竹の箱庭
竹林風景と出会いを描きました。
ご評価お願いいたします。
Twitter:@kiriitishizuka
鶴岡八幡宮の参拝を終え、再び自転車をこぎ始める。
国道204号線の道を辿りながら、私はふんふんと鼻歌交じりに、自転車で風を切っていた。
鎌倉駅から自転車で報国寺入り口まで向かい、そこから右に折れ緩やかな坂を上った約15分弱の距離にある。
報国寺に到着をし、駐輪場に自転車を置くと、自転車をこぎ続けた疲れからか、ゆっくりとした足取りでお寺に向かった。
報国寺の山門は薬医門と呼ばれる建築様式で2007年に再建され、そこには真新しい芸術美が輝いている。
木々に囲まれた中に聳え立つそれは美しくもどこか重厚な面持ちで、私をいまからどこか遠い異国へと誘ってくれるような気がして、どこか惹かれるように門の中へと足を進めた。
境内の順路を少しばかり歩くと、左手には美しい枯山水が広がり、少し先には、古めかしい少し苔の生えた茅葺屋根の鐘楼が現れる。
所々に目をやると、石塔や地蔵には苔が鬱蒼と生え、その趣は時の流れの絵画そのものに思えた。
受付で拝観料の支払いを済ませ、竹林にへと足を踏み入れた。
笹の葉がざわめく音が天空から降り注ぎ、上を見上げれば緑に彩られた自然光が幻想的な空を映し出している。
先が見えなくなるほどに竹林が生えるその箱庭を、私はゆっくりと歩いていく。
竹林から吹くどこか涼しげな風が私の黒髪を揺らし、ふわりふわりと私を軽く風船のように、どこか遠く遠くへと飛ばしてくれるような気さえしている。
上を向きながら笹の葉の揺らめきに目を奪われながら、道に背中を向け後ろ向きに歩いていると、ドンという誰かの背中にぶつかる感触がした。
「あっ・・・ごめんなさい!」
反射的にぶつかった人へ頭を下げ、謝罪をする。
「大丈夫ですよ。怪我無いですか?」
私が頭を上げると、少し焼けた肌に黒髪で短髪の青年がそこに立っていた。
180センチはあるだろうかという長身に、端正な顔立ちをした青年は私の焦っている顔を見て、少し笑っていた。
「怪我はないです!すいません!」
もう一度頭を下げると、私はそそくさと恥ずかしさを隠すようにしてその場を離れた。
少し歩いてその場を離れ、もう一度ぶつかったさっきの青年のほうを振り向いた。
灰色のスラックスに、アッシュグリーンのゆったりとしたニット姿でさきほどの場所に立っており、上を見上げながらどこか遠い目をしていた。
私の心が揺れ動く。
竹の箱庭に立ち尽くす彼が、まるで一枚の絵のような芸術的な美しさに見とれたのか、それとも私には近寄りがたい遠ざけてしまうような彼の佇まいに強い執着を覚えてしまったのか、それともその両方か。
何かに惹かれるようにして、私は遠くで彼を見つめた。
はっと私は何かに遮られるかのように、いけないという思いから彼を見つめるのをやめ、報国寺本堂の裏手にある枯山水の庭園へと歩き出した。
美しく砂利が敷かれ、緑が生い茂る枯山水の庭園が私の前に現れる。
私の心の水面に生まれた波は徐々に静まり、やがて先ほどのドギマギとした恥じらいは霧散していった。
私は庭園の見える近くのベンチに腰を下ろすと、ショルダーバッグからスケッチブックを引っ張り出し、文房具入れの中からHBの削れた硬筆を取り出すと、風景のクロッキーを始めた。
大まかな構図を描き、細部に細かな線と影を描いていく。
白と黒しかない紙の上の陰影は、まるで色が映りだしているかのような彩がそこには咲いていた。
ふと、スケッチの用紙に人の影が映りこむ。
わっと、私が驚き振り向くと先ほどの青年がこちらの絵を覗き込んでいた。
「すごく、上手ですね。」
あわあわと慌てる私の横に、何食わぬ顔で彼が座った。
「そ、そ、そんなことないです・・・。」
私はあまりにも急な接近に心拍数があがり、描いていた鉛筆の手がブレはじめたのがわかると、私はその描く手を止めた。
「よく、ここにはこられるんですか?」
「いえ・・・。今日はふとここに来たいと思ったんです。」
「そういうこと、ありますよね。僕も今日ここにきたいとふと思ったんですよ。」
彼が眩しい笑顔をこちらへ向けてくる。
一人、絵と向き合い続けてきた25歳にもなる私にとって、未だ未知のものというか、触れてはいけないものという思い込みが強く、ずっと遠ざけてきた人生だった。
こういう時、なんて話せばいいんだろうか。
色々なワードが頭の中で泡のように浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
動き方を忘れてしまった人形のように、私の口はそう簡単に上手く動いてはくれなかった。
「枯山水、綺麗ですね。」
ふと、彼が庭園を見ながら呟いた。
私はふうっと鼻で聞こえない深呼吸をし、肩の強張りをほぐしていく。
「いいですよね。すごく美しいというか、日常のしがらみを忘れさせてくれるんですよね。」
ほっとした口調で、彼に心情を呟く。
「僕も、何がどう凄いとかどう美しいとかそういうのはわからないんですけど、見ているだけで癒されるというか、どこか遠くへ自分の心を飛ばせるというか、ごめんなさい、よくわからないこといってますね僕。」
頭を掻きながら彼は恥じらいを見せた。
こんな青年にも、こうやって同じようなことを考える人がいるんだと、私は少し安堵した。
「わかりますよ。私もどこかこの風景に、自分の悩みとか鬱憤を投げ入れているような気がしてますから。そうでもって、いつも自分で解決して救われているような気になっているんですけどね。」
私も彼に笑顔を見せた。
彼は少し安心したのか、屈託な笑顔で笑い返してくれた。
「まだ僕ここに引っ越してきたばかりなんです。よかったらお名前を教えてくれませんか?」
恥ずかしそうに彼が私に聞いた。
「私は千歳夏帆って言います。由比ガ浜の近くに住んでいて、地元がここなんです。」
彼は少し驚いた顔をした後に、私の手をふいに握った。
ビクンと私は驚きのあまり震えたが、どこか嫌じゃないぬくもりにその手を振りほどくことはなかった。
「よかったら今度、鎌倉を案内してください!」
面と向かって彼が私にお願いをした。
その勢いに負け、私はうんと頷き、返事を返した。
彼はありがとうというと、腕時計をちらりと見た。
「もうこんな時間だ、そろそろいかなくちゃ」
「行く前に、あなたの名前を教えて。」
私は立ち上がる彼を呼び止めた。
「僕は、三澄海斗。よろしくね!」
そう言い残すと、一枚の小さなメモ用紙を彼は私に渡し、そのまま走り去るようにして、その場から消えていった。
4月の陽気な風が私を包み込んでは消えていく。
私にはどこか遠くで、運命の音が聞こえたかのようにも思えた。