一六.スペツナズ部隊ザスローン
ロシア
ドミトリーはホテルウクライナでの会談を終えると、すぐにヤセネヴォのSVR本部に戻った。彼は得た情報をすぐに特殊作戦課主任に伝えて、スペツナズによる特殊作戦が実行可能か尋ねた。実行可能という言質を取ると、すぐに作戦立案をするように命じて、それからドミトリーは事の詳細を秘密回線の電話でクレムリンの大統領に伝えた。
「極めて効果の高い作戦ですが、他国領土における大規模作戦ですからリスクも大きいです」
ドミトリーは作戦の問題点も含めてありのままを説明した。スターリン時代を除けば常に否定的見解についてもしっかり伝えるのが情報官の生き残る道である。もし問題が生じた時に“リスクは承知の上でしょ?”と弁解できるからだ。
<分かった。私も情報機関の人間だったんだ。この種の作戦では何を犠牲にし、何を得るのかは心得ている。ただちに実行したまえ>
「ありがとうございます」
大統領からの了承を得るとドミトリーはスペツナズの訓練施設へ向かった。実行する部隊をこの目で見ておきたかった。
現地で特殊作戦課主任と合流すると、ドミトリーは実行部隊の待機しているところへ向かった。SVRには秘密作戦のためのスペツナズ部隊を独自に保有しており、部隊はまたの名をザスローンと言った。
施設では実行役を務める分隊の指揮官であるイヴァン・コンドラチェフ大尉が2人を出迎えた。コンドラチェフが先導して2人を分隊のところへと案内した。
「主任。何故、彼の分隊を実行役に選んだんだね」
「簡単な話です。たまたま彼の分隊が当番隊だった。それだけです」
ザスローンは複数のチームに分かれており、そのうちどれかの部隊が必ず直ちに出撃できるように待機している。今はたまたまコンドラチェフの分隊がそうであったのだ。能力についてはあまり考慮されなかった。どのチームも優秀であらゆる作戦に投入可能だからである。
「それで大尉。特に目をかけている優秀な奴は居るのかな?」
ドミトリーが尋ねるとコンドラチェフは少し考えてから答えた。
「あいつです。あの狙撃手」
コンドラチェフが指したのは特殊部隊としては小柄で少年のような容姿の隊員であった。
「ミハイル・チェーホフ少尉です。狙撃も巧い上に、小さいから隠れるのも得意です。仲間内じゃ“妖精”って呼ばれるくらい、かわいい顔していますけど怖い奴ですよ」
「かわいい?」
主任がミハイルの顔を凝視した。
「確かにね。髪を伸ばしたら女と言っても通用しそうだ」
それを聞いたコンドラチェフが顔を顰めた。
「なにを言っているのですか?あんなにかわいいのが女なわけないじゃないですか!」
ドミトリーはコンドラチェフの言っていることが理解できなかった。とりあえず触れてはいけないようなので無視することにした。
「隊員を集めろ」
「分隊、集合!」
12人の隊員がコンドラチェフのところへ集まった。4人組の突入班が2つ、ミハイルが指揮する3人組の狙撃班が1つ、それに分隊長直属の通信兵が1人。それに分隊長であるコンドラチェフも加わった13人が実行部隊である。
ドミトリーは隊員たちのきびきびとした動作を見て、昔の時代のことを思い出していた。
SVRの母体であるかつてのKGBには2つの優秀な実力行使部隊があった。A部隊とV部隊である。前者は第7局の下で国内テロ対策部隊として、後者は第1総局の下で対外工作部隊としてKGB史に名を残したのである。
その後、ソ連の崩壊に伴いKGBは解体され連邦保安庁FSBとなり、外国での情報収集を担う第1総局は独立して対外情報庁SVRとなった。だがヴィンベルはSVRにはなぜか来ず、そのままFSBにより廃止されてしまった。その後に当時のFSB長官であった現大統領の手によってヴィンベルは復活したが、所属はFSBであった。SVR―旧第1総局―はヴィンベルを奪われてしまったのだ。勿論、SVRにはザスローン部隊がある。しかし本来は栄光のヴィンペルの名は彼らが名乗るべきものの筈だ。だがヴィンベルは今やFSBにある。それがドミトリーにはどうしても納得できなかった。
「君たちをヴィンベルと呼べればよかったのだがね」
だがイヴァンも他の隊員たちも怪訝な表情をした。彼らは小学校に通うようになった頃には既にソビエト連邦は無くなっていて、お互いを同志と呼ばなくなった世代の人間なのだから仕方がない。思えばドミトリーももう60歳。しばらくすれば定年を迎える。ロシアが超大国としてアメリカとともに君臨していた頃を生きていた人間は一線から次々と退いていくわけだ。
「よろしい。これより君達に実行してもらう作戦を説明する。今から3日後、6月30日に1人の中国人民解放軍の将軍が国境警備部隊視察のために黒河を訪れる。君達の任務はその将軍を誘拐することだ」
その内容に隊員たちおは一瞬どよめいたが、すぐに平静さを取り戻した。
「これが目標と作戦地域の地図だ」
