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鬼伝シリーズ  作者: 春ウララ
人鬼伝~INTRODUCE~
9/29

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1

 

 

 ______

 

 

 執筆は、記憶ドアを空ける魔法の鍵だ。

 

 ___S・キングより。

 

 

 ______

 

 

 

 

 

 ざっと僕の身辺の人間関係を紹介しておこうと思う。

 先日、通学する大学校の前期課程が始業したため。僕の周囲も春らしく色めき立っている。

 カラフルで華々しい春の風景に活気ある学生たちが踊るように校内を闊歩する。

 夢と希望に溢れた若者たちに胸焼けを起こしそうになり、我慢しつつ大学に向かうのは、中学時代と同じ程に足取りが重くなる。

 あの時と違うことがあるとすれば、行かなければならない理由と目標があること。

 1回の講義に数万円も支払っていること (親のお金で)。

 放課後には所属する演劇部、来週に迫った新入生歓迎公演の稽古があること。

 夢を、劇作家を目指したいと語る以上、大学で学べることは出来る限り吸収したい。それが今の僕が親に返せる、せめてもの贖罪であろうか。

 家に帰ってくるのは、夜になる。

 公演が終われば、また短期バイトで稼がなければならないか。仕送りに甘えられる学生生活も、もう終わる。少しでも貯蓄をしとかなければ。

 夢を見ろと言われて育ち、夢を見るなと大人に言われる。

 そんな言葉を浮かべながら______

 

 浮かべながら・・・・・・

 

 ピンチである。

 ネガティブな事を考えて気を滅入らせ、直面している現実に目を背けるのも限界だ。

 ジリリリ・・・・・・と目覚まし時計が早く止めろと僕を急かす。

 

 僕は今、拘束されている。寝具としているソファベットの上で。

 どれだけもがこうと、決して取れない鋼鉄の鎖に繋がれている。

 頭を、首を、肩を両手を、腰を、太股から、足にも鎖が巻き付いている。

 鋼鉄の鎖が、冷徹な拘束具が・・・・・・。

 

 ピンチである。

 どれだけ、頭で冷たい鎖を想像しようとも感触と温もりを誤魔化すことが出来ない。

 

 ______逆なら?

 

 先日、班蛇口有栖はんじゃくアリスに言われた言葉が思い起こされる。

 

 僕は今、拘束されている。

 穏やかな寝息を奏でる、上鬼柳瑠花かみおにやなぎるかの身体によって。

 まるで抱き枕を抱くように、僕の頭を抱き締め、全身を密着させたまま瑠花さんは健やかな眠りに落ちている。

 タンクトップとショートパンツのラフな部屋着の瑠花さんの体温と、ふくよかな胸の奥からの心音が直に感じ取れる状況。

 何とも艶かしい、羨ましいソコを変われと言われる謂れはあるだろうが______

 

 僕は起き上がらねばならないのだ。

 そうしろと、数分前から目覚まし時計が鳴り響く。

 

 昨夜、瑠花さんと二人でお酒を飲んでいた。

 金が振り込まれたぜー。

 と、恐らく瑠花さんが言う"組織"から仕事料として振り込まれたであろうお金を使い、

 嬉々と高そうなウィスキーとワインのボトルを買ってきた瑠花さんの陽気な誘いに誘われて、二人だけの宴を催したのだった。

 

 どうにか、ギリギリと首を動かしてテーブルを見れば、空のボトルたちが転がっていた。

 全部飲んだらしい、二人でウィスキーとワインを・・・・・・2本・・・・・・

 ズキズキと痛む頭が、それらを空になるまで飲み干したことを伝えてくれる。

 

 飲みはじめてからの記憶がない・・・・・・

 共にソファで寝ていたということは、まさか・・・・・・と最初は思ってしまったが。瑠花さんの着衣に乱れはない。僕の着衣も部屋着のまま。

 瑠花さんの肩に回している右手で、背中をさすり。ブラの有無を確認してみると、幸いなことに装着されている。

 

