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鬼伝シリーズ  作者: 春ウララ
鏡鬼伝~DOUBLE~
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5

5

 

 

 

 

 

 

 

 ______

 

 

 どの時代の歴史を扱う場合でも、感情をまじえず、偏見を持たないことは、歴史家にとってつねに不可能なことだと思う。

 

 ___アーノルド・J・トインビーより。

 

 

 ______

 

 

 

 

 幌萌創ほろもえつくるが、上鬼柳瑠花かみおにやなぎるかという女性と初めて会ったのは、ある昼下がりのことである。

 

 平日の昼間ということもあり、閑静な住宅街には近所迷惑など、お構いなしに鳴らされるチャイム音と叩かれるドアの音が鳴り響き、

 その騒音のど真中。意中の部屋に住む、幌萌創ほろもえつくるは、執拗に叩かれるドアに恐怖を感じ、部屋のなかで縮こまっていた。

 ちなみにドアを叩きまくっていた本人、上鬼柳瑠花かみおにやなぎるかは。

 

 『壊れたら新しいのを買えればいいだろう?』

 

 と、マリーアントワネット顔負けの文句で、手っ取り早くドアを壊して入るつもりだったらしい。

 最も、その気になれば1発殴るだけで壊せたのだろうが。

 初対面だ、礼儀を持つものだろ。

 と、招かれていないから入らなかった。が、早く開けるように威嚇として、ドアを殴り続けたのだと

 上鬼柳瑠花は胸を張って自信の正当性を説いた。

 とんだ礼儀もあるものだ。

 

 創の判断は間違っていなかった。

 壊れたドアでは安心して夜、眠ることも出来ない。どうせ、部屋に入るまで帰らない乱暴者ならば、素直に招いてしまえばいいだけなのだ。

 

 それも後の祭り。

 

 実際の、創の行動は、携帯を片手に忍び足でドアスコープまで顔を近づけ、

 何時でも外部に連絡が取れるように息を殺しながら、

 どんな乱暴者の来訪者かと、スコープを覗いた創の視界には。

 一面の黒色が広がってきた。

 

 「やっとか」

 

 聞き覚えないハスキーな女性の声。

 来訪者は女性。目の前の黒は、髪の色だ。

 ドアに背を預けているため後頭部がドアスコープからの視界を遮っていたのだろう。

 

 「居留守使うなよ、幌萌創ほろもえつくる

 「・・・っ!」

 

 自分の名前が呼ばれたことに、肩を震わせ。思わず創は音を立ててしまう。

 何故?

 何で、自分の名前をこの訪問者は知っているのか?

 その驚きが創の思考を支配する。

 

 「開けろ」

 「・・・・・・嫌で・・・・・・す」

 

 ドア越しの命令に対し、反射的に拒否の意思を示す創は再びドアスコープを覗き、女に話しかける。

 

 黒が離れていく。

 寄り掛かられていたドアが軋みをあげ、寄りかかっていた者の全身が見えてくる。

 

 綺麗だ。

 それが第1印象であった。

 美しい、黒い薔薇の様な髪が日差しで光沢を浮かべ、ドア越しに、その髪に触れようと思わず手を伸ばしてしまう。

 創は言葉も失なった。

 

 そして、自然と鍵を空けていた。

 不用心なことだが、自分の部屋の前に、自分を訪ねてきた目も覚める程の美女が立っていたらドアを開けない男性がいるだろうか?

