誕生
その産声は祝福された。
嵐吹き荒ぶ夜のこと。佐々木正が生まれた。家族はみな喜んだ。
正が生まれてしばらくすると、正の母は二人目の命を授かった。正はただひたすら、笑顔を振りまいていた。本能的に、そうすれば生きていけることを知っていた。母は身体を痛がった。父は年がら年中喜んでいるのに母はあまり喜ばない。子供を身籠って辛いということではどうやらなかった。しかしながらその原因は、父、母共に分からなかった。
母は生前、三度死ぬ思いをしたという。一度目はまだ子供の頃のこと。台風と喧嘩して沖に流された。ほとんど意識を失っていた。偶然通りかかった難破船に引き上げられなければ、その瞬間に命を終えていただろう。二度目は成人してしばらく経ったころ。不良に絡まれて強姦された。知り合いの漁師たちに会わなければ、命の墓場にたどり着いただろう。この話には続きがあって、一人の子どもを身籠った。母は命を粗末にしてはならないと教わったので、何とかして産もうと思った。しかしながら、それを教えてくれた両親に止めるよう諭された。母は必死に抵抗した。どんな理由があろうと、この世に生を受けた命の芽を大切にする……。母は大切にした。その結果が死産だったとしても、母は最後まで母親だった。
三度目は正を出産したときのこと。前置胎盤からの大量出血。錨を失った魂をやっとの思いで手繰り寄せたのは、正の大泣きだった……。
三年後、母は綾音を産んで息絶えた。正は、母がただ疲れ果てて寝ているのだと思った。父は雨のように涙を流しながらそう言っていた。正は母の姿よりも、綾音の方を見ていた。気持ち悪い命との対面だった。これが何年もして自分のように成長するのか、などとは考えていなかったと思うが、とても好きにはなれなかった。
父は二人に寛容だった。どんな遊びをしても大概許した。海で泳ぐことくらいしかなかったのだが、不思議なことに、溺れても助けることはしなかった。
「海の子はみな溺れるもんだ。生きて帰ってこれるなら、それが一番いいのさ。でも、そうじゃないときだってある。父さんも二度死んだんだ。意識が薄れていくのを感じる。呼吸が出来なくてもがくんだ。必死にもがくんだけども、やっぱり無理なんだ。気が付いたころには全てを失っている。目が動かない。息が吸えない。手を動かせない。言葉を話せない……。でもね、生きてるんだ。海の子っていうのはね、何回も死んで、それから何回でも生き返るんだ。すごいでしょう。いい機会だから一度死んでみるといい。早く戻っておいで!」
正は綾音をしっかりと抱きかかえた。醜くても、血を分けた家族であった。死ぬ時だって一緒。
綾音は、正の息遣いが次第にゆっくりとなっていくのを肌で感じた。やがて大きな泡を二発吐き捨てて、正は目を瞑った。正を支えにして、綾音は何とか生き延びることが出来た。
「私は生きている……」
綾音はそう呟いた。