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Re:真っすぐなヒトミ   作者: えりお
空気部「ワープロ部」
2/2

謎の新入部員、現る。

翌日。煩わしくて仕方がなかった課題テストもようやく終了し、ようやく日常が戻ってきた。しかし、心の底のいつまでも重くのしかかり続けている目の上のたんこぶ状態となった部活の問題が幾度となく脳内をちらつき続けて憂鬱な俺だった。しかし…今はもういいや。


「飯だ飯」


テストが終わったことによる解放感を喜びながら俺は昼食のパンを買うべく購買へと向かおうとしていた。



「おい!」


階段踊り場あたりで、すっかり平和ボケした俺を後ろから呼び止めたのは、雄輔だった。


「ん?なんだなんだ」


走ってきたのか、少し息が荒い。なんだか慌てているようだが…なんかあったっけ。



「なんだなんだ、じゃないだろ。今日の午後ってたしか新入部員に部活紹介をする集会があるんじゃなかったか?部長は職員室に集まれって朝担任が言ってただろ。お前呑気に飯なんて買いに行ってる場合か?」


ぼーっと今朝の朝礼の内容を思い出す。



ああ…そういえば朝そんなことを言ってたような気がする。

しかし、なんで俺じゃなくて雄輔が覚えているんだ。驚くほどの部活に対する関心の無さに自分が悲しくなるな。



「それに関しては大丈夫だよ、雄輔は気にするな」

「どういうこった?」


その答えはすごく単純だ。


「俺はその集会に参加するように声がかかってないからな」



なんとも冗談めいたことではあるのだが、これは事実だった。俺たちが一年生の時、部活紹介集会に参加し各部活動の部長の先輩たちが熱を入れて自らの所属する部活動の活動内容とその魅力を語っていたのは今でも覚えているし、その時は我がワープロ部の元部長も他の部の部長たちに交じって部活紹介のスピーチをしていたことも覚えている。


去年のワープロ部はちゃんとそれなりの人数がいたし、活動内容がアレだったとはいえまだ部としてはきちんと存在していたし直近に実績もあった。そのアピールに説得力が全くなかったわけではなく、むしろ宣伝材料としてはなかなか効果の見込めるものだった。まあそれに関してはすぐにボロが出てしまったんだが。


「声がかかってないなんてことあるかよ、お前も部長だろ?」


雄輔がそう言って口をとがらせる。


「もう部員も俺しかいない、忘れられてるような部活は部活紹介なんてやる資格ないってことさ」


俺は雄輔に自嘲気味に言った。

声がかかってないのに新入生の集会場に殴りこんだところで、新入生もその担任教師たちも苦笑するだけだろうしな。


「そんなこと言ってもなぁ…亮、お前新入部員に入ってほしくないのか?」

「んー……そうだな」


新入部員、か。

あまりにも一人でいることが当たり前になりすぎて自分以外に誰かがあそこにいる状況なんてまるで考えもしなかった。


「誰か入ってきたらなんか変わるのかな」

「それは俺に聞かれたってわからんよ。亮次第だろ」


そうか、新入部員か。

そうだよな。いつまでもあの商業棟二階の一室が俺一人だけの空間とは限らない。

一年生が入学してきたということは、もちろんその一年生たちは自分が三年間を賭けるにふさわしい部活を探して回るということで、仮に全くワープロ部の存在を知らなかったとしても、違う意味で有名になってしまった我が部の悪評はどこかで耳にする機会があるかもしれない。


…でもまぁ、誰も来ないだろ、あんな部。

部活紹介の集会へ出るようにとの声もかかってないし、今更自発的に参加したいなんて言っても多分許可が出ないだろうし。それに多分、俺もそこまで新入部員がほしいって意識もないんだろう。


「例えば雄輔が新入生だったとして、今のあの部の状況を説明されたところで入部したいとは思わないだろ?」


後から追いついてきた雄輔と、結局肩を並べて二人で購買へと向かうその道中に、俺は自分でするのもあほらしくなるくらいのたとえ話をした。


「はっきり言いきってしまうのは少し申し訳ないがあそこに入部したいとはちょっと思えないな…」


雄輔はなんともバツが悪そうに言った。

実際誰に聞いたって同じような答えが返ってくるであろうことは考えるまでもないことなのだ。


「だろ?だからいいのさ、慌てる必要はない。来る可能性なんて皆無に等しい新入生に、あんな部のどうしようもないところを説明なんてしたって逆効果なのさ。去年いた先輩たちのように成果をでっち上げたところですぐにボロが出るし、嘘までついて勧誘なんてしたら間違って入ってきた子に申し訳ないもんな」