 いや、いない。

 しかし、チェーンはかけている。咄嗟にこの女性がドアを殴っていたという事実を思い出したからだ。

 

 ガチャリと空いたドアから、顔を覗かせる創には、女性の全身が見えてくる。 

 スラリとした引き締まった体躯を包む、黒を基調としたライダースーツとジーンズを履き、白いノースリーブのシャツに、シルバークロスのネックレスが胸元を強調させる。

 一見して威圧感をあたえる衣装だが、それを着る整った顔立ちの女性に創は目も、心も奪われた。 

 

 「オーラ」

 「・・・・・・え?」

 「スペインの挨拶だぞ、幌萌創ほろもえつくる

 

 加えたタバコを上下に動かしながら、創を睨み付ける女性。

 気圧するように囁かれた名前に喉が締め付けられる様な錯覚に陥る。

 

 「お、オーラ・・・・・・」

 「宜しい・・・・・・ほい」

 

 ドアの隙間からはえる創の顔前に、女性は1枚の名刺が差し出す。

 

 Exorcist Ruka Kamioniyanagi

 Tel 379-90-10XX-80XX

 

 そう書かれた名刺が1枚。厚紙に印字された見慣れぬ文字。

 エクソルチスト・・・・・・

 ああ、エクソシストか。

 胸元の十字架へと目が落ちる。

 悪魔払い(エクソシスト)。エクソシストだと?

 日本国内では絶対に求人されることのない職業。漫画や映画でしか聞いたことのない日本的に言えば、祈祷師。

 この女性が?

 名刺に書かれた言葉が意味することはそうであろう。

 

 「・・・・・・宗教の勧誘なら断ります」

 「そんな信心深くみえるか?」

 

 肩をすくめ加えていたタバコを捨て、足で踏み消す神職者を名乗る女。

 

 「詐欺ですか?」

 「ああん!?」

 

 ドスを聞かせた声に蛇に睨まれた蛙状態の創。

 

 「す、すいません! でも、"エクソシスト"なんて。そんな・・・・・・」

 

 そんな、非現実的な職業の人間がなんで自分の家を訪ねるのか。

 

 「ああ、まあ。この国には数人しか居ねえわなぁ。よう、幌萌創」

 「僕の名前を?」

 「予知した、そう言えばエクソシストらしいか?」

 「いや、余計に怪しいです」

 「"教えてもらったよ"。お前にな」

 「え?」

 「正確には、お前の本体か。それとも贋者か。それを判断するために来たんだがな」

 

 意味がわからない。素性並に言ってることが整然としない。

 そして、全く繋がりが見えてこない。

 自分を訪ねてきたエクソシストを名乗る女性。

 何故、このカミオニヤナギルカ? さん。難しい名前だ。それに仰々しい。確か、カミオニヤナギとは岩手県の地名だったかな?

 僕に何のようですか?

 

 堂々としたものである。

 悪質な訪問販売や、押し入り強盗。そういった類いの悪人ではないのか、ドアの間に身体を割りこもうともしない。 それだけで判断するのは軽率だが。

 腕を組み、創の反応を眺めるカミオニヤナギルカ。

 

 「・・・・・・金目のモノは、ないですよ」

 「日本人学生の資産に興味はねえ、私がこの仕事を終えれば、お前の奨学金以上の額がもらえるからな」

 「僕は特別な力も技術もないです、殺す価値なんてないですよ」

 「人間を殺す趣味はねえよ。それに、特別な力はあるじゃねえか?」

 「いや、心当たりが・・・・・・」

 

 全くございませんが______

 確信の言葉が続けられる______

 

 「見えるんだろ? 私たちと同じ様に・・・・・・"幽霊"ってヤツがよ。

 私は、上鬼柳瑠花かみおにやなぎるか。本物のエクソシストだ。

 お前が、幌萌創が。

 ドッペルゲンガーに襲われたって聞いたから来てやったよ。エクソシスト界のセガール様がよ」

 

 カミオニヤナギルカは、楽しげにそう言った______

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 「たくよー、私はバカンスでこの国に来てたってのに、連中はお構い無しだよなぁ。」

 「どうぞ」

 「おう、悪いね」

 

 どうして招いたのか。上鬼柳瑠花を招き入れた後で創は考える______

 

 きっとどんな日でも、どんな状態であっても創は招き入れていたであろうと、言える。

 

 上鬼柳瑠花には・・・・・・

 幌萌創は、不思議なモノが見ることが出来る力を宿していることが"わかった"のだ。

 誰にも教えていない、誰にも信じられることのない力のことを。上鬼柳瑠花は認知しているのだ。

 