説明を引き継いだコンドラチェフが白将軍の顔写真と、国境警備部隊の詰め所と思われる建物中心に撮られた衛星写真を隊員たちに配った。
「想定される敵兵力は?」
衛星写真を見ながらミハイル・チェーホフが尋ねた。
「詰め所には常時1個小隊が配備されているが、当日は将軍の出迎えのために増強される可能性が高い。1個中隊程度は見込んでおくべきだ」
ドミトリーが説明した。
「しかし、将軍直属の護衛はそれほど多くは無い筈だ。詰め所の外で襲撃をするべきだろうな」
それにコンドラチェフが続く。
「しかし、将軍の使うルートは分からないので、襲撃は詰め所の近くで行なわざるをえない。おそらく、すぐに警備兵どもに気づかれるだろう。速さが肝心だ」
「どれだけの支援を得られるのですか?」
別の隊員が尋ねた。
「中国で内戦が始まって以来、極東軍管区は常に警戒態勢を高めた状態にあり、日本で戦争が始まってからはさらに臨戦態勢をとっている。故に軍が提供できる資源はかなりのものだ。既に極東管区司令部では独自に検討をはじめているだろう」
ドミトリーはそれから極東軍管区が検討している幾つかのプランについて説明した。
説明を聞き終えた隊員たちは意見を出し合いコンドラチェフ、作戦主任とともに作戦を練った。
八代海
八代海は不知火海の異名を持つ天草諸島と九州に囲まれた小さな内海である。その上空を2機のF-15が旋回していた。パイロットは下に広がる海を眺めて唇を吹いた。その目は北上する船団に向けられていた。
6隻の護衛艦と8隻のカーフェリー、貨物船というのが船団の構成である。先頭を進むのはイージス護衛艦【あたご】に汎用護衛艦の【たかなみ】【はるさめ】である。それに貨物船団が続き、後ろをヘリコプター護衛艦【いせ】と汎用護衛艦【みねぐも】【ありあけ】であった。護衛艦は高麗海軍潜水艦の襲撃から生きのびた第2護衛隊群の艦である。
「これで汚名返上となるのかな?」
護衛隊群司令の二ノ宮海将補は【いせ】の艦橋から進む船団を眺めていた。
「我々としては無事に戦車を地上に降ろしてもらえれば満足だよ」
第7師団長の大原陸将がそう返した。船団に載せられているのは彼らの装備なのだ。
第7偵察隊に戦車部隊などを増強した第7師団先遣隊は苫小牧から民間企業より徴発したフェリー、貨物船に載せられて九州を目指した。当初は船団を組まずバラバラに独航していた。高麗海軍の潜水艦の襲撃が予測されたが、戦時とはいえ日本周辺にはまだまだ多くの民間船舶や中立船舶が航行しており、その中から自衛隊の装備を載せた特定の船を見つけることは大変困難なことである故に独航させることを選択した。
しかし九州近辺に近づくとさすがに中立船の数が減り、航空攻撃の脅威も高まったことから鹿児島沖で船団を組んで、護衛艦隊と合流して八代海に面する八代港を目指しているのである。
八代海に入ったところで高麗軍の総攻撃が始まったが、幸い洋上の船団は攻撃目標にならなかった。船団に気づかなかったのかもしれない。ともかくとして船団は無事に八代の港に入ろうとしていた。
護衛艦が港の周りを囲み、その警戒の下でフェリーと貨物船は順番に八代港に入港し、物資を下ろし始めた。最初にフェリーから戦車が下ろされた。
西部方面総監がその様子を視察していた。フェリーのランプを降りて彼の目の前に現れたのは90式戦車であった。
「ほぉ。やはり10式にはない重厚さがあるな」
入隊以来、西部方面一筋で出世してきた普通科出身の陸将は90式戦車を見る機会があまり無かった。冷戦末期にソ連戦車部隊を迎え撃つべく開発され90式戦車は第7師団の主力戦車であり、50tの車体には10式には劣るが強力な120ミリ主砲と頑強な装甲が施されている。新型の10式戦車の配備が始まったとはいえ、いまでも第一線級の戦車であることは間違いなかった。
すると洋上の護衛艦からSH-60K艦載ヘリコプターが飛んできて、港の一角に着地した。そこから大原陸将が出てきた。彼は西部方面総監の姿を見つけると、駆け寄ってきた。
「第7師団先遣隊、ただいま到着しました」
「よく来たな」
総監は大原に握手を求め、大原はそれに喜んで応じた。
「敵の攻勢があったそうですが、どうなりました?」
「敵は飯塚の占領を狙ったようだが、なんとか阻止したよ」
それから総監は再び次々と降ろされる90式戦車に視線を戻した。
「このような強力な機動打撃部隊を得られたのがうれしいよ。君達には暫くは西部方面隊の戦略予備部隊となってもらい。今度のような攻勢を高麗が再び仕掛けてきたら、その時には心強い」
政府の方針がまだ定まらぬ中、九州の自衛隊は着実に増強が進められていた。
というわけで久々の更新です。劇中にはなぜかミーシャ君も登場したり。なんか危ない人も登場してますが…
感のいい人は第2護衛隊群の護衛艦の名前がおかしいことにお気づきになるとおもいますが、現在、日韓大戦第1章の加筆修正作業を進めていまして、修正verにあわせてみました。