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鬼伝シリーズ  作者: 春ウララ
鏡鬼伝~DOUBLE~
2/29

1

今回から本編です。

1


 

 

 

 _________

 

 

 アンドロイドも恋に落ちるのね。

 

 ___とある劇作家『マシーンランナー』より。

 

 

 _________

 

 

 

 

 

 

 

 

 春休みのある日。

 

 幌萌創ほろもえつくるは過去を振り替える作業を唐突に始めた。

 2ヶ月前、20歳の誕生日を迎えられた身の上、日本国では成人と定められている年齢に達し大学2年生から3年生にあがる。モラトリアムを約束されている最後の4年間を半分使い果たした頃合いで。一度、我が人生を振り返ることも必要と思い立った、吉日である。

 幌萌創ほろもえつくる。北海道のド田舎、幌萌町ほろもえちょうの地名姓に、創造の"創"でツクルと読む。それが僕の名前である。

 

 幌萌という名字は嫌いだ。

 男子の名字に萌が入ることは、それだけで特徴的なのだ、それだけで個性が作られてしまったのだ。

 丁度、僕の中学時代はアキハバラ文化、メイドやアニメヲタクをメディアが積極的に取り上げていた時だ。"萌え"という言葉が急速的に広まり、僕の住む片田舎まで侵食してきた。"萌"が含まれたこの名字にどれだけ苦しめられたことか。メイドを冥土に送ってやりたい。薄毛、デブ、眼鏡と三拍子揃ったヲタクどもが、親の金で2次元キャラクターに散財する映像が朝のニュースで流れた日の教室には行きたくなかった。口汚くなって失礼、それほどに僕の心は荒んでいたのだ。

 そんな中学時代を送ったのだから僕は当然に反抗期を迎えた。学校に行けず、部屋に引きこもり。ネットサーフィンで名字を変える方法を調べていたのは、僕の消し去りたい記憶の1つ。反抗期というよりは抵抗期と呼んだ方が正しいかもしれない。周りに反抗せず、僕は学生生活を送ることに抵抗していたのだ。黎明期とも言えるだろうか? 僕の人格が作られたのはその頃の経験が大いに影響していると思う。

  北海道の地名姓なのだから僕の先祖はアイヌ民族か、屯田兵だろうか。室蘭むろらん市幌萌町には行ったことがない、行きたいとも思わない。同じ地名姓なら、東雲しののめとか、立花たちばなとかクールでメジャーなモノにしてほしかったが、残念ながら我が一家は福岡県に行ったことすらない。

 散々に自分の姓をなじったが、名前は我ながら気に入っている。

 創。創造の創、創作の創。ツクル。両親とマトモに話すようになったのは大学に入ってからだから名前の生いたちを聞くこともなかったが、どんな理由にしろ納得できる。名前はオリジナルだ。婿養子になろうとも名前だけは決して変わらない、唯一無二であり僕、幌萌創ほろもえつくるが死ぬまで不変である。

 そんな誇りを持つ名前だが、名前を呼ばれる機会は相等に多くない。父、母、妹。親戚くらいしか僕のことを、つくると呼んではくれなかった。強烈な名字のせいでもあるが、単純にツクルと言う名前が言い辛いのもあると思う。

 僕の彼女も最後まで下の名前を呼んでくれなかった。

 最後までと言ったので察しはつくと思うが

 つい先日、僕はある女性と破局した。

 去年、彼女の誕生日に告白し。その翌年、同じ日に振られた。僕の初めてのガールフレンドだった。

 名前は伏せておく、未だに引き摺っていると思われたくない。

 いいや、嘘だ。たった2ヶ月ばかりで初めて付き合った彼女との恋愛を忘れることができようか? いや、出来るわけがない。

 眠れない夜が続いた、眠れない夜が戻ってきたと言った方が正しいかもしれない。僕は大学1年の頃から軽度の睡眠障害に悩まされていたからだ。

 彼女のお陰で眠れていたと言えば言い過ぎだが、彼女のお陰で再び眠れなくなったとは言える。

 恨みがましい責任転嫁する人間だ。嫌悪に言って申し訳ないが、彼女が居なくなってから極端に睡眠が浅くなったと思う。また、睡眠障害の理由は他にもあるが、彼女との別れが要因の一因であることに間違えはない。

