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7/18

未完全

言い回しにまだ納得がしていないので、改筆予定です。


ご評価お願い致します。

Twitter:@kiriitishizuka

 

 「今日はありがとう!」

 私の携帯の通知に一言、お礼の通知が表示されていた。


 結局、歐林洞でコーヒーとケーキを頂いて、そのままどこかに行くこともなく、私たちは解散した。

 涼し気であった夏の風は、いつしか人混みにまぎれた湿った埃臭い風となっていた。


 歩き別れた彼の姿を、振り向きざまに眺める。

 肩を下ろしたどこか寂しげな背中をした彼がわたしの目に映った。


 気づけば、慣れない疲れに体が固まり、自室のベッドにうつ伏せにして横たわっていた。


 私にはやはり、男の子とのデートは荷が重すぎる。

 「ありがとう!」という言葉が私の背中に重くのしかかり、返信しようと指を動かそうとするが、どうもその指さえも今は全くと言っていいほど、動かなくなっていた。


 多分、私はあの人に一目惚れをしたのだろう。


 緊張の強張りから、私は彼に心にすこし距離を置き、今日を過ごしていた。

 愛する元気はあっても、愛される可愛さを持ち合わせてはいない。


 大人になり切れない私の目には、少し潤むようにして涙がたまっていた。


 春は向かうものに訪れ、待つものには訪れることは決してない。

 だからこそ「ありがとう」という言葉は、私にとっての罰にも思えるほどに、酷く残酷な言葉として、私の心を抉っていく。


 そして少しづつ、着かれた体を小さな悪魔が引っ張る様にして、夢の中へと私は眠りに落ちていった。


 ◆


 この頃、どうも私は落ち着きがないようで、いつもソワソワとしている。

 朝の目覚めを待ちかねる何時しかの青いアサガオのように、どこかもぞがゆい、体の芯がくすぐられているような気がしていた。


 もやもやとした行き場のない感情は、何もかもを手につけなくする魔法でもあるのだろうか。

 朝食を食べてから、すぐさまベッドに横たわり、もう何時間が経ったのだろう。


 うつ伏せに倒れながらに私は、横目で窓から差し込む太陽の光をぼやけた目で見つめていた。

 きらきらと部屋の埃がダイヤモンドダストのように、光っては消えていた。


 最近、絵を描く気にもなれていない。

 どうも筆を握ると、その筆をうまく握れない。


 デートが終わったあの日、絵を描こうとしたが、水色の線を一本引いただけで、もう私にはそれ以上筆を握ることはなかった。


 白い台紙に、単一色の濃淡の無い無機質な線が一本引かれている。

 その機械的な線を見ては、徐々に指の力が抜けていった。


 ついには手の甲がだらりと太腿についたかと思うと、私はそのまま座った椅子から身動きが取れなくなってしまった。

 ぽとりと、床に落とした絵筆の乾いた音が、からんからんと部屋の静寂に鳴り響く。


 悔しさのあまり、私はたった一人、画室で涙を流していた。


 私は大人になったはずであった。

 

 最近は幼いころのわんぱくさや、学生時代の甘酸っぱさやそういう若さが瑞々しく感じる。

 誰かが「大人になるっていうのは自分が子供に戻りたいと思った時からすでに大人になっているんだよ。」といった言葉が、どうも頭からこびりついて離れない。

 

 私の憧れた大人は、小洒落た服を着て街を歩き、余裕をもって日々を過ごすような幻想を抱いていた。

 多分、中学生の頃に恋愛漫画とかドラマとかを見過ぎたせいなのだろう。


 もし、大人になるということがそういうことだとするのなら、私は一体なんなのだろうか。

 あの無邪気な童心に帰れるのならと思う反面、大人のように余裕をもって生きたいと思っている。


 まるで私は羽化を待つ蝉の蛹のようだ。


 私が好きでいたい人だからこそ、私に失望してほしいという矛盾した思いが渦巻いている。

 だが心の隅では、そんな失望をも掬い上げ、私を抱きしめてほしいという救済が欲しいと願っていた。


 私には幼い強欲が棲みついている。

 大人の殻を被った子供の私は、いつかその強欲に食われてしまって、ただの抜け殻となってしまうのが恐ろしくてたまらなかった。

 

