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鬼伝シリーズ  作者: 春ウララ
人鬼伝~INTRODUCE~
14/29

6

6

 

 

 

 

 

 

 

 ______

 

 

 人々は悲しみを分かち合ってくれる友達さえいれば、悲しみを和らげられる。

 

 ___ シェイクスピア 

 

 

 ______

 

 

 

 3階建ての3階。斜陽に聳え立つ塔の階段を僕は1段1段上っていく。老朽化した旧美術棟、本校舎とは少し離れた場所にある、ここで行われる授業は音楽や美術などの限られた講義でしか使われず、そのために空き時間等で演劇部や合唱部の声だしや、備え付けられているピアノを弾く学生が有効活用しているため。ほとんど学校側には無用の産物となっているこの校舎を壊さないようにと学生たちから声が上がっているようだ。

 だが、放課後にまで私用で使用しているのはよくない。どの部の人間であろうと注意はしておこうか。と、旧校舎3階のドアを開けると、

 

 「"豪奢なドレスが似合いませんよ伯爵嬢"・・・・・・"貴方こそ、そんなに薄い布切れで我が剣を遮れると思うのか?"・・・・・・"ああ、美しいテ______」 

 「おい、後輩。それ以上続けるな」

 

 僕の顔見知りであった。顔見知りも顔見知りであった。

 

 「その声は、幌萌ほろもえ先輩ではないですか。お疲れ様です」

 「蒔苗まかなえ・・・・・・何してんだ?」

 「本読みです、素晴らしい脚本を見つけたので声に出していました!」

 「素晴らしい脚本と言って僕をおだてれば怒られないと思ったか?」

 「おや、これはもしや。幌萌先輩の脚本でしたか! こいつはうっかり」

 「帰って水戸黄門でも見てろ」

 「それはそうと、先輩は何をしにきたのですか?」

 

 舌をペロリと出して僕が以前書いた脚本を置き、蒔苗結那まかなえゆうなは僕へと振り返る。いつもの蒔苗だ。僕としては、親よりも見ている顔かもしれない。いや単身上京しているのだからそりゃ当然なのだが。

 一応、蒔苗の容姿をある程度説明しておこう。大学デビューと言って髪色は明るい茶色に染め、セミロングのシャギーカットでコンプレックスだという太い眉を隠しながら、少しつり目がちな目にかかるか位の前髪の長さ。よく言えばアイドルらしい顔立ち、身近にいる可愛い女の子。悪く言えば、RPGの町娘、何処にでもいる普通に可愛い子。可愛いの基準は人それぞれあるだろうが、蒔苗結那はその基準値ジャストな顔と言えば収まりがよいだろうか。後輩を捕まえて酷い言い種で説明しているが、僕と蒔苗の間柄はフランクなものなのである。

 

 そして性格は至ってシンプル。人懐っこい奴だ。そして、才能のある奴だ______

 

 「まさか、私に会いに!?」

 「・・・・・・それはあながち間違えではないかも」

 「そうか! ・・・・・・やはりそうでしたか。むむっ、そういう兆候でしたか」

 「兆候?」

 「ええ! 最近、幌萌先輩から随分食事に誘われるので、何かあるのかと不思議に思っていたのですよ」

 「おお」

 「寂しいからと」

 「おおっ!」

 「私に鞍替えしようとしてたと」

 「おお?」

 「血ヶ平先輩に無視され続ける数ヵ月・・・・・・気づけば先輩のすぐそばにいてくれる優しい優しい、そして可愛い後輩の事が気になり出してしまった・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「恥ずかしながら、私もそんな幌萌先輩を憎からず思っておりましたモジモジ・・・・・・さぁ、どうぞ」

 「・・・・・・」

 「おいおい、先輩。緊張するのはわかりますが、黙ったままでは女性に恥をかかせますよ」

 「もう、大恥かいてるよお前は」

 「恥は書き捨て!」

 「ポーズを取るな!」


 蒔苗結那まかなえゆうなはこういう女の子だ。ちょっと頭が常夏気分な、とにかく明るい蒔苗さんだ。僕たち演劇部では"蒔苗劇場"と呼んでいる。放っておけば妄想力と行動力で1時間は単独エチュードを続けられるポテンシャルの持ち主。

 こいつは周りの人間を明るくさせる才能を持っている。人として、とても尊敬でき時には嫉妬感すら覚えさせられる明るさだが、そんな心も蒔苗と話していると忘れてしまう。

 確かに、今の僕には必要な存在なのかもしれないな。グリコのポーズを取る蒔苗結那を僕は生暖かい目で見守る・・・・・・

  

 「しかし、そんなに暗い顔してどうしました先輩」

 「いいや、ういろう売りでもと思って」

 

 そんな適当な嘘に蒔苗はのってくる。

 

 「拙者、幌萌と申すお立ち会いのうちにご存知かと思いますが、北海道を経って数百里上方。班蛇口はんじゃく先輩、灰沼はいぬま先輩、かがりちゃんとの交遊を経て、血ヶちがだいら先輩に振られる候」

 「おい、ざけんな蒔苗。ここは元は音楽室だぞ。防音設備の」

 

 僕がコキコキと指を鳴らすポーズをとると、

 