だから、これでいいんだ。

あそこは今後も俺の根城のままだ。卒業するまでか、もしくは愛想をつかして俺があの部屋から逃げ出すまでのどちらかだな。



と、こんなどうしようもない会話をしてしまった俺は、そのまま部活動紹介の集会には参加せずにいつも通りに五限と六限を過ごした。

先輩たちが八月に引退してからというもの、俺はずっとあそこで一人で練習だけはしてきたんだ。それなりに技術は得たしもっと上達したいとも思っているが、それ以上はない。


新しい後輩なんて仮にできたとしても、あんなところに

教えられそうなことなんてありそうもないし、そもそも何かを教えるという段階にたどり着く前に新入生のほうから呆れ果てられて飛び出していきそうだしな。


あと、個人的に知りもしない年下の後輩と行動を共にする様子なんて全く想像もできないし、俺はいい先輩になどなれそうもない。





それからも当たり障りもなくいつものようにやかましい帰りにホームルームが終了し、放課となった。


「さて、そんじゃ行くかな」

「毎度のことながらお疲れ様だな、亮」

「もう慣れっこさ、じゃあまた明日な、雄輔」


俺は手をひらひらと振りながら教室を出た。



さて、普段はこのまま部室へと直行するのだが。

この日の俺は何やら魔がさしていたのだろうか、普段部室へ行くのには必要ない三階へと伸びる階段へと足を踏み込んでいた。


部活紹介を受けた後の一年生、新入生たちがどんな様子でいるのかをなんとな~く見て見たくなってしまったのだ。

去年の俺はワープロ部の説明を聞いた後にたいそう胸をときめかせたのを今でも覚えているし、なんならその足でその日の放課後に部活動見学に行ったくらいだったからな。


少し長めの階段を登り終えると、一年生たちの教室が並ぶ三階に到着した。

一年生の教室内はもうすでにまばらになっていて、残っている生徒はほとんどいない。

この学校はスポーツ推薦入学も可能な制度を敷いていて、工業科所属の男子たちは入学した段階で特定の運動部に入部を決定しているやつも多いだろうしな。


1組、2組、3組を通り過ぎると商業科。商業科の教室内はわりとまだにぎやかで、四方から新入生たちのがやがやと騒ぐ声が聞こえてくる。



「ねえねえ部活何する?」

「うちね~、書道部入ろうかなと思ってる」

「私も中学の時書道やってたから一緒に入らない?」

「そうしよっか!」


ああ、なんとも希望に満ちた会話だな。去年の俺に聞かせてやりたいぜ。

確かうちの学校の書道部の顧問はどこどこ流の師範代がうんぬんかんぬんって人だったはずだから、あそこに入れば有意義な三年間ばもう約束されているも同然だろう。



それからも、いろんなところからあそこの部が、どこどこ部が、という会話が聞こえてきたが、幸か不幸かワープロ部の話題を耳にすることは一度もなかった。

部活紹介に参加してない以上、その存在を認知されているのかどうかすら怪しいような部が、ここで入部候補に挙がったりなんてするわけがないんだけどな。


まあ、わかってはいたことなんだがなんとなく寂しいような気もしないでもない…。


(俺は一体こんなとこで何してるんだ)


商業科のクラスも通り過ぎたあたりでようやく現実に帰った俺は、大き目なため息を一つついた。

もしかしたらワープロ部の入部希望者が…とほんのわずかな可能性に期待していたのかもしれない。さっきは雄輔に新入部員なんてめんどくさいからいらんなんて話をしたばかりなのに、やはり心のどこかでは誰か入ったりするのも悪くないなーなんて都合のいいことを考えてしまっている自分に気がついてしまった。


なんとまあ自分勝手な発想なんだ。

そろそろ現実へと立ち返るべきだな。


俺は肩からずり落ちかけたリュックを深く持ち直し、歩いた先にある階段から二階へと戻ろうとした。



その時だった。

完全に意識の外から、今までの人生で一度も聞いたこともない声が聞こえてきたのだ。



「すいません、ワープロ部の部長さんですか?」




「へ?」



どこから声がしたのかわからなくて一瞬挙動不審になってしまったが、その声の主の正体はすぐにわかった。


俺が今歩いてきた廊下側…すなわち俺の背後に一人の女子生徒が立っていたのだ。


「突然声をかけてしまい申し訳ございません、びっくりさせてしまいましたか?」



彼女は小さく首をかしげると、俺の顔を覗き込むように言った。


肩にかかるかかからないかくらいの長さの髪に、大きい目。

黒い縁の眼鏡をしていて、身長は俺よりも一回り小さい。

若干だぼだぼの制服姿でそこに立っている女の子は……新入生の子だった。


俺はその初対面となる大きい目にじっと見つめられていた。



……って、なんなんだこの状況?

