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鬼伝シリーズ  作者: 春ウララ
鳥鬼伝~LEAP~
17/29

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1

 

 

 ______

 

 

 誰にも、忘れ去りたい過去がある。

 

 

 ______

 

 

 

 

 

 上鬼柳瑠花かみおにやなぎるかが、出掛けてから1週間は経つ。

 メールもLINEも返信なく、連絡のつきようがない。もしかしたら、もう2度と僕の目の前に現れないのではと思った。そもそも彼女との出会い、知りあい、住まい・・・・・・そんな偶然の出会いが"日常"になりつつあるのが、そもそもの間違いだった。そう自覚し、自認し、悔い改めて。

 グルグルと頭の中を負の考えがデフレスパイラル。

 蒔苗結那まかなえゆうな、先日晴れて大人の仲間入りをした、伊予山篝いよやまかがりと交互に、共に。酒類を嗜み。退廃的な夜を過ごし、独りを誤魔化すためにと金銭的にも乏しくなってきた。

 そんな矢先、こんなメールが届いた。

 

 『わりぃ! 県警に捕まっちまった。まあ、そのうち帰るわ!』

 

 ・・・・・・一体、何したんだあの人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「悪いな、伊予山いよやま。バイトで忙しいのに」

 「いえ! 幌萌ほろもえさんの誘いなら、何時でも! 何処でも! 夜中でも・・・・・・私は駆けつけますよ」

 「・・・・・・露骨だよ」

 「・・・・・・ 結那ゆうな、黙れよ」

 「ん? 伊予山なんか言ったか?」

 「さて! 幌萌ほろもえさん、何か飲みたいものありますか?」

 「スポーツドリンク以外なら何でも」

 「じゃあ、買ってきますね!」

 

 とある日曜日。某大学の体育館。

 僕は、蒔苗と伊予山を伴い、バスケットボールの試合を観に来ていた。

 後輩女子二人を連れてくるには些か場違いな場所であるが、

 

 「灰沼はいぬま先輩の試合は?」

 「あれの後だよ、真ん中の」

 「それでギャラリーが増えてきてるんですね」

 

 僕の隣に右隣に座り、膝の上に置いたポップコーンを摘まむ、蒔苗結那まかなえゆうなはクルリと首を回した。

 確かに、大学バスケットボールの一試合を観に、ここまでの観客は集まらないであろうか。普段はどれほどの人が来るのか知らないが、精々関係者くらいであろう、実際他のコート近くは空席の方が圧倒的に多いくらいだ。

 それが僕たちの回り、真ん中のコート近くはどこもかしこも満席状態である。

 第4クォーター残り3分弱。接戦の中汗を流す女子選手たちを見ている者は殆どいない。

 

 「鼻高はなたかですか?」

 「ん?」

 「灰沼愛鳥はいぬまあいちと僕は、友達なんだぞ! とさけびたい気持ちですか?」

 「そんなことするか。灰沼はいぬまに後でぶん殴られるよ」

 「私は叫びたい気持ちです」

 「・・・・・・やめろよ?」

 「蒔苗結那まかなえゆうな19歳! サインもあります!」

 「何のだよ。将来、役者として売れたときのか?」

 「いえ・・・・・・婚姻届の・・・・・・私の将来の夢はお嫁さんです」

 「ギャグにしては重いよ」

 「身持ちがいいと言ってもらえませんか、ほらこのとおり」

 

 そう言い、蒔苗結那は自身の手提げ鞄の中から1枚の紙を取り出した。

 

 「それ、この前の舞台で使った小道具だろ?」

 「入れっぱなしだったんですよ」

 「今ここで出すなよ、お前と僕のみたいじゃないか」

 「・・・・・・いやですか?」

 

 両手に婚姻届を持ち、上目使いで僕の顔を覗きこむ蒔苗結那。

 目が完全に笑っている。

 

 「冗談でも、こんなところでプロポーズするやつがいるか?」

 「でも、米国プロバスケの試合でやったカップルがいるらしいですよ」

 「その手のサプライズは嫌いだな」

 「そうでしたっけ? たしか・・・・・・」

 「おい、その話はするな」

 「何の話ですか?」

 「とぼけんな」

 

 幌萌創ほろもえつくるが実際に行った告白。

 相手の誕生日 (クリスマス)に、横浜の赤レンガ倉庫にたてられたクリスマスツリーの前で______。

 どうして、こいつに教えてしまったのだろうか。ことあるごとに弄られる。

 相手と破局した今でも・・・・・・。

 