 「どれだけ、私が助けを呼ぼうと。嬌声を挙げようと誰も気づかないですね!?」

 「興奮すんなよ、逆に引くわ」

 「残念、今日はスポブラなんです・・・・・・御期待に添えなくて申し訳ない限りで候」

 「期待してねえよ!」

 「血ヶ平先輩は黒のレースか、真っ赤なガーターベルトを愛用してたんでしょう? 私の下着なんかでは反応もしないですよね幌萌先輩クラスになると」

 「してねぇし! するよ!」

 「じゃあ、どんなのしてました?」

 「グリーンの・・・・・・って言わせんなよ、コラ」

 「うん? 私のを見たいんですか?」

 「遠慮します、僕が悲鳴をあげてやる。逆セクハラスセメントに対して」

 「でも、幌萌先輩のブックマークにはその手のシチュエーションのエッチなページがやや優勢でしたよ」

 「お、お前!」

 「調査済みですっ、いたい! 殴りましたね!? グーで! しかも、親指ニョキっとさせて! 外国に行ったらそのジェスチャーはアウトですよ。僕を掘ってくださいの隠喩ですよ」

 「ここは、ジャパンじゃ!」

 

 来て正解だった。お前がいて助かった。

 冗談で言っていたが、蒔苗の明るさと人懐っこさに僕は本当に救われている。

 僕や血ヶ平を慕って、直ぐに一緒に飲んだり、遊んだりした去年から1年間。何度か二人だけで遊びに行くのを血ヶ平に白い目で見られて"コツン"とされることがあるほどに、血ヶ平と僕の関係を知らない部の人間からは付き合ってるかと疑われるほどに一緒に居た。気づけば僕は殴られた頭をおさえる蒔苗を見て笑っていた。今日初めての笑顔かもしれない。

 

 「流石、"命令されると、身体が震えちゃう・・・・・・! 命令されるのも興奮しちゃうドSJKが、彼氏の調教に喘ぎ声が止まらない!"をブックマークしているだけはありますね、私の痛がる姿に興奮を隠しきれないようだっ!」

 「天誅っ!」

 「いたいっ! 馬鹿になる! 2度も殴るなんて、ブライトさんにも殴られたことがないのに!」

 「微妙に違うし、大丈夫。お前の脳細胞は刺激に対して喜びのエンドルフィンを出しているよ、僕には見える」

 「止めて! 私の脳ミソを覗かないで! 脱ぎますからっ!」

 「脱ぐな」

 

 "蒔苗劇場"は今日も絶好調だ。エンドルフィンなんて四六時中出しているんじゃないか、この子は。

 

 「しかし、僕の書きかけの脚本を勝手に朗読するのはやめてくれないか? お前にならいいが、他人に見聞きされるのはだいぶ恥ずかしいんだが」

 「それは失礼しました、そうですね。でも素敵な物語じゃないですか、胸を張っていいと思いますよ『ガリアの華と地』。次の脚本候補に出してみたらどうですか?」

 

 いや、それは出来ない。

 その本をやるには"役者"が揃っていない。

 その本は"ある女性"の魅力を最大限に出そうと書いた脚本だ。その女性が、居ない今となってはやりようがないだろう。

 

 「・・・・・・考えとくよ」

 「やった!」

 

 ピョンっと跳ねた蒔苗は、僕に書きかけの『ガリアの華と地』を返してくれた。

 

 ______ガリア王国に美しい戦乙女がいた。

 

 ______剣に身を捧げたその少女は戦いに明け暮れた。

 

 ______彼女の目の前に一人の男が現れた。

 

 ______少女のフィアンセとなるブリタニア皇子に使える若き将軍。

 

 ______少女は初めて敗北した、その男の指揮する部隊に。

 

 ______少女は初めて恋に落ちた。その男の真摯な瞳に。

 

 もしも、"あの女性"が戻ってきたのならば、僕はこの本を贈りたいと思う。

 そんな願いも叶わないほど、彼女との交流は閉ざされてしまっているが______

 

 「・・・・・・お前はお手頃感があるよな」

 「酷い! 凌辱された!」

 「確かに酷い言い方だか、お前の表現の方がだいぶ酷い!」

 「どうせ、私は幌萌先輩の愛玩具ですよーだ」

 「ちょっと、頭に酸素がいってないんじゃないか? そんなワードばかり出して・・・・・・」

 

 僕は教室の窓へと手をかけ押し開くと、風と共に桃色の葉が入り込んできた。稽古場の窓を開けると満開の桜が目の前に。

 髪をかきあげ、僕は携帯を取り出しカメラを起動させる。

 今朝撮ったように、春の風雅を1枚におさめる。

 

 その横で、蒔苗は入り込んだきた桜の花弁を1枚拾い上げた。

 

 「桜の葉の感触を知ってます?」

 

 小さい花弁を細い指で拾い上げ、捏ねるように蒔苗は葉の感触を確かめる。

 

 「小学校の時に触った感触が今でも忘れません。柔らかくて、優しい。儚い・・・・・・そんな感動を覚えています」

 「・・・・・・僕は覚えてないよ、そんな昔のこと」

 「触れれば覚えますよ。写真を撮るんじゃなくてね」

 

 クスりと頬笑みを浮かべる蒔苗結那は、その葉を手の平に置きなおし、窓の外へと吹き飛ばした。風に乗り、1枚の葉は、ゆらりゆらりと宙を舞い。やがて遠くへと姿をけしてしまった______

 

 「・・・・・・お前はほんとに面白い奴だよ」

 「エンターテイナーなので」

 「本当にな」

 

 外を見ればスッカリ陽も暮れて、街灯が照り暗闇を誤魔化す。

 

 「今日も飲みにいかないか? 蒔苗まかなえ

 「いいですよ、幌萌先輩ごちそーさまです」

 「調子イイヤツ」

 「私は幌萌先輩の最後の砦ですからね」

 「何の話だ?」

 「まあまあ、100年たったらその意味わかるよ」

 「何で寺山だよ・・・・・・」

 

 長い1日が終わりを告げる。

 戯言を並べて、他愛ない言葉で一通り僕の周囲の人々に廻り合い、紹介した。

 特に何事もなかった日常に。

 

 陰りが差すのはこの後か______

 

 

 





人鬼伝 -終-

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