僕の心がそう言っているのだから______

 

 幌萌創ほろもえつくるのパーソナルな説明はこれくらいにして、本題に移ろう。

 僕と僕に関わった一人の女性と、五人の女生徒。

 不思議な"モノ"が見えだして、繋いだとも言える縁について。その縁がもたらした僕の一部の物語を。

 語る上での前置きは今のところこれで十分だろうか______

  

 僕には不思議な"モノ"を惹き付ける魅力がある。魅力というよりも魔力と呼んだ方が本質はいいのかもしれない。

 最初に不思議な体験をしたのは。去年、件の彼女と観に行った新宿タイニーアリスでの演劇舞台。開演前の誰もいない舞台上で、釣糸やワイヤー等で吊られた釣りモノとしてではなく、独りでに、ただユラリと白い布が浮かんでいた。最初は演出上のモノかと認識し、縦横20尺もない狭い小劇舞台のど真中に、無意味ともとれるほどふてぶてしく、意味深長とも取れるほど堂々と。その布は風が吹こうと、言葉を浴びようと動かずダラんと浮かび続けており目を引かれた。しかし、どうやら意図的なモノではなかったようだ。

 劇が始まっても中心に居続けたその布を役者たちも観客も気にとめるこはない、ソコには何もないかのように劇は進んでいく。其れ処かその布を当然の様にすり抜ける役者たちを目の当たりにした。静かなシーンだったので、僕が洩らした『え?』という疑問符が妙に響いてしまい赤面したが、周囲は僕の見ているモノを疑問視せずに舞台に見いっていた。

 もしかしたらこれは僕にしか見えていないのかもしれないと実感するのには十分であった。観劇後、彼女にあの布何だったのかなと聞いても首をかしげるのみ。

 そうあの布は、不思議で超常的なモノ、幽霊だったのだ。幽霊と表現して適しているのかわからない、なにせ真っ白で滑らかで、テカテカとした布には何の恐怖も覚えなかった。霊とは人をこわがらせるモノだと、僕の中では位置付けている。むしろ途中から邪魔だと思ったくらい、クライマックスで主役の顔にモロ被りしたソイツのせいで、台詞も顔もマトモに受けとることは出来なかったからだ。こちらの世界に属さない存在。死後の世界に行けずに現世を彷徨う白い布。僕は幻覚を見たわけではない。アレは確かにソコにあった。脈略も繋がりもなく大胆不敵な出現という幽霊の特長を出し立派に役割をこなしていたようだが、僕としては迷惑千万であった。まあ文句を言おうにも、終わった時には姿かたちを残さず消えてしまっていたのだが。

 

 その後も不思議なモノを見ることが幾らかあった。家で寛いでいるとき、旧日本兵が行進したり。大学の講義中、教授よりも大きな巨大狼が壇上で居眠りをしていることもあった。こちらの方が幾らか霊的であろうか。むろん、話しかけも出来ず触れることも出来ず。目を離した次の瞬間には綺麗サッパリ消え失せている。

 彼らは自由だ、突発的でこちらの都合も関係なく現れて、消えていく。実に孤独で自由な存在だ。

 僕ら人間と違って、場や時の流れに載らず流動的であり、まるで舞台装置の一つのようである。

 他にも不思議なモノを見たりしたものだが、共通していることはそういう所だろうか。

 僕は霊感に目覚めた。

 キッカケはわからない、肝試しに行ったこともないし、親族の葬式に行ってもいない。死後の世界と関わりを深めていないのに、突発的な超常現象を僕は突発的に見ることになったのだ。

 

 それが睡眠障害の主原因である。だからこそ彼女と別れたことが、また僕の心に隙を作ってしまったのかもしれない。

 