 「友達なくすぜ」

 「ごめんなさい、でもこの宙ぶらりになったコントはどうヲチをつけるんですか?」

 

 二人の男女の一生を決める紙をヒラヒラと遊ばせる蒔苗。

 

 「お前が始めたんだから、お前で落とせ」

 「いやですよー、相方じゃないですか。笑いの共同作業をしましょうよー」

 「お前とコンビを組んだ覚えはない、さっさとその紙仕舞えよ」

 「全く、これだから先輩は。即興劇を後輩にやらせるくせに、自分はてんで出来ないんですから」

 「出来ないことはない、やらないだけだ」

 「ニートの発想ですよ、やろうと思えば出来るって」

 「・・・・・・ずいぶん喰ってかかるじゃないか?」


冗談半分には聞き流しがたい、言葉に少し喧嘩腰に返してしまったが。対して蒔苗は、紙に目を落とし、


 「もっと楽しみましょうよ。日常に転がってる小さな芝居劇を見つけていきましょうよ。ねえ、幌萌先輩。

 私は、別にプロになりたい訳じゃないんですよ。

 こうやって毎日誰かと過ごすフツーの日に。1話1話の毎日が実は、1本の名作を作り出すプロローグであると信じているんですよ、私は。

 突然、宇宙船にさわられたり。道を歩いてたら異なる世界に招かれたり。事故で死んだら神様から間違えたって言われたり。

 そんな特別を作り出す必要もなく、毎日がファンタジーだって。たった二つの座席に腰かけた男女が話し出す。

 そのキッカケから何が生まれるのか・・・・・・私はそれを演じたいだけなんですよ」

 「・・・・・・」

 「エンターテイナーですからね、幌萌先輩。貴方も認める」

 「僕がね・・・・・・」

 「最近、何か暗いですよ先輩」

 

 まさかね。コイツは僕が最近気を落としていたのをわかっていたのか?

 上鬼柳瑠花かみおにやなぎるかが遠出して。自室に帰ると明かりを絶やさぬ毎日に、疲れてきていたことを。

 黒い影に怯えていた、どこから現れるかわからない不思議な存在たちに過剰になっていたことを。

 

 周りの機微に過剰になっていた今日の僕には、こちらに向かう1つの人影を認識していた。

 

 「・・・・・・1つ、ヲチを思いついた」

 「おぉ! それでこそ先輩だ! どんなどんな!?」

 

 キラキラと輝かせた蒔苗の瞳を一瞥し、遊ばせていた紙を僕は掴んだ。

 

 「・・・・・・結婚しよう」

 「・・・・・・へ?」

 「へぇ!?」

 

 瞬間。僕たちの回りに座っていた見知らぬ観客たちも一斉に僕たちを見た。

 こんな何の変鉄もない日曜日、大学内の体育館で。

 まさか"結婚"という言葉が聞こえるなんて思ってもいなかったであろう。

 ガタンッ!

 何かが落ちて、椅子に当たる音がした。

 落とした物はペットボトルのオレンジジュース。

 落とした主は、それを買いに行っていた伊予山篝であった。

 

 「・・・・・・ケッコン?」

 「え、え、え、えええ? いや、篝ちゃん。これはね、これは・・・・・・えっと」

 

 蒔苗は突然、顔を青ざめて伊予山の方を向いて言葉を出そうと、している。

 対して、伊予山は婚姻届を持った僕と蒔苗の顔を交互に、何度も見つめ、見つめて。

 

 「・・・・・・チャンチャン」

 「ヲチないよっ! 先輩! いや違うの、違うんだよ篝ちゃん。この紙はね、私の鞄に偶然入っていた紙であって。何も本物じゃないんだよ! 小芝居だよ! ちょっと遊びでやってただけなんだよ! ねえ、お願い! 戻ってきて! 篝ちゃん!」

 

 ワーワーとわめきたてる蒔苗に衆目の注目は集まり、やがて離れていく。

 しかして、どうしてかわからぬが。

 伊予山は何時までも放心状態で蒔苗に肩を揺さぶられていた。

 それほど、僕たちの小芝居の出来が良かったということなのだろうか・・・・・・

 取り合えず、灰沼の試合が始まる前に用を足しておこうと僕は二人を置いてトイレへと席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 ______バサリ。