 窓の外から、由比ガ浜のさざ波の音が聞こえる。

 私は身体をベッドから起こすと、そのさざ波の聞こえるほうへ、誘われるようにして歩いて行った。


 ◆


 今日もいつもと変わらず、由比ガ浜には点々と人がいた。


 犬を散歩するおじさん、浜辺を歩くカップル、砂の城を作る子供。

 その浜辺に、いつもは見かけない長い紫のスカートに水色のスカーフを巻いた、清楚な恰好をした白髪のおばあさんが、由比ガ浜の風景を描いていた。


 私は後ろから近づき、その絵を背後から覗き込んだ。

 その絵は透き通るような青い海と、どこまでも白く流れる雲が、柔らかいタッチで描かれている。


 私と見ている風景は変わらない。

 なのに、この気持ちは何だろうか。


 その絵は、私の穢れを全て包みこんでくれるような、優しく温かい風が流れていた。

 おばあさんが後ろに立つ私に気付いたのか、筆を止めこちらに振り向いた。


 「もう少し、近くにきてみませんか?」

 おばあさんは私に手招きをした。

 私は近くまで寄ると、その絵を間近で見せてもらった。


 海にはいくつもの違った青が重ねられ、浜辺の砂も所々で色の濃さが違う。

 浜辺で手を繋ぎながら歩くカップルが、どこか海の遠くの地平線を眺めている。


 「恋」という一時の熱情と、「愛」という永遠の恋情の間で揺れ動くぎこちない2人がそこにいた。

 遠くから見えれば繊細に欠ける、ぼんやりとした絵であっても、近くでみると、事細かに色が彩色され、カップルの絡まりあう指までもが細かく描写されていた。


 「すごい・・・」

 ぼそりと、私の口から言葉が漏れ出す。


 「そう?久しぶりにこの浜辺を描いてみたんだけどね。光栄だわ。」

 にこりとおばあさんが静かに笑う。


 「私もいつもここで描いてるんですけど・・・なかなか上手く描けなくて。」

 私が描く風景画の中に、私がいるかと問われれば、多分そこに私はいない。


 私の絵は現像された何枚もの写真の一枚のように描写されているに過ぎない。

 俯く私を心配するかのように、おばあさんは私に問いかけた。


 「あなたは、何に追われているの?」


 背中がざわりと冷たく指でなぞられたような、心の核を真に突かれた感触がした。

 何か言葉を口にしようと、口はパクパクと動こうと頑張るが、ただ息を吐きだすだけで、私は次第に黙りこくってしまった。


 「あなたは優しいのね。きっと、何事もうまくやろうと必死なのよ。」

 私の心臓の心拍がドキリと強い鼓動を打つ。


 「きっとその優しさで、全てを幸せにしようと、悩みながら生きているんだと思うわ。でもね、それを優しさとは言わないのよ。」

 私の目に、次第に潤みがかかる。


 「あなたがつくる優しくて幸せな世界に、あなたの幸せはどこにいるの?」

 私の瞳からは大粒の涙が零れていた。


 私は誰にでも優しくし続けていた。誰にでもうまいと言われる絵を描き続けてきた。

 誰かの期待に応え、誰かの幸せを精一杯に叶えてあげようと必死だった。

 いつしか、私の幸せは手の届かない隔たりの外へと飛んでいき、私は独り、膝を抱えて暗闇の中に蹲っていた。


 「人はね、完全ではないのよ。パーツの欠けたパズルのように、未完全なままなのよ。だけど無理やりパーツを千切って、形を変えて、無理やりに空白を埋めようとするの。なんでかわかる?」

 私は首を横に振る。


 「怖いのよ。自分を見せてしまうのが。誰かに否定されてしまうのではないかと、完全でいようとするの。完全でいようとするあまり、自分をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に丸めて放り捨てて、誰かに合わせようと必死なのよ。」


 私の絵もそうなのかもしれない。


 昔の私は、自分が描きたい絵を自由に描いていたはずだった。

 下手くそだったけれども、自分の世界が目に見える形で描かれるのが楽しくも思えた。

 いつからだろう、誰かが望む絵ばかりを描き始めてきたのは。


 「いいのよ、人は未完全で。だけどね、もし幸せを求めるのなら、まずは自分を幸せにしてあげなさい。完全な優しさなんてないのだから、もっと気楽に生きることが人生を楽しく生きるコツよ。」

 おばあさんが笑顔をわたしに向けると、また絵に筆を入れ始めた。


 この世界に程よいバランスなどないのだ。

 不均等なバランスの中で、完全を求めようと底のない海中を藻掻く自分の苦しさを包み込まれたようながした。


 少し、自分に素直になっていいのかもしれない。

 私はありがとうございますと頭を下げ、すぐさまに家へと走り帰った。


 今すぐに描きたい絵があると、自分が心から描きたいと求める絵がパッと思い浮かぶ。

 家の玄関にスニーカーを脱ぎ捨てて、どんどんと階段を勢いよくかけ上っていてく。


 私は、急いで画室に戻ると、無我夢中で筆を握り、緑の線を一本丁寧に描いていくのだった。


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