その始まりは負け脱出イベントから
『どうかこの世界を救ってください。
あなたが最後の希望なのです……』
なにか女性の声のようなものが聞こえた。
「艦長?……艦長! 起きてください!」
そしてまた別の女性の声に俺は意識を取り戻した。
ここはいったいどこだ?
俺は何をしていた?
「もう、哨戒任務だからといっても、艦長席で居眠りなんて気を抜きすぎですよ」
俺を起こしたのは女性オペレーターの美月茜君か。
あれ? 軍艦に女性オペレーター? なんかおかしい気がするがとりあえずはおいておこうか。
「あ、ああ、済まない。
どうやら寝落ちしていたようだな」
あたりを見渡せばここは……駆逐艦の艦橋で俺が座ってるシートは船の艦長の座る椅子だ。
「本当に艦長なんですからしっかりしてくださいね」
そして、広げられた海図は樺太付近、見慣れた計器類に加えてどんよりとした海原の姿が目に入ってきた。
あれ、この光景は見覚えがあるぞ。
ここは大日本帝国海軍の駆逐艦である睦月の艦橋の中だよな。
しかも海戦アクションMMOオンラインゲームの『バトルシップコマンダーオンライン』の初期艦艇のさ。
バトルシップコマンダーオンラインはちょっと風変わりなSF系といっていいのかな? のバトル系オンラインMMOゲームで、プレイヤーは第二次世界大戦ごろの軍艦の艦長となって、独裁国家などからの侵略から自国を守り、主に戦闘ミッションを達成したりして功績を上げれば、駆逐艦から巡洋艦、戦艦、空母、航空戦艦などへの乗り換えが可能で、装備の開発や強化パーツの開発などもできて、それらを組み合わせて割と自由に艦船の設計ができるという面白いゲームだ。
一応艦長の能力値には統率、運営、情報、機動、攻撃、回避、陸戦、空戦などがあって、個別に砲撃、雷撃、戦闘機、攻撃機などのスキルの補正でも強くはなったりするが、その能力やスキルだけで船の性能差を覆すのはそうとう難しい。
だから駆逐艦で巡洋艦と戦ったり、巡洋艦で戦艦と戦うのはめちゃくちゃ大変。
まあ開発できる船の種類や装備、エンジン動力などがどう考えても太平洋戦争前のレベルじゃないバカゲーでもあるし、装備の状況によっては駆逐艦で戦艦を撃沈したりもできるけど。
で、なんだかんだで結構はまり込んでいたゲームでもあってひたすらやりこんでで課金もしたんだが、開発できる武装やパーツなんかのコンプリートや能力やスキルアップにはめちゃくちゃ時間がかかった。
それはいいんだがVRゲームでもないゲームの中に入り込むというのはいったいどういうことだろう?
それに、俺に話しかけている美月君には”あれ”は見えていないんだろうか。
彼女の頭上に光るゲームのコンソール画面のようなウィンドウが空中に浮いているんだが……。
それがいきなり光るとメッセージが表示された
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【ミッション】ランクF
目標:戦闘海域の南方方面へ離脱せよ
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そして女性オペレーターの美月君の声が響き渡る。
「か、艦長、ソビエト帝国の水雷戦隊が正面に!」
スクリーンマップに光点が移るとともに実際の海上にも敵艦隊の艦船がわらわら現れたのがはっきり見えた。
「あちらは巡洋艦一隻に駆逐艦16隻、こっちは哨戒任務中の駆逐艦一隻。
降伏したらよくてシベリアで強制労働か銃殺されるかだろうな。
反転しながら最大速度で本国方面へ逃げるぞ!
面舵いっぱい」
俺がそのように指示すると美月くんが復唱して館内に伝達を開始した。
「りょ、了解です!
面舵いっぱい!」
大正15年(1926年)3月に竣工した武装が旧式な睦月でソビエト帝国海軍の巡洋艦一隻とですら渡り合えるとは思えないのに駆逐艦も16隻もいるのだからなぁ……。
幸いなことに睦月の速度はそこまで遅いわけではないのと、どうやら艦長として俺の能力やスキルが高いらしいのが不幸中の幸いだがな。
敵の艦砲から放たれる砲弾が海面にばらばらと着水する中を、全速力で旋回し回避行動をとりながら逃げまどうさまは敵から見れば無様だろうが今はどうしようもない。
どうにか敵水雷戦隊の追撃を振り切って南方の海上へ逃げ延びた。
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【ミッション】ランクF クリア
目標:戦闘海域の南方方面へ離脱せよ
目標を達成しました。
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どうやら何とかなったが、この手のゲームのイベントは最初は国土の9割がたを奪われたりする設定なんだよなぁ……。
となるとやっぱり日本本土防衛は難しいか?