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続 日韓大戦  作者: 独楽犬
第二部 遅滞の章
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一〇.激突

 合図は87式対戦車誘導弾の発射であった。先頭の戦車に向けられたもので、至近距離での発射のために戦車の方にはなんの対処の手段もなかった。

 ミサイルが戦車を破壊すると、小隊の持つ全ての火器が一斉に火を吹いた。車を降りて徒歩で前進していた歩兵たちはその射撃にもろに晒されることになった。高麗兵は次々と血飛沫をあげて倒れていったのである。

 ある兵士は戦車の陰に、ある兵士はその場に伏せて、ある者は川に飛び込んで、それぞれに銃撃から逃れようとした。ほぼ拮抗した小隊同士の撃ちあいであったが、陣地と先制の優位を得た自衛隊側が一方的な攻撃を仕掛けていた。

 後ろの戦車がスモークディスチャージャーを作動させ煙幕を張りつつ主砲を陣地のある対岸の林に撃ちこんでいる。戦車砲の攻撃に堪らず自衛隊員たちは塹壕の中に隠れる。

「被害状況を報告しろ!負傷者はいないか!」

 数人の負傷者が出た。幸い死者は出なかった。


 高麗兵の小隊長は無線で中隊司令部に連絡を取っていた。

「敵の前哨陣地とぶつかりました!」

 小隊長の隠れる戦車の陰にも銃弾が次々と飛び込んでくる。


 その少し後方の中隊本部では中隊長が冷静に指示を出していた。

「よし。先遣小隊は現状を維持、残りは山中の迂回を試みる」

 少し先から聞こえてくる銃声が辺りに響く中、中隊主力が動き始めた。


 数人の兵士が少し下流で川を渡ろうとしていているのが、桜井の目に留まった。素早く64式改狙撃銃の銃口をその兵士の一群に向けた。引き金を引くと、先頭の高麗兵の頭から血飛沫が吹いてそのまま倒れた。残りの兵士はその場に身を屈めて、元来た道を戻っていった。

 それを確認して、また正面に視線を戻すと、戦闘は膠着状態に陥りつつあるのが分かった。先ほどまで途切れることなく続いていた銃声の音は疎らになり、高麗兵たちはそれぞれ手近な障害物を見つけて、そこに隠れてしまっていた。

 先ほどまでの一方的な状況は奇襲効果によるもので、自衛隊側には2個中隊が陣地に集結しているとは言え実際に戦っているのは1個小隊同士であり奇襲効果が薄れればこのような状況になるのは目に見えていた。そして一度、落ち着いてしまうとそこから事態を動かすのは難しい。

「気を抜くな!敵の主力が迂回をしてくるかもしれん。あらゆる事態を想定して備えるんだ!」

 古谷小隊長の声が聞こえてきた。古谷は塹壕の中を屈んで歩き回って、部下の状況を1人1人確かめていたのである。

 桜井は自然と北西方向に視線を向けた。高麗軍が迂回攻撃を仕掛けてくるとしたらその方向である。その先には第1小隊がいる筈であるが、彼らはどうしているのであろうか?まさか同士討ちになるようなこともあるまいな?




ホテルウクライナ スイートルーム

 ドミトリーの会談相手は、彼の人脈から得た情報の詳細を話していた。それはドミトリーがこれまで得た情報を裏付けるのに十分なものであった。

「やはり間を取り持っているのは白守信(パイ・ショウシン)将軍に間違いないということかな?」

「えぇ。彼はかつての我が祖国の軍部と強い繋がりがあり、内戦時には多大な支援をしておりました。今の中国軍軍部で高麗軍部と繋がりがあり、かつ間を取り持つことができる人間となると彼だけでしょう」

 ドミトリーは自分のオフィスで読んだSVRの白将軍に対する評価を思い出した。いわゆる上海派と呼ばれる派閥に属する将軍の1人で、北京政府とは距離を取っていた。今の地位は第23集団軍司令官で祖国ロシアとの国境を守っている。南方で内戦が繰り広げられている中国の現状を鑑みれば、あまり重要な地位であるとは言えない。飼い殺されているようである。高麗との仲介役をすることで自らの立場の向上を狙っているのであろうか。

