一四.続ヒトマル無双
氷室小隊の面々は例によって障害物に隠れて、そこからペリスコープだけ出してロックオンをし、ヒット・アンド・ウェイ攻撃を仕掛けるという作戦を繰り返して、高麗軍に打撃を浴びせた。
さすがに奇襲効果が薄れ、一撃で1個中隊分撃破というわけにはいかなくなっていたが、高麗軍大隊は混乱状態になっていた。
「撃て!」
氷室は6輌目のK1A1戦車を撃破した。小隊で合わせて18輌。残りは10輌。4輌の戦車による戦果と考えれば凄まじいものである。
しかし氷室小隊も無事では済まない。2輌が被弾し、1輌は戦闘を継続しているが、1輌とは交信が途絶え、データリンクも切断されている。
だが氷室には戦果を喜ぶ事も、仲間の犠牲を悲しむ事もできなかった。戦闘に必死だったのだ。10式は極めて優れた戦車であるが、戦闘とは様々な要因によって結果が決まるもので、気を抜けるものではない。
するとモニターに友軍を示すシンボルが現れた。もう1つの10式小隊とそれが配属された普通科中隊が高麗軍を背後から強襲したのだ。
<氷室!十字砲火だ>
「了解」
相手の小隊長から通信が入った。厳密には相手の小隊は普通科中隊に配属されたのであるから普通科中隊長の指揮を受けている。だから戦車中隊の指揮下にある氷室小隊と直接交信するのは指揮系統の点から好ましくないのであるが、そこの問題は状況にあわせて柔軟に対応することとなった。
データリンクで結ばれた7輌の戦車はそれぞれに目標を割り振った。そして合図で一斉に高麗軍の後ろと横から攻撃を仕掛けるのである。
増強普通科中隊が戦車小隊を先頭に南から県道30号線に突入した。北には田畑が広がり、高麗軍戦車と装甲車が走り回っている。戦車小隊は道から外れて田畑に突入して。
一方、遠賀川対岸の氷室小隊も物陰から一斉に飛び出した。
「撃て!」
7輌の戦車の一斉射撃が残る高麗軍戦車に襲い掛かる。特に対岸の氷室小隊に目をとられていた高麗戦車隊にとって背後からの襲撃はまったくの奇襲であった。放たれた7発のAPFSDS弾の全てが見事に目標を捉えた。
「次弾、HEAT-MP(多目的対戦車榴弾)。目標、装甲車」
残った戦車はもう1つの小隊に任せて氷室小隊は歩兵部隊の掃討に移った。装甲の薄い装甲車相手に強力な徹甲弾を使うのはもったいないのだ。
HEAT、つまり対戦車榴弾は化学エネルギー弾で、かつてのバズーカやパンツァーファウストなどで知られる成形炸薬弾を戦車主砲に転用したものである。火薬に円錐形の凹面を設けることで爆発エネルギーを一点に集中し装甲を貫通する成形炸薬弾は、威力を弾体の重量と速力に依存する徹甲弾に比べて目標との距離に関係なく高い貫通力を発揮するという利点があるが、近年は複合装甲の発達によって効果が低くなってしまった。それでも余剰エネルギーを利用して対装甲車輌攻撃以外にも使用できるように改良した多目的対戦車榴弾はAPFSDS弾とともに現代戦車の標準的な搭載弾薬となっている。
「撃て!」
標的になったK200装甲車が炎上した。中から炎に包まれた人らしきものが飛び出てきたが、氷室は見なかったことした。
ペリスコープを覗いて新たな目標を探していると、データリンクで送られて情報がデジタル画面に表示された。家の陰に戦車が1輌居る。
<氷室、すまん。装填装置に問題が発生した。代わりにやってくれ>
相手の小隊長から通信が入った。
「了解」
氷室はペリスコープを対岸のある家に向けた。その家の裏に戦車が居る筈である。
「砲手、照準よこせ」
10式戦車は90式戦車と同様に砲手だけでなく車長自ら主砲の照準をすることができる。ボタン1つで射撃管制装置が車長のペリスコープに接続されるのだ。
照準が砲手から車長にオーバーライドされ、砲口が家に向けられる。データリンクから得られる情報では、家の裏に戦車が居るはずだから、今射撃しても家越しに命中して撃破できるであろう。しかし氷室は出来る限り街を壊したくなかった。
すると氷室から見て家の右側から戦車の後部が見えてきた。戦車は砲塔を後ろ向きにして北へ進んでいるようだ。南から攻めてきた増強普通科中隊に主砲を向けつつ、後退しているのだ。
「撃て!」
主砲から発射されたAPFSDS弾は氷室の狙いどおり砲塔と車体の間に入り込んだ。
氷室は照準を砲手に戻してペリスコープで新たな目標を探した。しかし見当たらなかった。データリンクは残存する高麗歩兵を普通科中隊が戦車小隊の支援の下で掃討している様を伝えてくるが、敵の戦闘装甲車輌の存在を教えてくれない。戦闘は終わったのだ。少なくとも氷室の戦闘は。
