一二の二.空挺団の苦闘
飯塚西部山中
山岸は高麗軍の動きを予測して新たな配置に動いた。最新の情報によれば高麗軍部隊は大隊規模の軽歩兵部隊で砲兵観測隊がいる410高地に向かって進んでいるという。しかし、その稜線を超えようとすれば第6中隊の激しい砲火に直面するのであるから迂回を試みるに違いない。
もし第5中隊の戦区に逃れるとすればどう行動するか。道路に出ることを避けて山中を進むであろう。ルートは410高地とその南にある461高地―その下に八木山バイパスの筑穂トンネルやJR篠栗線の篠栗トンネルの通る山―の間を抜けて東に出る。
山岸は地図を見て、その先になにがあるかを確認した。池があり、そこから小さな水路が森の中を通り川に出る。山岸はそこに陣を敷くことを考えた。
水路を挟む丘に1個小隊を分散して配置し、残りの小隊は迂回を防ぐために水路の南北に広がる林の中に配した。
そこに潜んで暫く待っていると何も知らない高麗軍がやってきた。山岸は各小隊に命令あるまで待機するように命じて、相手を観察した。目の前に現れた高麗兵は一個分隊程度で、どうやら斥候のようである。殲滅するのは容易いが、山岸はより大きな獲物を狙うことにした。斥候が安全を確認すれば、やがて本隊がやってくる。そこへ水路の小隊が攻撃して足止めし、残りの小隊が南北から挟撃するのだ。中隊で大隊に挑むことになるが、奇襲の効果と地の利が味方してくれる。
さらに徹底的な打撃を与えるために、ゴルフ場を守る第6中隊と予備となっている第41普通科連隊からの配属中隊の出動を要請した。これで奇襲効果に加えて数的にも優勢になる。
その時、林の中に銃声が轟いた。高麗兵の1人が倒れて、残りの面々が林に向かって銃撃をしている。
「応戦!撃ち方始め!」
待機していた自衛隊員たちが一斉に射撃を始めた。また何人かの高麗兵が倒れ、残りが逃げ帰っていく。その光景を見ながら山岸は毒づいた。敵にこちらの存在が気づかれてしまい、計画が台無しになった。
「誰だ!最初に撃ったのは!なぜ撃った!」
山岸は無線手から携帯無線機の受話器を奪い取って叫んだ。しばしの沈黙の後、返事が返ってきた。
<すいません。うちの部下が…>
話を聞くと、若い陸士がすぐ近くまでやってきた敵兵の姿を見て思わず引き金を引いてしまったようだ。
「よし。済んだことは仕方が無い。待機しろ」
事情が分かり、落ち着きを少し取り戻したところで山岸は今後のことを考えた。奇襲に失敗した以上、大隊規模と見られる敵部隊と正面きってやりあうのは分が悪い。他の中隊に増援を要請するべきだと結論付けた山岸は再び受話器に手を伸ばした。
その時、空から空気を切り裂くような音が聞こえてきた。
「伏せろ!」
次の瞬間、山岸らの周りで次々と爆発が起こった。高麗軍の砲撃である。木々が次々となぎ倒され、自衛隊員たちの悲鳴が聞こえる。砲弾の炸裂で土が巻き上げられ、それが口の中に入りジャリジャリするのを山岸は感じた。そして冷静な自分に驚いた。
周りの状況に目を凝らすと、爆発で地面が吹き上がるのが見えた。次に直撃を受けた大木が弾けとぶ光景。そして爆発のむこうに消えた部下。この時、山岸は目の前の光景がまるで映画やテレビの中で繰り広げられる出来事のように感じていた。音は何も聞こえず、周りの様子がスローモーションのように見えた。
やがて砲撃が止み、山岸の意識も目の前の現実に引き戻された。傷ついた隊員たちの呻き声が聞こえる中、山岸は立ち上がってまわりの状況を確かめた。さっきまで生い茂っていた木々が無くなっていた。多くの木が途中で折れて倒れている。
「動ける者はいないか!」
山岸が声を張り上げると何人かの隊員が立ち上がった。しかし、それほど多くは無かった。無事に動ける隊員は小隊の3分の1程度で、その中にも治療が必要な傷を負った者がいた。
その時、水路の北の方から銃声が聞こえてきた。
「一体、なにがあった!無線手、報告はないか?」
そう言って隣に居た筈の無線手に目を向けると、そこは惨状が広がっていた。無線手の身体はズタズタになり、首から上は無くなっていた。
「畜生!」
山岸は無線機を遺体から剥ぎ取ると、作動するか確かめた。幸い無線機は正常に作動した。
「状況を報告せよ!」
<敵が突然、目の前に現れました。今、応戦中です>
北を守備する小隊の指揮官が答えた。
<我々は敵の意表を突いたようで、圧倒しています>
どうやら高麗軍は山岸らを側面から攻撃すべき迂回したところ、北の小隊と不意に遭遇してしまったようである。しかし、相手はやがて動揺から立ち直り組織だって攻撃に移行する筈だ。となれば数で劣る小隊は危うい。
「よし。なんとか敵を食い止めろ。これより包囲攻撃をしかける」
山岸は水路の小隊の残存兵力と南の小隊をあわせて、北の小隊に阻止されている高麗軍を側面から攻撃することにした。
「よし。前進だ!」
水路の小隊の生き残りが山岸とともに動き始めた。山岸はその中に明らかに軽くない傷を負った者の姿を見つけた。
「君、なにをやっている!すぐに後ろに下がれ!」
だが傷を負った隊員は首を横に振った。
「行かせてください。まだ戦えます」
「ダメだ。君を攻撃に参加させるわけにはいかない。残れ。これは命令だ」
山岸は断固たる口調で言った。部隊は既に次なる戦闘にむけて動き出したのであるから、説得している時間は無かった。
「しかし、私は」
「命令だ。それとも抗命するかね?」
山岸の厳しい言葉に手負いの隊員は渋々ながら従った。
林の中を進んでいくと銃撃に加えて爆発音が聞こえてきた。友軍の迫撃砲が高麗兵を攻撃しているようである。さらに味方の特科部隊と高麗の砲兵隊が互いを撃ちあってもいるようだ。
「迫撃砲射撃が終わるとともに突入する」
山岸は指示を出し、中隊主力を横一列に並ばせて待機させた。その間に無線で増援に呼んだ中隊の現状を確認したが、到着には暫く時間がかかりそうであった。
「どこまでもたせられるかな」
もはや奇襲も地の利ももはや失われた。
そして、迫撃砲の音が止まった。
「吶喊!」
自衛隊員たちは一斉に駆け出した。迫撃砲のためか森は煙に包まれて、視界はほとんどなかった。自衛隊員たちはその中を進みつづけた。すると目の前に突然、高麗兵が現れた。
「撃て!」
89式小銃が乱射される。何人かの高麗兵が倒れた。しかし高麗側も負けじと撃ちかえしてくる。何人かの自衛隊員が倒れた。
「木に隠れろ!」
山岸は木の影に身を隠すと、相手の様子を確かめた。高麗側も木の影から銃を突き出して乱射している。かくして森の中で壮絶な銃撃戦が始まった。
しかし、相次ぐ不意の遭遇と迫撃砲により大きな被害を受けたとはいえ、依然として兵力では高麗側に分がある。第5中隊は次第に圧倒されつつあった。
「増援はまだか!」
山岸は次々と倒れている部下の姿を見て叫んだ。
そのとき、新たな銃声が聞こえてきた。増援部隊だ。