綾音のお掃除大作戦 その1
「そんなにその人のことが大切なの?ねぇ、お兄ちゃん」
いや、僕にとって一番大切なのは、綾音だよ……。何で言えないんだ?言える雰囲気じゃないから?そうだ。この状況で言ってはまずい気がするんだ……。良く分からない。僕は綾音のことが好きな、所謂シスコンだ。兄と妹って中々複雑なんだ。小さい頃は、大抵妹は兄に懐く。ラブコメじゃないけれど、お兄ちゃんは大抵かっこいいものなのだ……と思う。しかしながら、妹というものは成長する。本当に妹のことを考える兄ならば、妹の成長を温かく見守ってやるべきだろう。でも僕の場合は少し違っていたのかもしれない……。
「分かった。どのみち殺すことには変わりないんだし。私、自分で見つけるから。心配しないで。お兄ちゃんには何も迷惑かけないから……」
どうして、殺すという単語ばかり、脳裏に刻まれていくんだ。お前はそれでいいのか。今、わけのわからない理由で、妹が人の道を踏み外そうとしているんだぞ……。止めないとだめだろう。
「綾音。待ってくれ」
僕は精一杯声を振り絞った。昔のように、優しい口調を使いたいところだが、今の綾音には、少し説教をしなければならないと思った。
「どうしたの。言う気になってくれた?」
「少し冷静になろう。綾音。この3年間何があったのか、そんなことはとりあえず置いておいて。頼むから、そんな物騒な目で僕を見ないでくれ。頼む。殺すって言葉は、冗談だよな?」
「どうしてお兄ちゃんに嘘をつく必要があるの?私、結構本気で怒ってるんだよ?ねえ、お兄ちゃん?」
怒ってるって何を?
まさか……。今日僕が恐喝された現場を見ていたわけではあるまいし……。
「10000円……。お兄ちゃんの全財産だったんでしょ?」
どうしてそのことを知っているんだ……。
いや、偶然だろ!
「お兄ちゃん、最近コンビニのアルバイト頑張ってたもんね。ニートはニートなりにこのままではいけないとでも思ったんでしょ?」
何もかもお見通しなのか?
「ナニモカモオミトオシナノ……」
そんなわけない。3年間会ってなかったんだ。僕のことを知っているわけがない……。
「なんて健気なお兄ちゃん!私ね、すごく嬉しいんだ。自慢のお兄ちゃんなの。だってほら、顔の良い人って、そこら中にたくさんいるじゃない?でもみんな駄目ね。性格がクズ過ぎるのよ。すぐに捨てられちゃうし……」
綾音はそう言って、革の財布から、10000円札を3枚取り出した。
「これで足りる?」
「……足りるって何がだ?」
「そうね……。口止め料と生活費かな?」
「……」
まるで分らない。新しい遊びなのか?
空白の3年間で綾音は成長したようだ。お兄ちゃんがいないと何もできなかった、あの小さな綾音は、今僕に金を恵んでくれる。30000円か……。一体どうやって稼いだのだろう……。
僕は金にしがみついていた。綾音のことは数分間頭の中から消えていた。明日に希望を見出せるのは、いつ以来のことだろうか、と考えた。150円のハンバーガーが200個も買える……。
「喜んでくれたのね。私、お兄ちゃんのそんな顔、随分久しぶりに見た気がするな」
一瞬、懐かしい綾音が戻ってきた。僕はこの時を待っていたのかもしれない。綾音、と昔みたいに優しく呟いてもいいのだろうか?
「綾音……」
口にするのが少し辛かった。僕も大層変わったものだ、と感じずにはいられなかった。