二十.動揺
6月28日深夜 ソウル
高麗大統領官邸である青瓦台は重苦しい雰囲気に包まれていた。
「つまり、どういうことなんだ?」
鄭宇中大統領はすがるような顔で外交通商部長に尋ねた。だが、その答えは大統領に容赦なく現実を突きつけた。
「国連安保理による即時停戦案は否決されました。残念ながら国連決議を利用しての短期決戦は望めそうにありません。アメリカは我が軍の即時撤退を主張しています」
そう報告する宗白一外交通商部長も目の前の事実を信じられないといった表情をしていた。だが心の奥底ではともかくとして頭では現実を認識できていた。
「残念ながら我々の選択肢は大きく狭められました」
「あくまで狭められただけだ」
そう主張したのは国防部長である李世昌である。
「自衛隊に痛撃を与えれば必ず日本は屈服します」
「先日の攻勢は失敗したではないか?」
さらなる攻勢を主張した国防部長の主張に口を挟んだのは国家情報院院長の金幽霊であった。
「既にこの戦争を勝利する上で重要な幾つかの条件が失われている。このまま消耗を重ねるよりも方針転換を図るのが筋ではないかな?」
幽霊の言葉に国防部長は顔を顰めた。
「ユリョン院長。貴方は我が国軍を信じていないのですかな?」
「信じてどうにかなるなら、信じますがね」
2人の遣り取りを見つつ他の閣僚は黙り込んで日和見を決め込んでいる。既に作戦は当初の予定は破綻しつつあるように見えたが、それを口にする勇気を持っていたのは金幽霊だけであった。
「大統領。長期戦になればなるほど不利です。状況によっては国連安保理でのアメリカの提案を受け入れる必要が出てくるでしょう」
「つまり負けを認めろと?」
幽霊の大統領に対する提案に対して国防部長は強い口調で問いただした。
「軍が作戦を継続可能と判断するなら継続してもいいでしょう。しかし万が一の場合のために引き際について決めておくべきです」
鄭大統領は幽霊の提案に頷いた。
「金院長の言うとおりだ。作戦中止を決定するラインを決めるべきだ」
大統領の言葉を聞いて多くの閣僚達は安堵の表情を浮かべた。その中で外交通商部長はこれといった反応を示さず、国防部長は不満げであった。
「それで外交通商部長。国連の様子はどうなっている?」
大統領に指名された外交通商部長は手短に現状を説明し始めた。
「中国がアメリカ案に抵抗しています。採決には拒否権を行使するでしょう。中国が味方である限り最悪の状態に成ることはありません」
それに国防部長が続く。
「現在、中国軍が台湾に対して臨戦態勢をとっており、それが継続している限りアメリカ軍はその戦力を日本に集中させることができません。中国が我が国の味方である限り十分にチャンスがあります」
2人の主張は共通していた。
「つまり問題は中国の動向ということですな」
金幽霊が指摘した。
ニューヨーク 国連本部
徹夜での安全保障理事会の協議を終えた各国国連大使の面々の多くは国連本部内のレストランへと向かい遅い朝食を摂った。アメリカ大使もその1人で、多くのスタッフとともに世間話をしながら食事をしていた。
そこへロシア大使がやってきた。
「2人でいいかな?」
アメリカ大使は無言で頷くと、他のスタッフに立ち去るように促した。スタッフが立ち去るとロシア大使はアメリカ大使と向かい合う形で座った。
「攻めあぐねているようだな」
「長期戦は覚悟のうえさ。むしろ好都合だ」
ハンバーガーを頬張りながらアメリカ大使は言った。
「だが日本政府は堪らないだろう。長期戦になればなるほど危うい立場になる」
それを聞くとアメリカ大使は目の色を変えた。
「なにが言いたいんだ?」
ロシア大使を睨みつけながら詰問するようにアメリカ大使は問いかける。
「怖い顔をするな。ただ耳寄りな話があるというだけだ」
「耳寄りな話?」
「高麗と中国の間を取り持つ人物が明後日に消える」
それを聞いた瞬間、アメリカ大使は目を見開かせた。それから周りに目を向けて会話を聞いている者が居ないか探った。盗み聞きをしている者がいないことを確認すると、改めてロシア大使と向き合った。
「どういうことだ?」
「文字通りの意味さ。高麗と中国の間を取り持っているのは1人の将軍だ。彼が居なくなれば2国の連携は難しくなる。君たちの付け入る隙ができるってことさ」
アメリカ大使はロシア大使の説明に納得していないようであった。
「なるほど。しかし、君たちにどんな得がある?どうしてこんなことを」
「中国が高麗と仲良くなって欲しくないのさ」
それは納得のできる説明であった。中国と高麗が友好関係を保てば、中国は東北地域においてはロシアにその戦力を集中することが出来る。
「だから我々は中国と高麗の関係を壊す。これを利用して高麗に新米政権を樹立すればいい。その方が我々にとっても幾分マシだ」
「なるほどな」
「そして理由はもう一つある。長期化することによって君たちが事態打開のために中国に飴を与えようなどと考えると困るのだ。武器輸出とかな」
それを聞くとアメリカ大使は首を横に振った。
「おいおい。そんなことあるわけないだろ?」
「だが君たちはかつてイランに武器を輸出していたじゃないか!」
ロシア大使が持ち出したのは、レーガン大統領時代にレバノンでヒズボラの捕虜になったアメリカ軍兵士救出の為にヒズボラの支援をしていたイランへ武器を輸出した事例である。俗に言うイラン・コントラ事件だ。
「前大統領はともかくとして、今の大統領はそんなことはしないさ」
「さて、どうだかね。生憎だが私は人を見る目がないのだ」
2人とも笑った。
「それじゃあ言いたいことはすべて言った。私はこれくらいにする」
ロシア大使が立ち去ると、代わってスタッフたちが戻ってきた。
「どういう話でしたか?」
スタッフ達の代表が不安げな表情で大使に尋ねた。それに対して大使はえらく上機嫌で、それがスタッフ達を安心させた。
「ホワイトハウスに向かう。ボスに説明しなきゃならんことがあるからな」