ほぼ日常
結局、綾音は一度家に戻ることにした。正が欲情する姿を見てみたいとも思ったが、それはそれで馬鹿らしいことだとも思った。
お兄ちゃんが獣みたくいやらしい目で私を見てくれるのも嬉しい……。
お兄ちゃんにならなにされても平気なんだけど……。
お兄ちゃんはきっと言うだろう。
「なんて格好しているんだ。さあ、早く服を着るんだ!身体も水浸しじゃないか……。寒いだろう?」
お兄ちゃんはとっさに自分の服を脱ぐだろう……。
そんでもって、私に着せてくれる。
お兄ちゃんの温もり……。
お兄ちゃんの匂い……。
ダメ、これじゃ私、単なる変態じゃない。
少なくともお兄ちゃんの前では、清楚な妹じゃなきゃダメなんだよ。お兄ちゃんの趣味だから仕方ない……。幼女が好きなんだからしょうがない……。
でもね……。
どんなに清楚に見えても、やっぱり女の子には裏があるんだよ……。
お兄ちゃんは知る必要のないことだけど……。
お兄ちゃん
私だけを見てね……。
お兄ちゃんの好みな女の子のままでいるから……。
浮気したら悲しいんだからね……。
ねぇ、お兄ちゃん?
正は30000円の使い方について、長い時間考えていた。家を出てからこれほどの大金を手に入れたことがないため、どうにも困ってしまった。
とりあえずコンビニに行って、ハンバーグを買うだろ……。水は何とかなるとして……。やっぱりハンバーグを買うだろ……。夜も……、ハンバーグを買うだろ……。
他には?
別にハンバーグがあれば生きていけるんだよな……。お菓子なんていらないし……。酒なんて買ったら、悪酔いして海に落ちちまうだろうし……。
いらないか。
なんか、金持ちって窮屈だな……。
綾音が正の前に現れたのは、決心してハンバーグを買いに行こうと、歩を進めた時だった。
「お兄ちゃん!」
お兄ちゃん?
綾音……なのか?
少女は間違いなく綾音だった。昨日といい、今日といい、なんだかおかしかった。綾音がいるはずない。家出をした後、ずっと行方不明だった。その原因はほとんど自分にある。ダメな兄だった。そんな兄の元に帰ってくるはずないんだ……。
「昨日の30000円、使ってくれた?」
「30000円って……、なんで知っているんだ?」
「いやだな、お兄ちゃん。何言ってるの?昨日上げたじゃない!」
この30000円は綾音からもらった?
心優しいおじいさんがくれたんじゃなかったっけ?
綾音は正のそわそわした仕草を見て、正が全くお金を使っていないことに気が付いた。
「自由に使っていいんだよ?お金。お兄ちゃんのために稼いでるんだから。もしかして……、それじゃ足りなかったかな?」
綾音は突如、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。そうだよね……。お兄ちゃんだっていい大人なんだから、その、30000円くらいじゃ足りないよね……。うっかりしてた」
綾音はそう言って、何度も頭を下げた。
30000円じゃ足りない?
やっぱり綾音じゃないな……。僕がどれほどケチな人間か、綾音なら知っているはずだ……。
好きですって告白するときくらいだったか、かっこよかったのは。恋人ごっこをするのはいいが、綾音も子供じゃない。何か買ってほしいものがあったに違いない。僕は薄々気が付いていた。でも、僕は何も買い与えることができなかった……。
「今日も30000円あるからね……。明日からはもっと頑張るから……、お兄ちゃん。これで我慢してね……」
そうだよ。神様……。
この子は綾音じゃない……。
僕に遣わしてくれた天使なんだね……。