 さて、僕の過去に起き、今も続いている超常現象は兎に角おいておき、今の話をしよう。

 浮かない顔に墨汁をぶちまけた様な顔で僕。幌萌創ほろもえつくるは大学2年の春休みを過ごしている。ただ文字と文字と、文字と文字に踊らされながらモラトリアムな時間をおくり、何も作り上げないまま卒業を迎えることへの恐れと戦いながら。人間は退屈、人生は怠慢。そんなことばかり考えて考えて、流れに身を任せて。地球に重力があるように人間の人生にも重力が存在する。僕はそれに任せて自動落下する、卒業という終着点まで落ちていく大学生活だ。

 孤独である。孤独な僕を慰めるために、現世と冥界の狭間のモノが見えるようになったというのなら勘弁してもらいたい。

僕はまだ死という終着点には着きたくないのだ。現世のモノだけを見て生きていたいのだ。

 幽霊たちと僕が違うところは、真の意味で孤独ではないということくらいであろう。孤独を心に抱くが孤立ではない、生きている人間であるからだ。

人と幽霊の間、時も場所も気にせず、僕はダラダラと生きている、劇作家を目指してますと格好つけて、ここにいる。人間はどんな生き方をしようと人と関わらず過ごすことなど不可能である。

 

 人は一人では生きられない。

 漢字の作りでも"人"は、1本の棒と棒が支えあっているとサラサラヘアーのある教師がドラマの世界で言っていた様に"人"は誰かと支えあって生きていくのである。言語と社会によるコミュニティーで生きている以上それは避けようがない。しかし英語で"人"は"human"。"man"と単数形であるのは言語圏から見てとられる文化圏の差なのだろうかと。以前友人の、班蛇口はんじゃくに聞いたことがあった。確か"human"は人間と動物を、生物として分けるものであり、『人は誰かと支えあって・・・』に合わせると正しくは"person"であると教えてくれたか。

 "son"も単数形じゃないか? と返せば、複数系で"people"を使うとかなんとか。よく覚えていないが取り合えず、英語は嫌いだ。ややこしいとオチついたと覚えている。

海外の女性には憧れを抱くが、出来れば日本語で会話したいものだ______

 

 と、長々と前口上を述べさせて頂きました。

 僕のパーソナルな出来事など、退屈でパッとしないものでしょう。

 それでも、一応。必要な情報だと思ったので______

 

 さて、モノローグを終えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の目の前に座る、班蛇口有栖はんじゃくアリスも。僕が気のない相槌をうつ間に考えていた長いモノローグを読み通しているかのように、夕暮れに染まる窓を眺め、


 「日本語は世界の言語の中でもtop classに難しいと聞くけどね、幌萌ほろもえ君。

 平仮名は50音、片仮名も50音。拗音を含めれば更に多い。それにplusして漢字もあるでしょう? 常用漢字だけで2000個以上ある上に、それが音読み訓読みと別の読み方を覚えなければならない。英語はだいたい2500単語くらい覚えれば日常生活に事足りるけど、日本語はその4倍覚えなければ新聞も読むことが難しいんだよ。

ちなみに私は今、幌萌君に話してますと。最初にしっかり明言したけど。『聞くけどね___平仮名は50音』と主語を抜いても会話が成立するでしょう? それも日本語を勉強する人には厄介なんだよ。『よろしく!』とか何を誰が、どのようにを略してお願いされても。questionじゃない?

『わかりました!』と何気なく返事を返す。 日本人は省略してcompactに言葉を伝えることが多いうえに・・・・・・」

 「うん、わかりました。ありがとう班蛇口」

 「ね、そうやって、お茶を濁すのも日本人特有のcommunicationなんだよ」


 班蛇口はんじゃくは、笑って僕のコンパクトな返事を濁したが。きっと怒ってはいない。


 「コミュニケーションね」

 「そうcommunication。repeat after me」

 「またにしてくれ」


 班蛇口は僕のあからさまに面倒な態度を怒らない、"良い奴"なのだ。それに甘えている僕は嫌な奴なのだろうけど、そういうスタンスを互いに理解しているから僕たちは友達として続いているのであろう。