氷室はハッチを開けて、砲塔の上に頭を出した。対岸にいくつもの黒煙が立っているのが見えた。それからまた砲塔内に顔を引っ込めると、被弾したらしい僚車のところへ急いだ。
データリンクの最後の送信位置を元に移動すると撃破された戦車を見つけた。操縦手が車長を路上に寝かせて手当てをしていた。10式戦車は砲塔側面に十字の穴―APFSDS弾には弾道を安定させるために翼が取り付けられているので、そのような跡になる―が開いていて、そこに砲弾が貫通したのが分かる。砲手の姿が見えなかった。
「大丈夫か?」
氷室は戦車を降りると手当てをしている操縦手に駆け寄った。車長は意識を失っているようであった。
「なんとか大丈夫です」
「砲手は?」
氷室の問いに操縦手は首を振った。
「分かった。すぐに後送できるように手配しよう」
氷室がそう言った時、氷室の戦車から砲手が顔を出した。
「3尉!中隊長から通信です!」
それを聞くと氷室は自らの戦車に駆け戻った。砲塔に登って自分のヘッドセットを取り出した。
<そっちは片付いたな?>
相手は中隊長であった。
「えぇ。今、普通科中隊が掃討中です」
<よし。氷室、お前の小隊は俺のところへ来い。敵が迫っている>
ようやく正しい道を見つけ出した高麗軍第202大隊は県道62号線を西に進んでいた。しかし、その動きは第2普通科大隊の放った斥候隊に発見されたのである。隠れて第202大隊をやり過ごした斥候隊はその情報をただちに報告したのである。
県道62号線は小さな山々を越える道で第202大隊の先頭を行く戦車が一番の高所に達しようとしていた。先頭のK1A1に乗る戦車兵は緊張していた。稜線を超える瞬間が戦車にとって一番危険な瞬間と言える。地形のために視界はあまり利かず、稜線上に頭を出した瞬間にドカンとなりかねない。大隊長は待ち伏せを警戒して十分な偵察と砲兵の支援射撃をしようとも考えたが、奇襲効果を重視する旅団司令部に却下された。
自衛隊戦車中隊長は愛車の10式戦車を簡易な擬装を施された道路脇の陣地に身を潜めさせて、稜線上に敵が現れるのを待ち構えていた。中隊長車と副中隊長のたった2輌による迎撃であるが、相手の戦車も道路上では2列に並んで行動しなくてはならないから、中隊長隊と同時に交戦できるのは精々2輌程度で対等な戦いができる。
すると稜線の向こうから砲身がニョキっと出てきて、やがて砲塔が姿を現した。
「K1A1戦車だ!」
高麗軍のK1A1がいままさに稜線を越えようとしている。しかし、ここでもう1つ、稜線における作戦の問題を晒す事になった。それは地形の特性上、稜線を越えて下り坂に踏み入れる瞬間に無防備な車体下部を晒し、さらに下り坂では装甲が比較的薄い上部を正面に見せることになる。稜線を超える戦車は敵に弱点を晒してしまうのだ。中隊長もそこが狙い目であった。
「撃て!」
中隊長車の放ったAPSFDS弾が見事にK1A1戦車の車体下部に滑り込んだ。撃たれたK1A1はそのまま道路脇に突っ込んで無残な姿を晒し、擱挫してしまった。僚車がすぐにその仇を討とうとしたが、被弾車の前に出た瞬間に副中隊長の10式が放ったAPSFDS弾を受けてしまった。
「よし。発煙弾!」
特科部隊のFH-70が高麗軍第202大隊の上に発煙弾をばら撒き、中隊長と副中隊長の10式戦車は煙に紛れて後退し、次の陣地に移った。
氷室小隊の残存戦車3輌は県道62号線で防衛線を張っている空挺団第2普通科大隊予備中隊と合流した。東の方には発煙弾の白い煙と撃破された戦車から上がる黒煙が見える。データリンクから得られる情報によれば中隊長と副隊長は既に5輌の敵戦車を撃破している。
すると東から2輌の戦車が姿を現した。中隊長と副隊長の10式だ。
「データリンクでも確認した。友軍だ。撃つな」
氷室は普通科中隊の指揮官に無線でそう伝えた。さらに中隊長から通信が入った。
<敵は追いかけてこない。撤退したのかもしれない>
「空自の偵察待ちですかね」
飯塚西部山中
山岸は高麗の銃声がいつのまにか止んでいることに気づいた。
「撃ち方止め!撃ち方止め!」
味方の銃声も止んだ。戦場に残っているのは無数の敵味方の死体だけであった。
「隊長、敵は西に逃げていくようです」
小隊長の1人が報告した。
「追撃しますか?」
「いや。いい。なぜ逃げるんだ?」
自衛隊側は増援を得たとはいえ、まだ戦力的には拮抗していた。なにか理由がある筈である。
「もし奴らの目的が陽動であるとしたら、本隊の攻撃が失敗したのではないでしょうか?」
さきほどの小隊長が意見を述べた。
「かもしれんな」
前回に続きヒトマル無双。私も日本人。自衛隊が負けるのは見たくないってのがやっぱりあるのか、戦争では負けてますが戦闘じゃずっと勝ってるんですよね(笑