俺は自分が置かれたこの状況がいまいちのみこめずにその場に立ち尽くしてしまった。

わけのわからない静寂に包まれてしまい、さてどう返事をしたものかとぼーっと考えようとしたあたりで、


「あれ?すいません、人違いでしたでしょうか…ワープロ部の部長さんではないですか?」


女の子は少し不安そうな顔でもう一度問いかけてきた。

いかんいかん、俺は何をしているんだ。ちゃんと応えないとこれじゃただの挙動不審な男じゃないか。


「いや、合ってるよ。俺はワープロ部の部長で間違いない」


俺がそう答えると、その子はぱあっと明るい顔になり、嬉しそうな様子で


「ああ、よかった!人違いじゃなくてよかったです」


本当に嬉しそうな声でそう言った。


…まさかとは思うがこれってもしかして。






「先輩、私ワープロ部の見学に行きたいんですけど、今日は活動されていますか?」


やっぱりか。あんな部に興味を持つ子が本当にいるとは…。

後輩なんていなくてもいい、でもちょっといてほしいみたいな中途半端な考えでいた俺だったが、どうしよう…実際にそんなことを言われたら頭が真っ白になってしまった。正しいことを教えたほうがいいのだろうか。


俺がぼーっと余計なことを考えている間も、彼女はずっときらきらした目で俺を凝視しているもんだからなんとも言えない気持ちになるし、目のやり場に困る。


というか、俺は今日部活紹介に参加してないのに、この子はどうして俺がワープロ部の部長であることを知ってるんだ?

俺はこの子とは初対面だから、この子が俺のことを知っているなんてこともないと思うし……って



って、そんな推察は今しなくてもいいな。

彼女が置いてけぼりになってしまっている。


「うん、してるよ。見学していく?」

「はい!お願いします!」


恐らくこの子は友達のお兄ちゃんだかお姉ちゃんだかになんとなく話を聞いて、それでワープロ部に興味を持っているのかもしれんな。人づてに俺の情報を得たって線が一番太そうだ。


そしてせいぜいがっかりしてくれ。あの部屋には胸を張って見せられるものなんて何一つありゃしないんだ。



とはいえ。

入部希望者など来るわけがないとは思っていたが、完全に準備ゼロではまずいと思っていた俺は、前もって必要最低限の心構えと準備はしていた。

なので見学自体はおそらく滞りなく進むとは思う。


まあ、あそこの現状を全て知ってしまった後にそれでも入部したいなんてこの子が言った時にはちょっとめんどくさくなってくるが…なに、そんな心配はしなくたっていい。

あんな部屋で、今日初めて会った俺とずっと一緒に二人きりで部活なんてしたいと思うやつなんて絶対いないだろうからな。


「じゃあ部室行くからついてきて」

「わかりました!お願いします!」


それにしても、なんて明るい子なんだ。

俺の知っている女子っていうのはもっとこうケバケバしくて、俺のような年中パソコンに

かじりついてカタカタ音を出してるような人種は積極的に貶してくるような存在なんだけどな。


「先輩っ」


階段を降りきって部室までの廊下を歩いていると、それまで俺の後ろを歩いていた彼女が突然俺の真横にろくろ首みたいにぬっと顔を覗かせてきた。


「うわっびっくりした、なんだ突然」


遊園地のお化け屋敷じゃないんだから、話しかける時は一声かけてほしかった。

ちゃんとびっくりした俺はわりとオーバーなリアクションを取ってしまった。


というか、女子とまともに会話した記憶なんて下手したらもう一年以上もないかもしれない。そのことを思い出した俺は、余計なことを意識してしまってどうにもどぎまぎしてしまっていた。