 班蛇口は僕の疑問に"大いに"補足を加えて答えてくれ、上辺だけを聞き覚えて後はバッサリ忘れる人付き合いにコンパクトな僕に、話を合わせてくれる。時間も忘れて語り合ってくれる。僕は孤独な人間と言ったが、班蛇口との会話は独りの時間よりも大切な時間だ。

 それに見た目も良いのだからこの上ない。


 「まだ語学の単位取ってないの?」

 「班蛇口はんじゃく先生に教わった分は還元されないかな」

 「結果を出せばね。TOEFLでいい?」

 「・・・・・・後日お願いするよ」


 鞄から英語の教科書を取ろうとした班蛇口に、僕はやんわりと断りをいれる。

 春休みで人も疎らな大学内の空き教室で話し相手となってくれるのは、おそらく班蛇口だけであろう。

僕にとって大事な友人。

班蛇口有栖はんじゃくアリスに話したいことは、"人"という言葉の成り立ちについてでも、英語を教えてもらうためでもなかった。

 僕が最近体験した不思議な"人"にまつわる話をしようとしていたのだ。

 今まで"人"と支えあって生きてきたことが"あまり"実感出来ていなかった僕に、如何に人付きあいに倦怠感を覚える者であろうと。人である以上、"人"は一人では生きられないと教えてくれた"悪魔"の話だ。

僕に直接関わってきた超常現象、幽霊ではなく"悪魔"について。それを退治してくれた"鬼"のことも班蛇口には教えておこうと思う。

 傾く夕陽が差し込む窓ガラスたちに、はやされて、たった二人しかいない教室の電気を点けてまで長居するのも申し訳ないと思い、そろそろと僕は本題を切り出す。


 「______ドッペルゲンガーって知ってるか? 班蛇口」


 我ながら、ストレートに。脚本家志望ならもう少し上手い前置きをしろよと、自己批判を交えながら苦笑いした。


 「______勿論、知ってるよ。自分に瓜二つ、ソックリな生霊______まるで影みたいに表れて、その人間の死を予兆するという話でしょう?」

 「そこまでは知らなかった」


 ドッペルゲンガー、自分を鏡で映したようにソックリな存在。おそらくUMA的な存在で物語上の存在かとタカをくくっていたが、その物語が現実になったのだ。

 そう、僕のドッペルゲンガーが目の前に現れたのだった。


 「僕はそれに会ったって言ったら正気を疑うか?」

 「Wow......随分面白そうな話じゃない。Let me!」


 発音の良いカタカナ文字を発し、綺麗なグリーン色の班蛇口の瞳が細まる。机に肘をつき前のめりに姿勢をもっていった班蛇口の大きな、大きなお胸がズシンと机に乗っかり、軋み音を立てた。1度だけ写真で班蛇口の"マミー"を見せてもらったことがあるが、今年20歳の娘を産み育てたとは思えないほどに若々しく、セクシーであった。金髪碧眼の美熟女様であった。

その母親から継いだ遺伝子を班蛇口もまた、その身に宿している、班蛇口有栖はんじゃくアリスはハーフなのだ、日本人の父とアメリカ人の母を持つ2世。産まれは向こうで育ちはコッチ。

海外の女性に憧れを抱く僕からすれば、班蛇口は日本語も堪能で、理想的な女性である。ハーフタレントとして明日にでもメディア露出が可能なくらい綺麗でプロポーションもいい。綺麗な女性をソバに置きたいという男性の下衆な下心を出して申し訳ないが、それも含めて、班蛇口は理想的な友人である。

 僕はソレを踏まえた上で班蛇口を女性としてだけではなく、大切な友人として、もっと仲良くなりたいと思うのは彼女の内面が、それ以上に劇的だからである。

 髪は日本に溶け込みやすいようにと子供の頃から今まで黒色に染めているらしく、瞳も公的な場では黒色のカラーコンタクトを填めるとか。今の日本社会でこそグローバル化の波に乗り、国内で外国人を見かけることが珍しくなくなったが。小学校、中学校と日本の公立学校に通っていた班蛇口は、そこで子供たちの数奇なモノを見る目に苦しんだと以前教えてくれた。

