ではないのだ。高機動で知られるSu-27に勝るとも劣らない機動力を発揮して逃走する敵機に食いついている。
僚機の後ろについて援護の態勢をとった先任パイロットは僚機の機体下部の兵装庫が開いてR-73赤外線追尾式ミサイルの弾頭が機外へ突き出るのを見た。今ごろ僚機のパイロットはヘルメットに備えられたヘッド・マウント・ディスプレイ越しに敵機を捉えてミサイルをロックしようとしている筈だ。
するとミサイルが発射された。Su-27は相変わらず左に急旋回を続けており、追尾するSu-41の中心線上から大きく外れて機首から左側50度の方向に居るという位置関係を継続していた。かつての戦闘機ならこの位置関係でミサイルを発射することはできなかった。
戦闘機が空中戦で攻撃可能な範囲は案外小さい。機関砲については当然ながら銃口の向く方向しか攻撃できないし、ミサイル類も装備するセンサーの捜索範囲の関係から機首正面の限られた範囲しか攻撃できないの普通であったからだ。しかしSu-41の搭載するミサイルは普通ではなかった。
兵装ラックから解き放たれたミサイルは通常なら戦闘機の進行方向に沿ってまっすぐ飛んでいく筈である。しかしR-73は横に飛び出した。左側方向50度、Su-27を目指して一直線に飛んでいったのである。
R-73、NATOコードネームはAA-11アーチャー。これこそ冷戦末期に開発されたソ連空軍の切り札であった。従来のミサイルより広範囲を捜索できる新型センサーを装備してパイロットのヘッド・マウント・ディスプレイと連動させることで機体の中心線上から大きく外れた敵機を追尾・攻撃する能力、すなわちオフボアサイト能力を最初に得たミサイルというのがその正体である。
先任パイロットは僚機の勝利を確信した。Su-41がステルスだけの戦闘機ではないようにR-73もオフボアサイトだけのミサイルではない。翼ではなく直接ジェット噴射の方向を変えて方向転換をする推力偏向ノズルを使った機動力は戦闘機の比ではない。
Su-27は何度も急旋回を繰り返してS字を描きながら逃れようとするが、R-73は執拗に食いついた。急旋回をするときのR-73の航跡はL字を描いていた。フレアをばら撒いても惑わされること無く、R-73はSu-27に突っ込んだ。
先任パイロットは爆発して四散するSu-27の姿を想像したが、現実にはならなかった。R-73に直撃されたSu-27は空を飛びつづけている。
<不発だったみたいです。止めを刺しますか?>
「いや。脅威は排除した。それにどうせ長くはもたない。長居は無用だ。退避するぞ」
逃走するSu-27であるが、不発とはいえ超音速で飛ぶミサイルの直撃を受けて無事なわけがなく、次第に壊れていき部品を空中にばら撒いていた。
2機のSu-41は来た時と同じようにA-50の指示を受けてレーダーに探知されづらい超低空を飛び、ロシア領空を目指した。2機は無事に国境を超えて勝利に沸く基地に着陸した。そこで情報将校から件のSu-27からパイロットが脱出して機体は墜落したことを知らされた。無線傍受班で脱出したパイロットの緊急信号を傍受したのだという。
2人のロシア空軍パイロットは脱出した中国人の無事を祈った。敵とはいえ同じ空中に生きる者である。それが当然の礼儀であり、パイロットのルールであった。
Su-41の帰還から遅れて20分後にKa-60も基地に着陸した。Su-41のように勝利を祝う出迎えは居なかったが、ザスローン隊員達は任務を完遂した満足感に浸っていた。
ただ1人、白将軍はKa-60のキャビンの中でうずくまり、唖然としていた。それからSVRの情報員2人に連れられていった。
かくして高麗と中国を結ぶラインは断ち切れた。
ようやく山場が1つ終わりました。
“ステルスの実力”というより“ミサイルの実力”みたいな内容になってしまいました。もっと臨場感が出るような書き方ができればいいのですが。それにしてもAA-11アーチャ―、調べれば調べるほど凶悪なミサイルですね。