「あ、すいません驚かせちゃって…私のためにわざわざ時間をとってくださることにお礼を言っていなかったものですから」


いきなり何を言い出すのかと思ったらそんなことか。


「そんなこと気にしなくてもいいよ。この時期はどこでもやってることだしな」


まさか俺もやることになるなんて毛ほどにも思ってなかったけどな。




歩くこと数分。

遠回りになった上に謎の新入生が同伴することになってしまったが、ワープロ部室へと到着した。


「よっ、と。段差あるから気を付けて」

「はい!」


開けるたびに建て付けが悪くなっているように感じるドアを左へ引っ張り、彼女を中へと案内した。

俺はそのまま定位置へと移動し、いつものように鞄を置いて椅子に腰を下ろすと、パソコンの電源を入れた。

静寂に包まれていた空間に、パソコンの排気音が響き始める。


彼女はずっとその間目をキラキラと輝かせながら俺の様子をじっと眺めていた。

ああ、まったくやりにくいったらない…。


さてと、勢いで部室に連れてきてしまったが、ここから先何をするかまでは全く考えていなかった。

部活動見学ってことだし、普段の練習の様子なんかを実演して見せればいいんだろうか。


「とりあえずこっち座っていいよ。荷物はそのへんに置いてくれ」

「わかりました!じゃあ失礼しますね、先輩」


彼女はそう言うと、ちょうど俺の机の反対側に鞄を置き、俺の横の席に座った。


二人で一つのモニターを眺めるという状況。

いかん、初対面なのに相手が女子ってだけで気を張ってしまうな。

俺は年上で先輩なんだからもうちょっと堂々としていればいいんだろうが、どうにもそれは俺には難易度が高そうだ。へんなやつだと思われたくないし出来る限り普通にしてないと…。


「先輩、そういえば私、先輩に自己紹介してませんでした」


パソコンの起動画面をじーっと見つめていると、彼女はそんなことを言いだした。


「そういえばそうだったな。じゃあ名前教えてもらっていい?」


俺がそう答えると、彼女はすっと椅子から立ち上がった。


「一年四組、商業科の上永かみなが ひとみと申します!よろしくお願いします!……えっと」


彼女は上永さんと言うらしい。

間違いなく初めて聞く名前だ。もしかして留年生か?などと根拠もなく考えてしまった自分が情けなくなった。


「上永さんね、わかった。俺の二年二組の工業科で、名前は山崎亮。よろしくな」


彼女の自己紹介に応えるように、俺は自分のクラスと名前を彼女に告げる。


「………山崎、亮先輩。山崎先輩ですね!覚えました!絶対忘れませんからね!」


俺が名前を伝えると、何故か上永さんは俺の名前を噛みしめるように復唱すると、またもや目をキラキラと輝かせながら俺に言った。


ただ名前を言っただけなのにオーバーな子だ…まあでも、明るくて元気なのはいいことだ。


「まあ俺の名前はなんとなく記憶のすみにでも置いといてくれたらいいから」

「はい…はい!」


部室にやってきた上永さんという子は…最近まで中学生をしていた子だからか、無邪気さというか、あどけなさのようなものをそこらじゅうから感じる子だった。

でも、俺が普段同級生の女子から感じているむき出しの敵意っぽいものは全然感じないし、それだったら俺もある程度やりやすい。


さてと、それじゃ始めるか。

何をどう説明したらいいか俺にもよくわからんが、とりあえず基礎的な説明だけしていればなんとなくはわかってもらえるだろう。


「さて、それじゃあ基礎的な説明からしようか。まずワープロ部が何をする部活動なのかについて」


「お、お願いします!」


上永さんは椅子に座りなおすと、背筋をビシッと伸ばして両手を膝の上に置いた。

いちいちオーバーリアクションで、見ていてちょっとおもしろい。


「ワープロ部は…タイピングの技術を身に着けて、その速度と正確性を競う競技に参加することを目的とした部活だ」


「タイピング…このキーボードを使って文字を打つことですね」

「その通り」

「先輩はどれくらいキーボードが打てるんですか?その、ブラインドタッチでしたっけ、それってできます?」


上永さんは期待のまなざしを俺に向けて来た。

こんだけ上永さんのほうから視線を俺に向けてくるんなら、俺もそんなに緊張しなくていいかもしれんな。敵意がないってことだし。


うん、だんだん気持ちが落ち着いてきたな…初対面なのに不思議な子だ。




「もちろんできるぞ、じゃあ試しに何か打ってみようか」


俺はデスクトップ画面に用意されたワードのショートカットをダブルクリックし起動し、一番上の行に「私は月が平商工高等学校の二年二組の山崎亮です」と入力した。

身に着けた技術をこうして新入生に披露するのはわりと悪い気はしないもんだ。


「こんな感じだな」


そう言って上永さんのほうを見ると……あれ?