 子供社会は残酷で封鎖的だ。鎖国中の日本では外国からの異人を髪の色や、瞳の色、身体の大きさから"鬼"と表していたと聞いたことがあるが、アメリカ人の母を持つ班蛇口もまた、鎖国される日本の公立学校コミュニティーの中でもかき苦しんだのである。今でこそ過去の話として僕なんかに教えてくれたが、その話をするときの班蛇口は酷く苦しそうで、友達として見るに耐えなかった。

 だから、明言できる。僕は班蛇口と友情を築けると。正直、彼女のパートナーとして僕は不釣り合いだ。そんな過去を含めて支えてあげられる自信がない。彼女の横で、与えられるモノなど僕にはないのだ。友人として面白い話を提供する以外には・・・・・・


 「どうしたの? 幌萌君。タメ息が漏れてるよ」


 エメラルドグリーンの瞳が僕の心を揺さぶる。優しい色の、荘厳な草原を思わせてくれる班蛇口の瞳はとても綺麗だ。吸い込まれそうになり、その草原で横になりたいと思うのも無理はない。

 そうだ。別れた彼女の瞳も同じように美しかった。

 班蛇口の瞳は淡い、癒しの緑色だとすれば、

 彼女の瞳は漆黒の黒。何色にも汚すことを許さないディープダーク、黒曜石の様な瞳。凛と輝く孤独な黒。

 僕は目にフェチズムを覚えるようだ。

 いらない情報だったかな?


 「幸せが逃げていくなぁ、これ以上に」

 「タメ息が幸せを1つ逃がすって俗説だよね、しゃっくりを100回したら死ぬくらいの」

 「1度数えたことがあるよ、でも意識すると結構早目に止まっちゃうんだよな」

 「新しいしゃっくりの止め方を発見したね」

 「今度試してみて。しかし、幸せって数で数えれるモノなのかな? 人間の一生で幸せとカウント出来るものはいくつあるんだろうか」

 「3つ」

 「少ないな、何処の情報だよ」

 「私の情報だよ」


 たった3つしかない幸せを、いま僕がしゃっくりをしたことにより、1つ逃したとすれば大事だ。あと60年近くは生きるというのに、やはり俗説であることを強く願いたい。


 「人間として産まれたとき

___好きな人と結ばれて子供が出来たとき

___そして生涯を全う出来たとき」

 「ロマンチストだな、班蛇口」

 「mommyの言葉だけどね、だから大丈夫。幌萌君は幸せを、まだ逃がしてないよ」

 「慰めに聞こえる」

 「ひねくれてるね、幌萌君は」 


 演劇をやる人間は、みんな何処か可笑しくないと帳尻が合わない。人前で台詞を大声で発するなんて、普通の神経ならば誰もやりたがらないものだろう?

 ひねくれものの寄せ集めが僕が大学で所属している演劇部なのだ。その副部長である僕はひねくれものの代表格といえよう。


 「演劇部なんで」


 と、返せば。


 「違うよ、君がジャンヌダルクだからだよ」


 と、返された。僕にオルレアンを解放する力はないよ、班蛇口。


 「どういうこと?」

 「自分の能力や個性を、何かのせいにするってこと。

 ジャンヌダルクは神の声が聞こえたからフランスを救えたんじゃない。感覚が普通の人間よりも数倍優れていたんだよ。普通、人間は脳を10%しか使えていないからね______」

