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・・・・・・君の、特別になりたいんです
___我が告白より、抜粋。
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意識がハッキリしたとき、僕は豪奢な椅子に腰かけていた。
金銀の装飾品、見るからに高そうな壺、絵画。それらが飾られた部屋の椅子でうたた寝をしていたようだ。
「______お目覚めですか? カエサル様」
「・・・・・・カエサル」
"カエサル"と僕のことを呼ぶ女性は、幾何学的な模様に刺繍された絨毯にくるまり、僕の目の前に現れた。絨毯の下は素っ裸である。
「・・・・・・クレオパトラ?」
「おおっ・・・・・・そうです、私の名を。ご存知でしたかカエサル様。私の事を」
「そなたが・・・・・・」
「ええ、ナイルの水より澄んだ心身は、ギザの墓標よりも尊大で。我が肌の余りの滑らかさにラーの心は悩まされエジプトには雨が降るのです・・・・・・」
そう言い褐色の珠の様な裸足をさらけ出し、僕の前へと一歩進み出るクレオパトラ。
いや、クレオパトラか。確かに洗練された身のこなしと美しさは、纏う絨毯がなければ、男心は一瞬で陥落させられていたであろう。流石は世界三大美女、エジプトの王。プトレマイオス朝のファラオよ・・・・・・しかし。
どうみても顔は、伊予山なんだよな・・・・・・
「クレオパトラさん」
「将軍、私のような者に敬意など・・・・・・いえ、貴方もやはり男なのですね。私の美と色香に酔ってしまわれて。可愛らしいことカエサル様。貴方が望めば我が身は思いのままに。されど心までは、私はエジプトに心を捧げたのです。私の肉体を手にいれたければ御好きに・・・・・・」
「・・・・・・っぷふ」
「はぁ?」
アイコラみたいだ。グラビアアイドルに身近な人間の顔を切り貼りしたようだ。世界三大美女に、伊予山篝の顔を貼り付けた。それが目の前で自然に動くのだからレアリティとリアリティがごちゃ混ぜになり笑いに繋がってしまう。
噴き出してしまったことに対し、クレオパトラon伊予山は御立腹のようで、
「何故笑うのだ?」
「いや、ごめん。だけどお前の顔なら、もっと慎みやかな体つきの方が・・・・・・」
「キックッ!」
「いたっ」
蹴られた。クレオパトラのおみ足で、おもいっきり腹部を。いや、伊予山。僕は何も君をバカにしたつもりじゃないんだよ。人にはそれ相応の"器"がある。君の器にその"役"はあまりにも尊大すぎるよ。
痛みは感じなかった、将軍らしく僕は鎧を着ていたためだ。
さて、もうわかっているだろうが。
勿論、これは夢の中。どうやら僕は5限の授業中に眠ってしまったらしい。
先刻会った伊予山の顔と、2限に必死こいて書き写した西洋文化史の授業が影響しているようだ。
クレオパトラと伊予山篝。それを混ぜ合わせた絶世の美女が素肌に絨毯を羽織っている。
まるで、これじゃあ。
「狐に騙されたようだな」
「それだ!」
「・・・・・・はい?」
伊予山の頭上にランプが出た。どうやら正解らしい。漫画的な手法だが。夢なので特に気にも止めない。
「しかし、違っているぞ。カエサル将軍。私は狐ではない。狐なぞではない! 私は奴等とは対極。白と黒だ! 奴等は黒! 私は白! 私は・・・・・・ぬきじゃ」
「・・・・・・ん? 何て言ったんだいクレオパトラ」
「そもそもっ! 狐が人間に化けると語り広めたのは誰じゃ? 狐じゃ! つまり、人間に化けた狐たちが書物を残し、後世へと綴ったわけじゃ嘘の歴史をなぁ!」
嬉々と語りだしたクレオパトラ伊予山の言葉を僕は頬杖をつきながら黙って耳を傾ける。何やら興奮しているようだ、ポンッと音をたてて伊予山の頭から"耳"が生えてきた。栗毛色の丸みを帯びた耳である。
「我々は人間に干渉するのを良しとしなかった・・・・・・我々には我々の社会があり、人間には人間の社会がある。
それなのに奴等は! 妲妃じゃあ、北条じゃあ、淀じゃあ、呂雉じゃあ。
奴等はどれだけの国を、文化を社会に糸をひいてきたことか・・・・・・」
そして、伊予山は絨毯を僕に向かって投げた。僕の視界は一瞬奪われ、次の時にはクレオパトラの裸体が空気に晒されるものだと構えたのだが。
「私たちも、化けるのは得意なんですよ」
絨毯が地に落ち、僕の目の前には一匹の小さな狸が二足で立っていたのだ。
そして、もう一度。ポンッと音がなる。
今度こそ、伊予山の。
正真正銘、伊予山篝の身体に変化した。
勿論・・・・・・裸である。
「私はどっちでしょう?」
「・・・・・・」
僕へと向けられた、伊予山の頬笑みがグワングワンとこの世界を包み込む______
ビリッ。
引き裂かれる目覚め。
手に握る何かが裂けた衝撃で目が覚めた。
正確には・・・・・・ジャーキングで身体をビクつかせた拍子に教科書を破ってしまったようだ。隣に座っていた学生がチラリとこちらを邪険な目で見てくるが、僕は気づかないふりで携帯を開く。
・・・・・・あと、5分で今日の授業も終わり。
首をコキっと鳴らしながら隣の生徒の様子を見ると、その生徒も帰支度に精を出しているようだった。
どうしようか。結局、誰の当てもなく。こうして、傾く日を黙って眺めることしか出来ないのか。日が沈めば月が昇る。月が昇れば奴等が出てくる。
瑠花さんも言っていたか夜に出るのが当たり前だろう、と。
考えもなしに、LINEを開き数名の名をタップしては、前の画面に戻る。それを繰り返し、繰り返し。たどり着いた・・・・・・
4/4 血ヶ平ひな
12/20
『いつ帰るの?』
『今年は帰らないよ』______既読
『今年もでしょ』
『連絡はしたよ』______既読
『お母様、寂しがるよ』
12/21
『ねえ、幌萌君』
『どうした?』______既読
『なんでもない』
『ただ』
『ちょっと、、、はなしたくて』
『電話していい?』______既読
通話時間21:14
12/22
『おはー』______既読
『もうすぐつくよ』
『何か買ってく?』
『ワイン』______既読
『チーズ』______既読
『あと、2日我慢ね、、、』
『了解orz』______既読
『:-)』
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2/14『なあ、、、部活に来ないのか?』______未読
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4/4 『学校に来てないのか? 血ヶ平、、、』______未読
終業のチャイムが鳴る。
時間も忘れて、読み返していた。過去を。
君は何処にいったんだい、血ヶ平ひな______
フラフラと教室を出る。
当てもなく、顔をあげて"過去の面影"を探す。
ああ、ダメだ。
また、戻ってる。
あの頃に。
眠れない日々に・・・・・・
僕の横を人が、人が、人が・・・・・・通りすぎていく。
暗くなる煉瓦道を足早に。
僕はただ、明かりを求めて校内をさ迷うのだ。
黒を避け、闇を避け。
明かりを求めて______
稽古場にしている旧校舎の明かりがついていた。
誰か、いるのか?
今日は部活は休みだというのに______
僕は明かりに誘われるまま、古い階段を上っていった。