綾音のお掃除大作戦 その4
私がお兄ちゃんを好きになった理由?
兄弟だから、という答えではあまりにもシンプル過ぎるか。毎回聞かれるんだよね。
どうして彼氏を作らないのかって?
赤の他人を好きになるなんて難しい。というよりできないかもしれない。
何でって?
男の子の愛と女の子の愛って全然違うんだよ。女の子はいつも自分がお姫様だと思っている。別に顔形が整っていなくたって、肌が黒くたって、髪が汚らしくったって関係ないんだ。女の子はみんなお姫様。
お姫様は必ず、プライベートな花園を持っている。そこでは何をしても自由。咎める人なんていない。大恋愛のヒロインにもなれる。王子様がやってくるのをずっと待っているの。
メルヘン過ぎて気持ち悪いって?
男の子は大抵そう思うでしょうね。私に言わせれば、大差ないと思うのだけど……。男の子はヒーローに憧れる。幼いころは純粋に正義への憧れなんだけど、年を重ねていくにつれ、それは変化する。
男の子は女の子に何を求めるのかしら?
それは快楽?
それとも達成感?
男の子が一番いい顔をするのは、誰かを殴るときじゃないかしら。少なくとも、私を殴った男の子は、すごく嬉しそうな顔をしていた。力を行使すれば女を手に入れることができると思っているのかも。そういう男の子とお付き合いするのは難しい。本当に心から愛してくれるのならば、喜んで殴られてあげる。私が幸せだと思えるのなら、必ずしも生きている必要はないでしょう。
お兄ちゃんは私を殴ったことがない。そもそも能天気だから、怒りという感情を抱いたことがないのかもしれない。どうして殴らないの、なんて訊くことはとてもできないけれど、本当に不思議なのよね……。
お兄ちゃんが私の花園に躊躇することなく入ってくることに抵抗はなかった。なんとなくお兄ちゃんは私のことが好きなんだと感じていたからかもしれない。一緒にお風呂に入った。別に変なことだとは思わなかった。周りの女の子たちは、そんなの早いうちに止めたほうがいいだなんて言ってたっけ?お兄ちゃんのことがみんな嫌いみたいなの。そうなんだ、としか答えなかったけれど。
「綾音ちゃん。久しぶり!」
浜辺に続く狭い路地。昼間は地元の子供たちでごった返すが、日が沈むと途端に人の姿が見えなくなる。密会には最適の場所だろう。
「何年ぶりくらいかな?正と最後に遊んだ時以来だから、十年も前だったかな?」
この前だってお兄ちゃんと遊んでいたじゃない。もはや、子供の遊びを超えているけれど。
「確か、恭平さんでしたよね?お兄ちゃんと同じクラスの」
「いや、名前まで覚えてくれていたなんて、光栄だな」
恭平はすっかり有頂天になっていた。思い返せば、最初にあった時以来の悲願だった。まだ小さかった恭平の奥深き胸の内に憶えた恋心。どれほど派手な交遊を繰り返しても揺らぐことはなかった。
浜に育てばたいていの波は突破できる。しかしながら、時としてじゃじゃ馬のように荒れ狂う波が突然やってくる。波にのまれまいと必死にもがくわけだけど、結局のところ負けてしまう。
綾音はそんな女なんだ。美しさの影には脅威が潜んでいる。どれほどの男を惑わせてきたのかは知らないが、俺は違う。なにせ生粋の浜育ちだからだ。
絶対におとしてみせる
恭平は綾音との距離を少しずつ狭めていった。綾音は微動だもせず、恭平が体を重ねるのを待っていた。
「本当にいいんだね?」
「お好きなようにどうぞ」
綾音は冷たく言い放った。