 「でも、最近の定説では脳は随時40%くらい使えているらしいぞ」

 「Ohh・・・・・・よく知ってるね。その通り。でも創作家らしからぬ発言にも聞こえるけど」


 班蛇口はクスクスと笑い、僕の右手の甲をつついた。

 その手で書いた御話は、もっとロマンあるものだよと言わんばかりに。

 僕が初めて書いた劇作を最初に見たのは、班蛇口だ。

 あれはどんな話だったか。

 たしか、F・K・ディックの作品に影響を受けたアンドロイドと人間の恋物語だったかな。


 『___僕のボディが壊れてしまったのでしょうか? 身体から込み上げるこの熱はいったいなんなのでしょうか』


 もし公開に繋がっていたのなら、きっと後悔していたであろう。歯が浮くほどのストレートな台詞が衆目に晒されていたということになる。

 あの作品は僕のパソコンに眠っている。これからも、永遠に。


 「___僕は貴女に恋をしてしまったのかもしれません。だったっけ、アンドロイドの台詞」

 「お前の記憶力を呪いたくなる。正しくは______」

 「______なに?」


 ______僕は貴女の翡翠の瞳に恋をしてしまいました。


 続けようとした台詞を呑みこみ、顔を反らして誤魔化すように話を戻す。

 恥ずかしい、面と向かって自分の描いたキャラクターの台詞なんて言えるわけがない、班蛇口有栖には特にだ。


 「最近の定説はあくまでも"今"まで。明日には変わってるかもしれない。それに自分達は利口だと思ってる連中の研究結果や記事なんて端から信用できないだろう?」


 最近の定説。

 らしい。ひねくれものなので最後に余計な言葉を添えた。

 僕は信じていなかった。信じることでファンタジーが減るから。60%使えればモノを自在に操ったり出来るようにならないと、サイキック物が廃れてしまう。宇宙の光線を浴びてスーパーパワーを手に入れるのは古いネタ元だ。観ている人たちにも、もしかしたら自分も脳をフル活動出来たらスーパーパワーが手にはいるかもしれないと錯覚させねばならない、信じこませねばならない。

 未知の領域は科学と情報伝達力の発達によって踏破され続けている、世界地図を見れば地球の反対側の地名がわかるし、動画をサーチすればどんな国で、何語を話すのかも見れてしまう、聴けてしまう。生きているうちに行くこともない国のことまで調べてしまうんだ。人体のことなぞ、いの一番で解明しなければならないことだろう。

 奇跡でまとめればロマンチックなのに、人間は智識欲の権化である。勿論、僕も班蛇口も。

 それが核心に変わったのは、やはりあの"鬼"のお陰なのかもしれない。

 悪魔ドッペルゲンガー退治が出来たのは脳ミソをフルに使えるからだと、あの"鬼"は当然の様に言ってのけた。その証拠を目の前で見せつけられ。信じられないなんて言えなくなった。

 僕が不思議なモノを見るようになったのも、脳の稼働率が上がったからだと論じられた。

 不思議が不思議を呼び寄せる。人間の叡智がこの世界の謎を毎秒100個解き明かすならば、謎はその倍増え続ける。

 だから僕は物書きをしている。謎や不思議を増やす手助けをしている。それが呼び寄せるキッカケになると信じていて、そして結果として呼び寄せることが出来たのだから。僕の夢は続いている。

 人間の力は神をも越える。そんな恐れ多いことをあの"鬼"は確信に満ちた瞳で語る。ビーナスの様に描かれた口で、アキレウスよりも豪胆なその拳で、ダヴィデ像が石の塊にしか思えなくなるその肉体で。


 「私も同意見。人間の可能性も、自分の可能性も。無限大でいいと思わない?」

 「バカっぽいけどな」

 「でしょ?」


 丁度よく夕陽が班蛇口の後ろから射し込んだ。後光がさしたように班蛇口の輪郭だけが浮かび上がる。真っ黒な人間の影となって、その影が僕の身体を包み込む。


 「幌萌君?」


 影が僕に話しかける。暗闇が僕に問い掛ける。


 『鏡を見て、もう一人の貴方を。貴方は独りじゃない』


 鏡うつしの悪魔は、僕にそう遺した。もう一人の僕を写して、割れた鏡の悪魔・ドッペルゲンガー。僕の代わりに壊れてくれた優しい貴方。


 「そろそろ、場所を変えようか」

 「解散?」

 「いや、肝心の物語を語ってないから___ご飯に行かないか、班蛇口」


 二人しか使ってない教室の電気を点けることには抵抗を覚える。大学だろうが真っ暗になった廊下を歩くのは、やっぱり怖い。テレビを観てるときに現れた日本兵も、夜の校舎に出てきたら悲鳴をあげてしまうかもしれない。