 彼女が本物であるという何よりの証拠。

 俗っぽくいうと、霊感があることを見抜いた。

 創は今でもそう信じてる。

 

 コーヒーを注いだマグカップを瑠花に渡し、創は地べたへと座る。

 瑠花は、ソファに腰掛けたまま部屋をグルリと見渡し、

 

 「お前は、引き寄せる体質らしいな」

 「・・・・・・何かいるんですか?」

 「・・・・・・いや、今は何にも。安心しろよ。現れたら一瞬で祓ってやるよ」

 「それは、頼もしい限りです」

 「しかしよう・・・・・・」

 

 瑠花はマグカップをテーブルに置き、

 

 「暇そうだな、無職か?」

 「学生ですよ、今は春休みなんです」

 「ふーん・・・・・・」

 

 創もマグカップをテーブルに置いて、瑠花の挙動をただ見詰める。

 人を簡単に信用できない。

 信用すると決めるまでは、幾つかの個人的審査が必要になる。

 お互いさまであるが。例え、本物のエクソシストであり。

 幌萌創がドッペルゲンガーというモノに憑かれたのを聞いてやって来たという理由を告げられても。

 創にとって、正直言うと関係ないことだ。

 

 実感が全く湧かないからだ。

 

 「ドッペルゲンガーって・・・・・・なんですか?」

 「悪魔だよ。"成り代わりの悪魔"だ。名前くらいは聞いたことあるだろう?」

 

 なんだったか、世にも奇妙な物語とかで見たことがあるのかな。

 

 「名前くらいなら・・・・・・」

 「鏡を見たことあるか?」

 「毎朝見てますよ」

 「キモ、ナルシストかよ。そりゃドッペルされるわけだ」

 「聞いといて、そんな」

 

 快活に笑い、上鬼柳瑠花は行儀悪くテーブルに足をかけ、

 衝撃でマグカップの中身が溢れそうになるのを、創は見つめる。

  

 「いや、ジョークじゃねえよ。

 実際。ドッペルゲンガーってヤツはよ。鏡に宿ってる訳よ。

 鏡に向かって、お前は誰だ? と唱え続けると精神が狂うって話知ってるか?」

 「何かの実験でしたっけ?」

 「ナチスの人体実験だ。自分自身の姿を見ながら、お前は誰だと問い続けると、自身が何者なのかとゲシュタルト崩壊していくっていうな。

 都市伝説でもあり、風説でもある。

 で、だ。ドッペルゲンガーっつう悪魔はそれに似ている」

 「似ている・・・・・・」

 「別物だがな、例えばお前の目の前に突然自分と全く同じ姿形の人物が現れたら、どうする?」

 「・・・・・・ビックリしますね」

 「ビックリするよなー、そりゃ。それで十分なんだよ。奴等にとっちゃあよ」

 「奴等?」

 「そう、悪魔だ。

 人間の弱味に漬け込む存在。人間を地獄に落とすことが奴等の仕事。

 悪魔に憑かれた人間は地獄に落ちる。マッチポンプってやつさ。

 悪心に手をかし、悪人として地獄に落とす。それで地獄が繁盛するわけよ。

 ゴキブリみたいな奴等さ」

 「よく知ってるんですね、僕にはよくわからないですが・・・・・・」

 「言ったろ、悪魔払い(エクソシスト)だってよ」

 「でも、信心深くないんですよね」

 「ああ、神様なんて信じてねえよ。いるのは知ってるし、力を持ってるのも知ってるがよ。

 身や心を捧げるほどに信仰する奴等とは全然思えねえな」

 

 豪放磊落な人間なのはわかった。

 

 「まあ、兎に角だ。幌萌創。お前はどういう経緯でかドッペルゲンガーに憑かれた。それは間違えない。なあに、手間は取らせねえよ。贋者を見つけて殺せばいいだけだからな」

 