 

 ______バサリ。

 

 トイレの外から何か音がする。

 僕は、小さな小窓から顔をのぞかせると。

 1羽の、からすがいた。

 烏は羽を羽ばたかせながら、隣の壁をジーッと見ている。

 僕の目線に気づいたのか、烏は僕の方を向いた。

 

 真っ赤な目。

 充血しているのではなく、実際は黒いはずの烏の目が全て真っ赤なのである。

 僕は驚き、窓を閉めた。

 不吉、不気味。真っ赤な目の烏なんて今まで見たことがない。もしかしたら種類としているのかもしれないが。

 それよりも、僕は"現存"することよりも"不可思議"なモノではないかと考え、感じてしまった。

 

 出よう。離れよう。

 僕は直ぐにこの場から逃げようと手を洗い、駆けるようにトイレの外へと出ると。何かに足が引っ掛かり躓いてしまった。

 引っ掛かったモノを確認するように振り返ると。

 

 女性がトイレの前で座っていた。

 それだけではない、その女性は僕がよく知る女性。

 

 灰沼愛鳥はいぬまあいちがトイレの壁にもたれ掛かり、足を伸ばして座りこんでいたのだ。

 バスケのユニフォームのわきから真っ白な肌を晒して、ぐったりと目を閉じたまま。

 

 「灰沼っ!」

 

 ただならぬ状態の灰沼の肩を抱き上げ身を揺らす。

 ズッシリと腕に重さがのし掛かり、僕は声を荒げた。その声にピクリと動いた灰沼の目蓋は、ゆっくりと開かれる。

 

 「・・・・・・あれ? 幌萌じゃん・・・・・・どうしたの?」

 「どうしたのじゃない!? まて、今。人を呼ぶから」

 「何で・・・・・・?」

 「何でって・・・・・・! お前、こんな・・・・・・」

 「ああ・・・・・・平気だよ・・・・・・大丈夫、ちょっと貧血になってただけだから」

 

 そう言い、僕の手を掴んだ灰沼は糸を引かれたようにスクリと身を起こした。

 僕の手には灰沼の冷たく、白い肌の感触が残っていた。

 

 「大丈夫なわけあるか! 医務室に運ぶから・・・・・・」


 僕は灰沼の肩を抱き、連れていこうと1歩前へ踏み出そうとしたが。

 灰沼は動かなかった。

 

 「大丈夫だよ、アタシの身体は。アタシが一番よく知ってるから」

 「でも・・・・・・!」

 「大丈夫だから、大きな声出すなよ。幌萌、平気だよ。騒がないでいいから」

 

 ハッキリと、しっかりと。灰沼は僕の言葉を制した。

 

 「灰沼・・・・・・」

 「アタシの試合観に来たんでしょ・・・・・・ありがとう・・・・・・優しいね、幌萌は」

 「そうだよ、でもそんな状態で試合なんて」

 

 確かに、地に足をつけて立っている今の灰沼は万全のようにも見えなくはない。

 でも、冷たい。

 灰沼の身体はおよそ、人間の通常時の体温から感じ取れる温もりを感じなかったのだ。

 それなのに、僕は。

 

 「ほんじゃ・・・・・・いっちょ50得点決めちゃおうかな! 見てなよ、幌萌。アタシの力をね______」 

 

 意気込む灰沼が離れていくのを見送ることしか出来なかった。

 跳ねるように、飛ぶように。灰沼愛鳥はコートへと走り去っていく。

 僕に残ったのは言い様のない、不安感と。

 奇妙な感覚。灰沼から感じ取った冷たさと、窓の外に見た赤い目の烏を見たときの悪寒が、僕には似たように感じたのだった。

 僕は1度、外に出てトイレの外側に回り込む。

 

 あの烏がいたところ。女子トイレの壁の前に、1枚の真っ黒な羽が落ちていた______

 

 試合は灰沼の大活躍によりチームは大勝した。

 本当に灰沼愛鳥は一人で50得点を決め、試合は圧勝だった。

 

 トイレでの出来事などなかったように。

 灰沼の顔色は紅潮し、絶好調のまま彼女はチームメイトと勝利の喜びを味わっていた。

 

 僕は外に落ちていた1枚の黒い羽をソッとポケットに仕舞いこんだ______

 

 

 

 

 

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