上永さんは大きな目をぱちぱちさせながら、キーボードの上に置かれた俺の手元と、パソコンの画面を交互に見比べているようだった。


(やべ、いくらなんでもいきなり調子乗っちまったか)


タッチタイピングの技術は見栄えはすごくいいもの(だと個人的には思っている)だが、見る人によってはドン引きされる材料ともなりうることは、我がクラスのパソコンの授業で証明済みなのだ。


現にうちのクラスの数人しかいない女子が俺のタイピングを目にした時には「うわ~オタクキッモ」などと、まるで汚物を見るかのような目で見られて散々好き勝手言われたものだ…いかん、すっかり勢いでやってしまったが、上永さんも女子だし根っこのところはうちのクラスのやつと…


「す、すごーい!!先輩、めっちゃかっこいいじゃないですか!!もう一回、もう一回見せてください」


どうやら違うらしい。


「お、おう。ぜんぜんいいぞ。じゃあもう一回」


俺はもう一度、今度はさっきより少し長めの文章を下の行へ入力した。

その間上永さんはずっと俺の手元を凝視しているようだった。


「うそ、ほんとに?すご…先輩ってほんとに人間ですか?実は宇宙人だったりしません?」


なんだかあらぬことを言いだしたぞ、なんでそうなる!?


「これで俺が宇宙人だったらそこらじゅう宇宙人まみれになっちまうぞ」

「ぷっ……あははは!そうですね!すいません、へんなこと言っちゃって。先輩、もっと見せてください」

「ああ、こんなもんでよければ」


上永さんはけらけらと笑うと、再び俺の手元へと視線を戻した。

もう俺はすっかり緊張もなくなり、まるでずっと昔から知り合いだったかのように上永さんと接することができた。



さて。

何が彼女の琴線にそこまで触れたのかは不明だが、彼女からの第一印象はそれになりによかったようで、それから上永さんは部活が終わる時間までワープロ部の部室に滞在し、俺に質問攻めを続けていた。



そして、もうすぐ部室を出なければならない時間が迫ったあたりで、


「先輩、ほかに部員さんは誰もいなんですか?他の人が誰も来ていませんが…」


やっぱり気がつくよな。うん。

仕方ない。ここまでワープロ部に魅力を感じてしまっている上永さんには申し訳ないが、やはり真実は伝えておかねばならない。


もしも今何も伝えずに上永さんが入部したと仮定して、入部してから知らされて「えー!なんで最初に言っておいてくれなかったんですか!!」なんて言われちゃ俺は今後上永さんとどんな顔をして会えばいいのかわからなくなってしまうからな。



「上永さんは、ワープロ部を見てどう思った?」

「え?どういうことですか?どうって……」


上永さんは俺の問いかけの意味がわかっていないのか、小さく首をかしげた。

しまった、言い方が悪かったな。


「聞き方が悪かったな。じゃあ……ワープロ部に入りたいと思ったか?」


俺はど直球に彼女にそう問いかけた。

まあ、彼女の答えは別に聞かなくてもなんとなくわかりそうだが。


「はい!もちろん思いました!私も先輩みたいにかっこよく打てるようになりたい」

「はは、そりゃ嬉しいな」


上永さんは俺のワープロ部の説明を興味津々に聞いてくれていたし、実演してみせたらまるで小さな子供みたいにはしゃいでいた。ここまで積極的にしていたら俺にだってさすがにわかる。



「……上永さん、もし上永さんが本当に入部したいんだとしたら、上永さんにはワープロ部の現状を知っておいてもらう必要がある。ちょっとだけ話してもいいか?」


「え?……は、はい、わかりました」


真面目な話であることを悟ったのか、上永さんは椅子に深く座ると、先程と同様に背筋を伸ばして両手を膝の上に置いた。





「上永さんはさっき、他の部員が誰も来ていないって言ったが、このワープロ部には俺以外に誰も部員がいないんだ」


「え?……そうだったんですか」


俺がそう告げると、上永さんは今日会話した中で一度も見せなかった戸惑いの表情を見せた。そりゃそうだろう。自分が興味をひかれた部活にじつは部員が一人しかいないなんて知ったら驚くに決まっている。