 そう言い、上鬼柳瑠花は幌萌創の目をジット見つめてくる。

 

 「え? いや、僕は本物ですよ!」

 「贋者も同じこと言うんだよなぁ。私はお前とは別のお前にもう会ってる」

 「何処で、ですか?」

 「気にすんな、どっちみちどちらかはこの世から消えるんだからよっと」

 

 ジャケットのポケットから、瑠花は1枚の紙切れを取りだし。

 それを見ながら、創に話かけ出す 

 

 「だから、テストをする」

 「テスト?」

 「簡単な質問だよ。それで100%判別できる」

 「・・・・・・信じろと?」

 「間違っても、問題ねえだろ? 間違えなきゃお前は死なねえ、二つに増えた人間がまた一人に戻るだけだ」

 「そんな! いい加減な!」

 

 急展開すぎる。

 突然、押し入ってきたかと思うと、質問に答えろ。間違ったら殺すときた。

 創は、ようやく身の危険を感じだしたが、

 

 「黙れよ、小僧。私はプロだ。ウダウダいうならテメエを潰すぞ」

 

 上鬼柳瑠花に、威圧する声に言葉が続けられなかった。


 「さっさと終わらせようぜ。

 質問そのいーち。

 お前の名前は?」

 「幌萌創です、知ってるでしょ!?」

 「カリカリすんなよ・・・・・・出身は?」

 

 無茶苦茶だ。気楽に構えられるわけがないだろう!

 

 「出身?! 北海道ですよ」

 「年齢は?」

 「これが、テストですか!? 20歳ですよ!」

 「・・・・・・家族構成は?」

 「・・・・・・個人情報ですよ」

 「いいから、答えろ。ぶっ殺すぞ」

 

 上鬼柳が突然、テーブルに置かれたマグカップの取っ手を掴み。

 手首を返すと、マグカップの取っ手だけが綺麗に取れていた。

 

 「お前の首も、綺麗にはずしてやろうか?」

 「っつ!」

 

 答えなきゃ、答えなきゃ。

 普通じゃない、この人は普通じゃない!

 マグカップを見ると、取っ手の根本からヒビはいっていた。

 

 「・・・・・・母と・・・・・・父・・・・・・それと」

 

 頭に血がのぼって上手く答えられない。

 なにがテストだ。あんたの主観で僕が殺されるかもしれないんだぞ!

 殺される。

 上鬼柳瑠花はきっと、僕を簡単に殺すことが出来るのだ。

 それを躊躇する気もないようだ。

 

 「それと? なんだ? 答えられないのか?」

 「ちょっと待って・・・・・・」 

 

 父親、母親。

 それと______

 

 「妹が、います」

 「一人か?」

 「・・・・・・はい」

 「ふーん・・・・・・好きな食べ物は?」

 「・・・・・・ハンバーグ」

 「嫌いな食べ物は?」

 「煮干し」

 「今までやってたクラブ活動は?」

 「えっと・・・・・・バスケット・・・・・・水泳・・・・・・それと・・・・・・」

 

 急かされる、少しの逡巡が命取りになりそうな錯覚に。

 いや、錯覚じゃない。現実に怯える。

 

 「演劇だろ?」

 「え? ええ」

 「今やってるはずだろ?」

 「今までって聞かれたので、今やってるモノは考えてなかっただけです!」

 「興奮すんなよ、そうか今やってるんだよな。知ってるよ、もう一人のお前から聞いてる」

 「贋者からでしょ?!」

 「裏付けも取れてるぜ、ドッペルゲンガーの退治にゃあ、下準備は必要不可欠だ。

 確かにお前は所属している。所属しているし、何だっけ偉い役職についてるらしいな?」

 「え? ええ・・・・・・そうです、その通りですよ」

 「何でだ?」

 「何でって・・・・・・」

 「何で、お前はそのクラブ活動に行ってないんだ?