「なるほど。おかげさまで裏付けができました。謝礼については指定の口座に振込みをしておきます」

「その件で1つ頼みたいことがありまして。貴国がシベリアで推進中の資源開発についてですよ」

「と言いますと?」

「例えばどこの銀行から融資を受ける予定なのか、とか。採掘を担当するのはどこの企業だとか。もうだいたい決まっているんでしょう?」

 ドミトリーは相手の意図を察した。インサイダー取引をやろうとしているのだ。

「すみません。自由主義経済の建前もありますし、関係各国との関係もありましてその件については国家機密なのでそう簡単に教えるというわけには」

「大丈夫です。決して外部には漏らしません。それにちゃんと見返りはあるんですよ」

 相手の男はニンマリ笑って言った。ドミトリーは最後の一言が気になった。

「見返りと言いますと?」

「絶対に満足していただける筈です。しかし4日間限定で有効な情報ですが」

 ドミトリーは国家機密の一部を目の前の人物に対して解除する気になりつつあった。




上空

 F-15J改チームはAAM-4を撃ち尽くして帰還していた。代わりのチームが離陸中で、空に残っているF-2の編隊も残存ミサイルが数発になっていた。

「アスター2、こちらクレイモアワン。残りの目標は捕捉できるか?」

 F-2チームを先導するF-15FX、コールサイン“クレイモアワン”のレーダーは残りの巡航ミサイルを捉えていなかった。

<クレイモアワン、こちらアスター2。新たな目標は確認できない…まった。新たな目標2基を確認、瀬戸内海沿いに南下している。畜生、地形の陰に隠れた!ロストした!>

「ラジャー。アスター2、こちらクレイモアワン。目標を探してみる」

 東條は通信を終えるとF-15FXは急旋回させた。F-2の編隊もそれに続いた。

「糞!どこに居るんだ」

 後席に座ってレーダーと睨めっこをしていた多々良1尉が悪態ついた。

「落ち着け。プログラミング通りにしか動かない巡航ミサイルだ。すぐに見つかるはずさ」

 しかしF-15FXのフェイズドアレイレーダーはなかなか目標を見つけられない。そこへ他所の誰かが通信に割り込んできた。

<こちらエアロジェリーフィッシュオペレート。こちらのセンサーが目標を捉えた>

 突然の通信に東條と多々良は驚いた。

「多々良。空のクラゲエアロジェリーフィッシュなんてコード知ってるか?」

「聞いた事もない」

 それはアメリカからの贈り物に臨時で与えられたコールサインであった。




鹿屋基地 J-LENSオペレーションセンター

 鹿屋基地の一角に大きなテントがいくつも張られていた。そのなかにはコンピューターと様々な通信システムが並べられていて、その隙間を多くの人間が行き交っていた。何人か日本人の姿もあったが、ほとんどがアメリカ人のようであった。

 そして数少ない日本人の1人が、F-15FX<クレイモアワン>と繋がっている通信機の前に座っていた。

「繰り返す。クレイモアワン、こちらエアロジェリーフィッシュ。目標を捉えた。こちらはJ(ジュリエット)LリマEエコーNノベンバーSシエラのオペレーションセンターだ」

<ちょっと待て!J-LENS(ジェイ・レンズ)だって?>

 相手の驚きように通信手は顔を歪めた。

「聞いてないのか?」

<あぁ。ちっともな>

 この混乱で連絡が伝わっていなかったらしい。

「どうやら我が国の防衛体制にはまだまだ欠陥があるようだな。繰り返す。目標を捉えた。データリンクの準備が終わっていないので、口頭で座標を伝える。かまわないな?」

<エアロジェリーフィッシュ、こちらクレイモアワン。ニダーの欺瞞じゃないだろうな>

「信じろ」

 通信手はクレイモアワンから高麗軍の巡航ミサイルへの方位、距離を伝えた。そのデータは高度5000メートルに浮かぶ飛行船からもたらされていた。

 J-LENS、すなわち統合(ジョイント)陸上攻撃(ランドアタック)巡航(クルーズ)ミサイル防衛用(ディフェンス)上空配備型(エレベーテド)ネット接続(ネッテド)センサーはアメリカ軍が対巡航ミサイル防衛の要として開発した空中レーダーで、15メートル級の飛行船に各種のレーダーと赤外線センサーを備えている。飛行船は飛行機と違い長時間同じ空域に留まることができるので、この手の早期警戒システムに使うには便利なツールである。

