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鬼伝シリーズ  作者: 春ウララ
人鬼伝~INTRODUCE~
12/29

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 ______

 

 

 人間が完全に自然から離れることはない。あくまで人間は自然の一部だ。

 

 ___エーリッヒ・フロム

 

 

 ______

 

 

 

 

 

 ______駅前で一匹の狸を見た。

 おそらく"本物"であろう。先ずはその確認からすることが僕には必要である。

 近くに居た子供がキャッキャッと指して、小さな狸を追い掛け。手を引く親に怒られた。

 『バイ菌だらけでしょう!』その言葉に狸が首を振り向いた。単に音に反応しただけだと思うが。

 子供に安価な食事を買い与える親がそう叱りつける。

 ハンバーガーよりあんパンを。アンパンマンでも見せてやれ。

 バイキンマンの気持ちがわかるよ。

 狸は、捨てられたジャンクフードの包み紙を口で突っつき、紙クズを加えて、路地裏へと歩みを進めた。

 餌を探しているようだ、子を持つ親狸なのであろう。元は自然の多かった駅前も、人口の増加と共に開発に邪魔な木々は切り倒された。

 新たに生えた、厚いコンクリートを縫って出てきた新芽。

 その新芽を踏み潰した車の影に、親狸は消えていったとさ______

 

 

 

 

 

 

 ノートPCを手に駅前にやって来た僕は雑居ビルの地下にあるカフェテリアに入った。平日の昼過ぎということもあり、会議に使うホワイトカラーや暇をもて余した老人、井戸端会議に華を咲かせる主婦などで少し混んでいたが、僕はコンセントの使用できる壁際の席を見つけることができた。

 程なくして水を持ってきた店員さんにアイスコーヒーを注文し、先述の文章をWordで打ち込むと。

 

 「______何を書いてるんですか?」

 「さっき、狸を見かけたから・・・・・・ちょっとしたメモをね」

 「狸って、本物の?」

 「・・・・・・うん、おそらくね」

 

 鈴を転がすような、跳ねた声がパソコンに向かう僕へとかけられた。赤の他人でないことは一瞬でわかる。長い付き合いなのだから・・・・・・僕が来店したことに彼女も気づいていたようで、僕がこのお店を選びやって来た目的の少女。

 僕が注文したアイスコーヒーと、自分用に淹れたアイスカフェオーレを手にもち僕の隣に腰かける。

 

 「おっす、伊予山いよやまおつかれ」

 「おっす! 幌萌さん」

 

 コロコロとストローで氷を転がす少女が僕の前にコーヒーを置いてくれた。

 

 「休憩か?」

 「ええ! そうですよ。御昼の書き入れ時が"わや"だったんで、こんな時間になっちゃいました」

 

 一息はいてコーヒーを飲む伊予山に合わせて僕も差し出された飲み物に口をつける。少し茶色がかった前髪をピンでとめ、黒のスキニーパンツとワイシャツという、このお店指定の制服エプロンを脱いだ姿である。

 伊予山篝いよやまかがりは今日も相変わらず、可愛らしい。

 僕の1つ下の大学二年生になった。童顔と明るい印象、小柄な身長のためより幼く見える。甘いシャンプーの匂いに思わず鼻を寄せてみたくなるが、伊予山にそんな変質者めいたことをしたとなれば、僕は妹に殺されることだろう。クリクリとした瞳に僕の書いた思い付きの文字列が映りこむ。ソッとパソコンをスリープさせて伊予山へと向くことにする。あまりジロジロ見られるのは気恥ずかしい。

 班蛇口や灰沼同様に、伊予山篝いよやまかがりも学内ではちょっとした有名人だ。学内という枠を越えて、SNSを利用して。

 僕自身なんとなくで始めたFacebookとTwitter、Instagramを伊予山はおおいに活用できている。

 伊予山は例えるなら小動物の様な愛らしさと愛くるしさをソーシャルネットワークを利用して、世にアピールしているのだ。将来の夢がアイドルなのか芸能人なのか、そんなことも聞いたことがある。

 ファンもいるくらいらしく、ここのカフェにもちょくちょく、伊予山目当てで通っている客もいるとか。今はまだ事務所にも所属していない素人だが、ネットワーク上とはいえ名を広めているのは凄いことだと素直に思う・・・・・・

 僕なんかよりもよっぽどね。

 ほろもえつくると、伊予山篝いよやまかがりとの付き合いは非常に長い。大学にきて知り合った、班蛇口はんじゃくや、灰沼はいぬまとは比べ物にならないほどに。

 所謂、幼馴染というやつだ。伊予山は僕の両親共通の友人である、伊予山いよやま父母の一人娘。北海道にある実家も近所にあって、僕の妹と同い年ということもあり物心ついた頃からよく遊んでいた。小学校高学年くらいのときに、伊予山が引っ越しをしてしまったので、僕との交遊はそれ以降ほぼなくなっていたが、妹とはずっと連絡を取り合っていたようだ。

 昔は"かがりちゃん"、"つーくん"と呼びあっていた"らしい"が大学で偶然に再会してからは、そんなバカップルみたいな呼び名は止め、互いに名字読みになった。 

 正直、驚いた。

 10年来の幼馴染と東京の大学で再開したことに。"ビックリした?"と去年の今頃妹から短い連絡がきたことを思うと、伊予山が僕と同じ大学に入学することを知っていたようであった。僕の知らぬところで、僕のどんな話をしていたのか。どうして僕のいる大学に入学してきたのか。偶々なのか、もしかしたら東京に一人上京する娘を心配して、友人の息子がいる大学に行かせた伊予山両親の薦めなのか。