 「この後どう?」

 「喜んで、幌萌君」

 「主語と動詞が抜け落ちてるよ、意味は伝わるけどね」


 橙色の光が朱に変化していく教室を後にする事にした。結局出来ず終いな、ドッペルゲンガーに関わる僕の身に起きた不思議な話は後ですることにして______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ウェイクアップッ! プッ! プッ!』

 「汚い! 唾をとばすな!」

 『貴様っ! 軍曹に向かって何たる口の聞き方かっ! メガネ岩の刑に処してやるっ!』


 今日は夢を見られたようだ。

 ソファで寝始めてから1週間近く経つがやっと見ることが出来た。

 さてどんな夢かな。しっかり記憶しておこう。

 先ずは軍服をきた軍曹と名乗る男・・・・・・よくみたらジャガ芋だな。目と口がついたジャカ芋が目の前にいる。ジャガ芋軍曹が僕に向かって唾を飛ばしながら叫んでいる。ジャガ芋軍曹の声しか聞こえないから気がつくのに遅れたが、どうやらここは戦場の様だ、僕も軍服姿である。

ミリタリーモノの夢か、たぶん寝起きが最悪だな。


 『さぁっ! コンクリートブロックバックマウンテン目掛けて俺を撃ち込めっ! キョウタロウッ!』


 夢の中の僕の名前はキョウタロウと言うようだ。ジャガ芋軍曹、略してジャガ軍曹は自ら大砲に入り込み、自身を砲弾として目の前にそびえ立つコンクリートの壁を壊せと命令している。


 『ポテトゥ! トゥ! トゥ! トゥ! ポテトゥ! トゥ! トゥ! トゥ! トゥ!』

 「点火しますね」


 何やら面白い軍歌の様なモノを歌いながら気持ちを高めているジャガ軍曹の装弾された大砲に近寄ったものの。肝心の火の付け方がわからない。

 わからないまま時間が過ぎていくと、気づけば僕の視界は目の前に聳えたっていたコンクリートブロックの上にあった。立ったまま、僕は遥か下を見下ろしている。大砲の前で頭を悩ませる僕と唾を飛ばしてそれを叱咤するジャガ軍曹を見下ろしながら______

 

 コンクリートブロックの上に立つ僕はコンクリートの塊を僕とジャガ軍曹目掛けて投げ下ろした______






 「神様です、間違えました天照大神です」


 投げ下ろした瞬間に目の前に白い羽衣を着た綺麗な女性が現れた。

 班蛇口だ。班蛇口有栖の顔をしている綺麗な天女様だ。


 「太陽を遮る、壁に立つ。ソナタは我が夫か?」 


 僕の周りをクルクルと飛び回る、尊大さを醸し出す喋り口で班蛇口の顔をした神様に。

 壁の上に立つ僕は両手を上げながらこう告げていた。


 「そうです、私は貴女のかいわれ大根です」


 と。腕をしなしなと踊らせながら。

 その言葉に喜んだ様で、速度を上げた班蛇口"神"は、目にも止まらぬ速さで更に上空へと飛んでいき______やがて姿が見えなくなった。

 

 この夢が暗喩しているのか、僕の深層心理のみが知る。 

 

 ただ今日の夢は。ドッペルゲンガーの件と密接に関係してるということはわかった。グチャリと音を立てて僕が投げたコンクリートの塊で潰れたジャガ芋ともう一人の僕。

 コンクリートブロックの遥か下は、彼らから染みでた1面の真っ赤な朱で埋め尽くされていた______

 

 

 

 

 

 

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