 幸いなことだ。

 もし、乱れた姿で互いに抱き合ったままのこの形で、瑠花さんが目を覚ましたなら・・・・・・そう考えれば身体の熱が一気に下がる。

 おはようのバードキスなんてされない。

 おはようの拳がハードにキスしてくるに違いない。

 

 少し勿体ない気もするが、どうにか瑠花さんの拘束を解き、眠り姫を起こさないように身を剥がさねばならない。

 

 どうして互いに抱き合ったまま眠っているという形に落ち着いたのか。

 記憶はないが、間違えなく言えることは。

 僕主導ではないということだ。

 酔った瑠花さんが僕を抱き寄せ、酔った僕がその力に身を任せてしまったに違いない。そういう子供っぽいじゃれつきをする人である上鬼柳瑠花は。

 

 僕は潔白を宣言する!

 

 酒に酔って過ちを犯すなんて男として最低な行為だ!

 

 「お・・・はー」

 

 僕が身をよじらせていると、急に目覚まし時計が"壊れる音"がした。

 それと同時に、ハスキーな声が頭上から降ってくる。

 

 

 「おはようございます・・・・・・あの、これは・・・・・・」

 「んー・・・・・・んー・・・・・・ああ、寝ちまったのかー・・・・・・スゥー・・・・・・スゥー・・・・・・スゥー」

 

 目覚まし時計は買い直さないとな・・・・・・

 と、再び意識を手離した瑠花さんにつられて僕も目を閉じ______

 

 「いやっ! 遅刻するっ! 起きて!

 はなっ・・・・・・せぇー! ーっ! ーっ! ・・・・・・痛いっ! 痛いっ痛い! 折れる! 折れるっ!!」

 

 モゾモゾと動く"抱き枕"がもどかしいのか。瑠花さんは、力一杯に抱き止めにきた。

 メリメリと骨が鳴る。

 抵抗もむなしく、圧迫され続ける僕の意識は徐々に失われていった・・・・・・。

 

 本当に、愛の包容は骨をも砕くようだ。

 こんな綺麗な女性に対して失礼だとは思うが、

 2度と僕を抱き締めないでいただきたい。

 モヤついてた気持ちもスッカリ覚めて、

 残酷な時間だけがしっかりと過ぎ去っていった______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「急いでたわりには、飯はちゃんと作ったな」

 「諦めました。2限から行きます」

 

 壊れた時計の残骸と、空いたボトルたちをごみ捨てば場に捨ててきた瑠花さんが、ソファに腰を下ろす。

 二人仲良く目を覚まし、テレビをつければ朝のニュース番組は終わり、携帯の時計を確認すると1限の始業時刻を過ぎていた。

 新学期が始まったばかりなのに・・・・・・と肩を落とし、僕は朝食の支度に取り掛かったのだ。

 2限の始業までは一時間以上ある。学校まで自転車を漕いで10分もかからないので。割りきって調理に精を出す。

 テーブルには炊きたての白米、味噌汁、子和え、サラダ、ベーコンエッグと主菜副菜を取り揃えてみた。

 

 「いただきます」

 「いただきますっと、なあ創。この粒々がついたコンニャクはなんだ?」

 「母親がよく作ってくれた鱈子とコンニャクの和え物ですよ。北海道の郷土料理です」

 「うんっ! 上手い! 日本酒に合いそうだ」

 「迎え酒には強すぎますよ・・・・・・」

 「冗談だよ」

 

 そんなこんなで朝食をとり。(瑠花さんは、キッチリご飯を3杯お代わりした)

 いそいそと登校の準備をしていると、

 

 「おい! 創! ちょっと来いよ!」

 

 ベランダでタバコを吸っていた瑠花さんに呼び止められた。

 

 「何ですか?」

 「いいからっ!」

 

 朝から大きな声を出すなあ。バカ力と粗暴な雑言を浴びせられても、どうにも憎めないのはこういった子供っぽさがあるからだ。

 そういえば、僕の住むアパートの住人たちの大半は同じ大学の生徒たちだ。

 互いの素性はあまり知らないが、"大きな子供"と共に住んでいると容易に推測される僕はどんなやつだと思われているのだろうか・・・・・・

 