 まあ、いいや。気心しれた妹分がいるというのも僕としても安心できるものなのだから___

 

 「かえでとはまだ連絡取ってるのか?」

 「うん、"かえちゃん"寂しがってたよ。うちの兄ちゃんが全然連絡してこないーって」

 「そんなしょっちゅう連絡することもないだろう?」

 「兄妹なのに?」

 「兄妹だからだよ、伊予山を通じて僕は元気ですと伝えてくれ。アイツは相変わらず飄飄と生きてるだろうから」

 「お兄ちゃんなのに・・・・・・ねえ創お兄ちゃん」

 「ちょっとグッとくるな、僕の妹にならないか?」

 「かえちゃんにチクっちゃうよ」

 「気にしないだろ、アイツは」

 

 幌萌楓ほろもえかえでは僕の血族とは思えないほどに、"生き方が上手い"。サバサバと我が道を行く印象を兄として持っていたのだが。気づいたら北海道の国立大学に合格して、知らぬまに色んな方面の友人を作っている。今年の頭に、スキー旅行や温泉旅行に行ったとか。旅行なんて、家族旅行と修学旅行しか経験のない兄を差し置いて。

 伊予山にしろそうだ。去年まで僕はこの少女のことを完全に忘れていたのに、幼馴染の可愛い子がいたらいいのにーと部内の男子とそんなライトノベルみたいなこと現実であり得るかよと笑っていたというのに。

 人の縁は続くものだ。

 

 「そうだ、公演見に来てくれよ」

 

 鞄から今度やる舞台のチラシを伊予山に渡すが、

 

 「幌萌さん出ないじゃないですか、結那ゆうなちゃんも」

 

 僕の後輩兼飲み仲間の、蒔苗結那まかなえゆうなとも仲がいいんだっけか。チラシの裏に書いているキャスト欄をチラッとみて、興味なさそうにする伊予山。

 

 「一応、宣伝はね」

 「んー・・・・・・バイトですね」

 「だよなー」

 

 でも、貰っておきますと言って伊予山はチラシをたたんだ。

 バイトなら仕方がない。必要とされている場所があるのは良いことだ。

 

 「あ、そういえばさ」

 

間を繋ぐように、

 本日、3回目の写真披露をすることにした。

 ベランダから撮った桜の木。今回も勿論スライドはロックしている。瑠花るかさんとの生活を一番知られてはいけないのは、おそらく伊予山であろう。伊予山→僕の妹→僕の両親と簡単に繋がってしまいかねないからな。

 

 「綺麗だろ、うちのベランダから撮ったんだぜ」

 「ふーん・・・・・・」

 

 ストローを加えたまま伊予山は小首を傾げて写真を覗く。

 僕の肩あたりに頭が乗っかるが、特に気にも止めず、

 

 「・・・・・・花見客のせいでお店が混んだんですよ。"花見"なんて字ですけど、それを口実にお酒を飲むだけでしょうに」

 「リアリスティックだな」

 「事実ですしー」

 

 僕の方へと更に重心を傾けてくる。

 先程匂った甘い香りが漂ってくる・・・・・・

 

 「んー、お酒とタバコの匂いがついちゃうよー」

 「大丈夫、良い匂いだから?」

 「え?」

 「なんでもない」

 「ん?」

 「未成年には辛い仕事だよな」

 「・・・・・・私はもう大人ですよ、"創お兄ちゃん"」

 

 かけられている重みが揺れる。

 左を向けば伊予山篝の顔がすぐ近くにあった。小犬の様な目に、僕の顔が移っているのもハッキリとわかるほどに近く。

 

 「20歳になったんですよ、先日」

 「うえ? ほんとに?」

 「ほらー・・・・・・やっぱり知らなかったんですね」

 

 少し潤んだ瞳に動揺する。

 

 「ごめんよ、ごめん! 祝わせて欲しい! 今からでも!」

 「どうやって?」

 「・・・・・・おめでとう、伊予山・・・・・・と」

 「おめでたですね」

 「それはデキちゃった時だろう」

 「プレゼントフォーミー」

 「今週中にも! 真摯と真心をこめた贈り物をするよ、伊予山」

 「そんな、大層に考えなくてもいいですよーだ」

 「いやでもさ。十年来の大切な幼馴染の記念すべき誕生日だよ、それを忘れていたことは」

 「何でも?」

 「ん?」

 

 好きなもの、くれる?

 そう小さく囁いた声に、過去の記憶は塗り替えられる。

 小さく、妹のように見えていた伊予山篝もこんな声と表情を浮かべるということに。

 僕は眉唾を呑む______

 

 「・・・・・・あ、ちょっと混んできたみたい、私戻りますね」

 「お、お、おう・・・・・・休憩中なのにごめんな」

 「いいえ、元気補充しましたから。"創さん"から」

 「え?」

 「じゃね、また来てくださいね! プレゼント期待してますよ」

 

 クルリと立ちあがり伊予山は僕に、年相応で昔ながらの可愛らしい笑顔で挨拶をすると、お店の奥へと去っていった。

 

 このあと、夕方までバイトかな。今日の予定を聞くつもりだったのだが、きっと疲れてるだろうし誘うのはやめておこうか。そもそも妹に伊予山と二人っきりで自宅になんて事が知られたら。含めてそれこそ絶縁されそうである。そのつもりも元々そこまで強くなかったのだが・・・・・・

 一瞬、魔がさしてしまいそうになった。

 

 そして、ふとLINEを開きスクロールさせる。

 

 何をやっているのだか。

 

 何を未練がましく考えているのだか。

 

 血ヶちがだいらひなの名前を見つけて、僕は少し安心した______

 

 

 

 

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