 今日はクラブ活動の日だろ、なあ?」

 

 背筋が凍りつきそうな気が上鬼柳瑠花から、ビンビンと飛んでくる。

 寒い、怖い・・・・・・創の身体が震える。

 

 「・・・・・・具合が悪くて」

 「風邪か?」

 「ええ、そうです。部員たちにうつしたら悪いと思って」

 「なぜ?」

 「なぜって、だから! うつしたら悪いでしょ! 風邪を引かせたら悪いでしょ!」

 「何で悪いんだよ、私にはいいのか?」

 「それとこれとは! 貴女が勝手にあがりこんできただけでしょう!!」

 

 ヤケケソ気味に叫んだ創。

 瞼を閉じて、創は今にも溢れそうな涙をおしとめようする。

 

 「オッケー、オッケー。もういいよテストしゅうりょーだ」

 「は?」 

 

 ニッコリ。

 上鬼柳瑠花は、一転。創に微笑んだ。

 

 「おめでとう、幌萌創。お前はどうやら本物みたいだな」

 「え? ああ、そうですよ。そうです」

 

 大丈夫だった・・・・・・ということだろうか。

 ガチガチになっていた身体に、血が通る感覚が染み渡る。

 恐怖で震えた手も、止まっていた。

 

 「おっし! わかったところで、お前の贋者を殺しにいくかー!

 実は外で待たせてるんだよ。今からソイツを、お前の存在を奪おうとした大罪犯をぶっ殺しにいく。

 お前もついてくるか?」

 「・・・・・・いや、いいです。見たくありません」

 「そっか、まぁそうだよなー」

 

 瑠花は、一度玄関の方を向き。ゆっくりと立ち上がる。

 自分のドッペルゲンガー。

 見てみたい気持ちもなくはないが、見ていたくない。自分の顔をしたモノが、悪魔払い(エクソシスト)に滅されるところなんて・・・・・・

 

 瑠花は玄関のドアを掴み、外へ出ようと差し掛かったところで、

 

 「そいやあ、幌萌創。

 お前が最近別れた女の名前なんだっけ?」

 「え?」

 「別れたんだよな、最近。どんな女だ? なんて名前だ?」

 

 突然の、問いかけに創は頭が真っ白になる。

 

 別れた?

 ワカレタ?

 サイキン、ワカレタオンナ・・・・・・

 ドレダ? ダレダ?

 

 「・・・・・・まあ、この程度だよな。

 部屋に残された情報、携帯から得られるデータからわかる範囲の知識ってのはよ。

 携帯からじゃわかんねえーよなぁ。別れてから連絡とってねーって言ってたし。別れたことは携帯のやり取りには残ってねえらしい。別れたと友達に教えたのも口頭のみだってよ。

 この部屋に女の物は残ってないらしいからな。

 判断のしようがねぇ・・・・・・なぁ!」

 「エ?」


 ゴキャッ!!

 

 創の目には何も見えなかった。

 目にも追えなかった。

 

 上鬼柳瑠花は、一足で幌萌創の目の前まで近寄り、振り上げた拳をただ創の顔面に目掛けて振りかざした。

 

 創の視界は突然のブラックアウト。

 意識も、慣性も、感覚も全て。

 

 振りかざされた瑠花の拳は創の顔面を潰し、皮膚を破り、骨を砕き。

 

 「ちなみに、今はなんだっけか。コーエンの準備期間らしいぜ。風通しは良くなったなぁ。

 なぁ、ドッペルゲンガー?

 風邪で徹すのにゃ失敗してたがな」

 

 創の"頭があった場所"から、赤い飛沫があがる。

 一瞬で創の顔面は上鬼柳の拳により木端微塵になっていた。

 飛沫が、上鬼柳を、部屋の壁を床を染めていく。

 一瞬で血溜りの部屋に、血塗れの上鬼柳瑠花と。創だったものの、首なし死体が落ちている。

 強烈な音は、部屋の外まで聞こえていた。

 その音をききつけた。

 部屋の主が鍵を開けて入り込む。

 

 「上鬼柳さん・・・・・・」

 「おう、幌萌創。終わったぜ」

 