「去年俺が入部した時は俺の二つ上…俺が一年生の時に三年生の先輩が何人かはいたんだが、その先輩が全員引退してからワープロ部はずーっと俺一人しか部員がいない。


その結果、生徒からも先生からもワープロ部のことは忘れられちまって、今じゃもう空気部なんて言われるようになってしまった」


俺の先輩たちよりも前にいた、「先輩の先輩」たちは大会で入賞したりと評価されるに値する成果をいくつも上げていたようだったが、俺の代のあの先輩たちのだらしなさを見るに、先輩の先輩たちが引退してからは恐らくなんの一つも成果を上げていないに等しいはずだ。


過去の栄光に縋りついているだけで自分たちも同様の成果をあげられると思ったら大間違いだ。そして実際に俺の先輩たちは練習も活動もしなかった結果今に至るので、このワープロ部ではもう二年以上も胸を張れるような結果を残していないことになる。


これじゃ空気部なんて言われたって無理もない。


「だから……すごく興味を持ってくれていることは俺はすごく嬉しいんだけど、この部には正直いって全く将来性がないんだ。ここに入部して上永さんが楽しくやっていけるって約束はできないし、ここでの活動が有意義なものになる保証もできない。三年間ここで過ごしたけど、何の成果も出なくてつまらん部活だったな~って思われないか心配なんだ」


上永さんは俺のこのどうしようもないくらいにすっとぼけただらしない説明を、神妙な顔つきで聞いてくれていた。

その表情は明らかに先ほどまでの明るくて快活そうな笑顔とは程遠いものだった。

いったいこの子は今、どんな気持ちで俺の説明を聞いているのだろうか。

ごめんな上永さん、初対面の先輩がこんな話をしちまって。


「俺個人の意見としては、こんな変な部活に入部するくらいなら、もっとじっくり他の部を見学して回って…もっと人数が多くて活気があって、大勢で力を合わせて頑張れるような部活に入部してもらったほうがきっと上永さんのためになると思うんだ」


正直、こんなところに入部したら三年間を棒に振っちまうのと同じだと思う。

上永さんだってこの月が平に入学する時に、あんなことをしてみたい、こんなことに挑戦してみたいと色々考えて来たはずだ。それがこんなところに入部しちまったら、きっと……



「せ、先輩は…私がワープロ部に入部したら、迷惑だと思いますか?」


え?


上永さんは俺の話を遮ると、突然そんなことを言いだした。

いかん、一方的に話しすぎてしまった…。


というか、どうしてそんなことを訊いてくるんだ。


「何言ってるんだ、思わないよ。上永さんが今日ここに来てくれたことは、最初こそ驚いたがずっと楽しそうにしてくれたし、すごく喜んでくれてたから俺も嬉しかった」


これは間違いなく本当だ。

上永さんが初対面にも関わらずすごく話しやすい雰囲気を作ってくれていたおかげで、俺も気持ちよく説明ができたし、こんな子が入ってくれるんなら俺は嬉しく思う。


「上永さんがここの現状を知った上でもそれでも入部したいなら、俺は歓迎…」

「じゃあ入部します!!私、ワープロ部で先輩と部活したいです!!」


最後まで言い切る前に、上永さんは立ち上がって高らかに入部宣言をした。





本当に、何から何まで不思議な子だった。


「……本当にいいのか?ここはさっきも言った通り、将来性も何もない、何が待ってるのか全くわからんような部活なんだぞ」


「かまいません!それに、私が入って二人になったら空気部なんて言われなくなるかもしれません!」


おいおい、ずいぶん大きく出るな。

しかし、彼女の目を見れば、本気でそう言っていることはわかる。


「それに私は……先輩がいれば……」

「ん?」


上永さんは何かを言いかけたが、そこから先を口にすることはなかった。


「と、とにかく入部します!先輩がどう言っても迷惑じゃないなら絶対入部しますからね!!」

「お、おう。だったら歓迎するよ」



こうして俺は出会ったのだった。

「上永 瞳」と。


彼女とのこの出会いをきっかけに、これから俺の生活はガラリと大変動を起こすことになろうなどとは、今高らかに入部宣言をした上永さんに、さて明日からどうしようかと考えながら茫然としている俺には、まるで想像もつかなかった。



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