 「・・・・・・綺麗ですね」

 

 窓を開ければ桃色の葉が数枚室内に入り込む。手摺りの向こう、すぐ目の前に大きな、大きな満開の桜の木。

 

 ダブルミーニング気味に、そう呟いた。

 桜と、貴女がと。

 感嘆の声をあげ、はしゃぐ瑠花さんの姿は可愛いらしいというよりも、綺麗だった。横風になびく桜の葉を受けながら髪をかきあげる仕草にトキメキを覚える。が、

 

 当の本人は全く意を与してないようで、携帯を開いてパシャパシャと写真を撮りだした。

 

 「・・・・・・桜が」

 「おう、インスタ映えするな」

 「やってるんですか?」

  

 インスタグラムをやっているのか?

 そのために写真を撮っているようだ。

 

 「バイクと旅先の景色をな」

 「つくづく俗っぽいエクソシストですね」

 「うっせー」

 「どうして、僕は瑠花さんが神職者だとあっさり信じてしまったのだろうか」

 「威厳だろ」

 

 確か、霊感があると見抜いたからだったか。

 かけ離れた答えをスルーして、僕も携帯を向けて写真を撮る。

 話題作りの種になるだろう。家の窓辺からの景色。

 夏場は虫が入り込み厄介に思っていた隣家の大樹に素晴らしい景色を提供していただいた。それもあって今まで気付かなかったのだろう。

 

 おっと、そろそろ出ねばならないか______

 

 「ん? 行くのか?」

 「ええ、もう少し見ていたいですけど・・・・・・鍵は置いていきますね」

 「あ、そうだ。私はちょっと遠出するからよ。ポストにでも放りこんどくぜ」

 「え?」

 

 ベランダの手摺に寄りかかった瑠花さんから、思わぬ事を聞いてしまった。

 

 「ちょっと野暮用でよ。明日の夜くらいまで出かけてくらぁ」

 「そうですか・・・」

 

 もうそろそろ一月になろうか。瑠花さんが居候してから、何処かに出掛けはするものの、その日の内には帰ってきていた。

 部活後、家に帰ればおかえりという挨拶が聞こえないのは寂しい。

 今日は眠れなそうだ。

 また、眠れなくなりそうだ。

 

 「何だよ、寂しいのか? 気色悪いな、ガキが。大丈夫、お母さんはちゃんと帰ってきまちゅからね」

 

 ちゃらけた言い方に、腹が立つよりも。

 瑠花さんがいないということに、僕の心はさざめきたつ。

 明るくて、頼りになる。エクソシストさん。

 彼女のお陰で僕の安心感が満たされていたのだ。

 少し前までは、血ヶちがだいらひながいた。

 蒔苗まかなえや、班蛇口はんじゃくと飲み、酔ったままなら気にもせず眠れていた。

 暗い室内に何が出ようと、驚きはしても恐れることはなかったのだが・・・・・・。

 たった一日。たった一夜。

 独りで過ごす夜がひどく憂鬱だ。

 

 「んだよ、調子狂うなぁ・・・・・・まあ、いいや。行ってらっしゃい創。しっかり勉学に励んできやがれガクセーさんよ」

 

 見るからに肩を落とす僕に対し、罰が悪そうに瑠花さんは声をかける。

 

 「瑠花さんも・・・・・・行ってきます、また明日ですね」

 「おう、土産に。地酒を買ってきてやるよ」

 「・・・・・・今度は休みの前日に飲みましょうね」

 

 頬を掻いた瑠花さんに挨拶をし。

 ベランダから離れる。

 

 ______行ってらっしゃい。行ってきますか・・・・・・

 上京してからあまり言ってなかったかもな。

 

 さて、誰か捕まるといいけど。

 出来れば素面で独りの夜は過ごしたくない。

 先ずは2限が一緒の班蛇口かな・・・・・・

 

 僕はテーブルに鍵を置いて、学校へと向かった______

 

 

 

 

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