 本物の幌萌創が、恐る恐る瑠花の後ろから部屋へと入り込む。

 

 「わりいな、部屋が血まみれだ。

 まあ、そのうち乾くさ。奴等の血肉は現世に残んねぇ。時間がたてば綺麗に蒸発しちまうさ」

 

 鬱陶しそうに、上鬼柳瑠花は髪をかきあげ、

 

 「最近別れた女性の名前は、血ヶちがだいらひなです」

 「あっそ。まあ、聞いたところで答え合わせも出来ねえんだけどよ」

 「じゃあ・・・・・・何故ですか?」

 

 何故、その質問で。

 僕のドッペルゲンガーに攻撃をくわえれたのだろうか。

 目の前の部屋の惨状に目をつむるようにして創は上鬼柳瑠花に問いかけた。

 

 「ドッペルゲンガーは記憶を持たねえ。鏡を通してお前を真似ているだけだ。

 お前が実際に体験した、記憶だけに止まっているモノを知るよしもねぇ」

 「この部屋に、血ヶちがだいらのモノは残ってなかったから、彼にはわかっていなかったってことですか?」

 「携帯を調べりゃある程度はわかんだけどな、大体の身辺は全部詰まってんだろ。

 昔はもっと判別がしやすかったらしいけどよ。今となっちゃあ色々、準備が必要なんだ。

 しかし、いい質問だったな。携帯にも、部屋にも残ってない。お前だけが持ち、お前だけが誰かと交わした会話の中から決定的な違いが見つけられるんだ。でかしたぜ、お前も悪魔払いの才能があるかもな?」

 「そうですか・・・・・・ウッ!」

 

 我慢していたが、確かに瑠花に殴り飛ばされたドッペルゲンガーの血液は段々と消えかかっていく。

 

 しかし、臭いは消えない。

 死の臭いに、創は耐えきれなくなり。流し台に嘔吐した。

 

 「ず・・・・・・いません」

 「自分そっくりの死体を見せられりゃ大抵の人間はそうなるさ。

 危なかったな、幌萌創ほろもえつくる

 ドッペルゲンガーは、だいぶお前に寄せてきてたぜ。

 時間をかけて、お前の知り合いや家族から情報を仕入れつつ、お前にとって変わる、数分前ってところかな」

 

 間一髪だったな。幌萌創。

 もう少しで、自分の姿形をしたモノが自分に成り代わっていたかもしれない。

 自分の顔で、自分の家族と友達と。

 そんなの想像もしたくないだろう?

 

 創は流し台に粗い息をはきながら、口をゆすいで瑠花の方へと向き直る。

 そして、深々と頭を下げる。

 

 「ありがとうございました、上鬼柳さん。

 僕の人生を取り返してくれて。あの・・・・・・報酬とかは・・・・・・」

 

 血のついた瑠花の手には、何もついていなくなっていた。

 部屋に飛び散った自分だったものの残骸も。蒸発するように気化していく。

 

 創の下げた頭が鷲づかみにし、瑠花は創の髪をクシャクシャと撫でながら、

 

 「カッコつけんなよ、幌萌創。私はただ仕事をこなしただけだ。

 金ならいい、ドッペルゲンガー退治の報酬は私の組織から出るからよ」

 「でも・・・・・・」

 

 そんな言葉だけで片付けないでほしい。

 

 何か、礼をさせてほしい。

 上鬼柳瑠花、エクソシスト。

 死にかけの僕を助け、悪魔を壊した貴女に。

僕に出来ることはないのだろうか______

 

 「あっ、そうだ」

 「?」

 

 自分の顎をなぞっていた手をポンッと叩き瑠花は創の肩を掴みあげ、満面の笑顔で。

 

 「私をこの家に泊めろ。それでチャラにしてやるよ、つくる

 

 この時の上鬼柳瑠花の顔を忘れることはない。

 可愛い友人たち、恋人だった血ヶ平も魅せたことのないとびっきりの笑顔だった______

 

 

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