 昨日、鹿屋基地にC-17輸送機で運ばれたJ-LENSは海岸で組み立てられ、徹夜の作業の結果として今朝早くに日向灘に配備することに成功したのである。自衛隊はアメリカからのJ-LENSの貸与によって空白のない対巡航ミサイル防衛網を完成させたのだ。




上空

「よし。ただちに目標に向かう。アフターバーナー点火!」

 東條は後席の多々良に一方的に宣言すると、アフターバーナーを点火してF-15FXを一気に加速させた。多々良は突然の急加速のGによって身構える暇もなく座席に身体を押し付けられることになったが、それに文句を言う事なく、すぐに態勢を整えてレーダーシステムと向き合った。多々良はレーダーの捜索範囲をエアロジェリーフィッシュの指示のあった方向に集中して重点的に捜査した。

 F-2編隊を後ろに率いて、くじゅう連山の山々を眼下に音速で飛ぶF-15FXは遂に目標を捉えた。

「ターゲットを確認。2発だ。射程圏内」

 多々良の報告を聞いて東條は後ろに続くF-2編隊に攻撃を指示しようとしたが、またもや通信への割り込みよって妨げられた。今度の相手は上空警戒中のE-767AWACSであった。

<高麗編隊が接近中。KF-16が4機だ>

「ちっ」

 東條は舌打ちして心の中で高麗空軍機を罵った。それからF-2編隊の指揮官に指示を出した。

「レヴィンリーダー、こちらクレイモアワン。AWACSの管制下に入り高麗空軍機を阻止してくれ。巡航ミサイルはこちらで始末する」

<ラジャー、クレイモアワン>

 F-2編隊は一斉に散開して、接近するKF-16に向かって行った。

「単機でやれる?」

 後席の多々良が指摘した。ステルスモードのF-15FXにはAAM-4を2発しか搭載できない。相手の巡航ミサイルも2基で同数であるが、ミサイルは決して完璧な兵器ではなく外す事も多々あり、できるならば予備のミサイルが欲しいところである。

「いざとなったら機関砲(ガン)で落すさ」

 多々良はその言葉がどこまで本気なのか分からなかった。

「OK。火器管制システム、対空モード」

 多々良がレーダーを操作して東條が攻撃に集中できるようにした。こうした作業分担ができるのが複座機の利点である。

「武器選択、AAM-4。ターゲットロック」

 2つの十字模様が東條の見ているヘッドマウントディスプレイ上の巡航ミサイルを示す輝点に重なった。フェイズド・アレイ・レーダーと撃ちっ放し型ミサイルを装備しているので同時に複数の目標に対して攻撃を加えることができる。

「クレイモアワン、フォックス1!フォックス1!」

 機体側面に貼りつけられたコンフォーマルタンクの兵装ベイを覆っていた蓋が開いてミサイルを取り付けられたレールを支えるアームが動き、AAM-4が機外に突き出されて外気に晒される。次の瞬間、AAM-4のロケットモーターが点火されレールから離れて目標に向かって行く。最後にまたアームが動きレールをベイ内に戻して何事もなかったかのように蓋が閉じた。

 2発のミサイルはそれぞれの目標に向かって真っ直ぐ飛んでいく。それをモニターする多々良は自然と手に力が入るのを感じた。AAM-4を示す輝点が巡航ミサイルを示す輝点にぐんぐんと近づいていく。やがて重なった。

「撃墜成功だ」

 東條は遠い空中に2つの火花が散るのが見えた。

 やがてKF-16の阻止に向かったF-2の編隊が戻ってきた。3機になっていた。

<クレイモアワン、こちらレヴィンリーダー。敵を1機撃墜した>

 指揮官がそう報告してきたが、その声は少しも嬉しそうではなかった。

ひっさびさの投稿です。

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