彷徨い
歩いた。ひたすら歩いた。まるで迷路だった。歩いては壁にぶつかった。今来た道はどちらか?そんな問いの連続だった。天井から彷徨い人を俯瞰する神様の言葉を借りるならば、正は盲目だった。
「父さんの言葉通りだとすれば、僕は今死んでいるんだ。だけど、こうして歩くことが出来る。僕の名前は佐々木正。死んでいる、ということを知っている。僕は確かにこの世界で生きている。ここはどこか、と問うてもそれは全く意味のないこと。ほら、何でも分かっているじゃないか!」
何回か繰り返すと、自然に地図は完成する。正は少しずつ前へ進む。しかしながら、肝心なポイントで誤った方向へ行ってしまう。神様は、おしい、と言ってため息を漏らす。
「なんとなくは分かってきたが、それにしても非常に難しい迷路だ」
そもそもゴールはあるのだろうか?
こんな問いに至る者は多くない。一度死んでいるのに生きている。
新しい世界で生きている。
死後の世界は美しい。
漠然とした理想は非現実。それでも過去に生きていた世界と比べれば、あながち悪いものではない。昔は色々といざこざがあった。生きるためにはエネルギーを注がなければならない。供給が途絶えればたちまち命の危機がやってくる。それに比べて今の世界はどうだろう。
「ただ歩いているだけだ。時間は流れいるのだろうか?前に?それとも後ろ?いや、きっと止まっているんだ。なんだか、ずっと昔からここにいたような気がするんだ。これからもそうなんだ」
夜空に踊る 星々は
命つきたる 人たちに
天へと続く 永き道
伝えこの日の 勤め終ふ
そうそう、こういう曲が当時流行っていたっけ?
誰かいるの?
「おや、随分と若い兄ちゃんじゃないか。迷子にでもなっちまったのか?」
声の主は近くにいた。ただ気が付かなかっただけだった。
「俺も今気が付いたんだ。それにしても何をやらかしたんだ?」
「何をって……。特に何もしていませんよ」
「そんなわけはないさ!君は半分死んでるんだぜ!ここは生と死の中間駅なんだ。罪深いことをしたか、それとも、現世によっぽどの未練がある奴しかいないんだ。で、君はどっちなんだ?」
男は非常にせっかちだった。言いたいことを素早く伝え、好奇心を満たそうとした。男はしばらくの間孤独だった。正は久々の良い話相手だった。
「そう言われても……。よく思い出せないんです」
「そうか……。まあいいや。長い付き合いになりそうだな。仲よくしようや」
男は正の肩をポンと叩いた。
男の手が温かいことに気が付いたのは、しばらくたってからのことだった。