2
2
______
女はどんな正直な女でも、その時心に持っている事を隠して、外の事を言うのを、男ほど苦にはしない。
___森鴎外『雁』より。
______
『孔明には後継者がいなかった。その為大国"蜀"は滅んだと結びつけるのは容易なことである______ 蒋琬・費禕という優秀な文官を死の間際に後継者として挙げました。彼らは孔明の留守を守り国力を蓄えることに______対して、姜維は二人が死んだ後再び北伐を始め______』
「何してるの?」
「TTをね・・・・・・全体LINEで回さないと」
「授業中だよ」
「昼までに流さないと」
「言い訳でしょ」
「うん、怠慢です。ごめんなさいっと。確認してもらっていい?」
「・・・・・・ok」
『クローン技術の発展において最も弊害となるのは当然、人間の脳である。そう結びつけるのは容易なことである。が______』
「さっきまで三国志の話してなかった?」
「ほら、全然聞いてないでしょう・・・・・・ねえ、この仕込み時間あと10分短く出来るんじゃない?」
「うん? ・・・・・・ああ、出来なくはないが」
「私の名前使っていいから」
「使わないよ、竹居と、修が担当だからな・・・・・・アイツらルーズなんだよ」
「time is money」
「オーイエスッサー・・・・・・よし、送信」
演劇部への業務連絡を終えて、
隣に座る、班蛇口のノートブックを盗み見る。
書いてる内容がさっぱりわからない。そもそもこの授業なんだっけ?
先生の話が面白いから取ったというだけで、何を授業しているのかは、わからない。
ルーズリーフを机に広げてはいるが、書いてるのは脚本のメモ書きのみ。
『葡萄酒を浴びせられたヒットラー風の男』
『野田秀樹の声』
『上手より袴の袖、チラッ』
『核時計の針は、手動だろ?』
『おめでとう、おめでとう。まるでファンファーレ』
自分で書いといて何がなんだが、わからない。
この2限の授業で得られたことは。
片手間で色々やれるほど、僕は器用じゃないということ。
享受した。教授だけに。
なんちゃって。
僕が、ようやく携帯を仕舞いシャープペンシルを手でクルリと一回しし、教卓のホワイトボードに板書された文字を写し出すと。
班蛇口も小さい溜め息を溢して、教授へと向く。
「というわけで班蛇口、今日の夜空いてる? うちこない?」
「そんなstraightに自宅に招かれると、女性としてなんかshockだな」
そうそう、この授業を受ける目的・・・・・・いや、授業中に達成すべき目標は、班蛇口有栖の予定を聞くことであった。
僕が、"キッチリ"1分前に教室に入ると、班蛇口は窓際後方の席を二つキープしておいてくれた。
僕は熱心によくわからない文字列を写しながら、熱を演じて続ける。
「大丈夫、班蛇口は素敵だよ」
「取って付けたように・・・・・・それに1限に来なかった理由が、showもないよ」
「ショーもない?」
「見せられないよってこと。やっぱり不安だな・・・・・・上鬼柳さんのこと」
結局、時間ギリギリで駆け込んできた僕が、1限をブッチしたことを直ぐに見抜かれ、どうして講義に出れなかったのか?
正直に答えたのだ。
「いや、本当に何もなかったよ。開口一番暑苦しいって言って僕をソファから蹴落としたからな」
「・・・・・・仲良しだね。姉弟みたいに」
「ああ、それに近いかもな」
「いいなあ、私一人っ子だからなぁ」
「うちの実妹あげようか?」
「jokeでも言っちゃダメだよ、そういうこと」
「じゃあ、僕が班蛇口家の養子になるとしてだ」
「ならないよ・・・・・・」
意外と、瑠花さんのことについては余り問いただされなかった。
居酒屋の話を気にしているのだろうか?
______この話題嫌い?
おおっぴろげに話すことでは決してない。
どんな理由があるにしろ、特に僕と瑠花さんが一緒に住んでいる理由は特別すぎるが。
若い男女の同居生活なんて、いかがわしいイメージしか大学生には持たれないだろう。
班蛇口以外にも、僕の声が聞こえてる生徒はいるかもしれない。
僕の声というよりは、班蛇口有栖の声を聴いているか。
班蛇口有栖は、僕なんかよりもよっぽど学内では有名人なのだ。
態々、席を二つキープするほどに班蛇口と仲の良い男子。
幌萌創は秀女の友達。
幌萌創とは、何者だ?
詮索を恐れるのも過剰かもしれないが、
少し声を潜めて、班蛇口に話しかけ、
再び携帯を取りだし、今朝撮った写真を見せる。
「花見でもしようよ、家のベランダから。ほら結構景色がいいんだぜ。
気付かなかったけど。二人ってのもあれだし、蒔苗とか。灰沼は・・・・・・たぶん忙しいだろうけどさ」
「楽しそう、是非joinしたいけど・・・・・・でもごめん。私、今日は用事あるんだ」
何気ない動作で僕の携帯画面を、班蛇口はタッチして、横にスライドさせる。
スライドさせた写真は、なんと僕と瑠花さんが写っていた。
僕の肩を抱き寄せ、二人で自撮りしている写真。
きっと、昨日の夜だ。
二人とも茹でダコの様に顔を朱に染めている上に、撮ったこと自体の記憶がない。
いやいや、そんなことよりも。
こんな写真、班蛇口はおろか、他人に見せびらかせるモノじゃない。
消しておかねば・・・・・・
「・・・・・・ごめんね、また誘ってよ。結那さんとも久々に会いたいし。
愛鳥さんは、私も会いたいな」
僕が携帯を慌てて取り返そうとすると、班蛇口はスンナリと返してくれた。
チラリと様子を窺うが特に、僕たちの写真に対してリアクションはないようだ。
オドオドと話を戻そうとする。
「・・・・・・ああ。アイツ、多忙だからなぁ。予定を聞いてみるよ」
何事もなかったように班蛇口は教授の言葉に耳を傾けだす。
それを横目にLINEを開き、灰沼愛鳥へとLINEを送ろうとするが、
「授業中だよ」
班蛇口がヤンワリと注をいれてくる。
それもそうだ。黙認されているとはいえ、授業中に携帯を弄るのはよろしくない。
たぶん、灰沼は学食にいるだろうから、次の時間会いに行こう。
「ねえ・・・・・・」
「うん? ごめんごめん。授業に集中しますよ・・・・・・」
「______桜の花言葉知ってる?」
シャープペンシルをまた回し、教卓を向いた僕に対し。
班蛇口は、窓の外を眺めていた。
「______出会いとか。」
ぼんやりと返事を返す。
窓の外には、葉桜になりつつある樹。
散り際の桜の方が好きだ______
そんなことを言った"人"もいた______
出会いよりも、別れ・・・・・・
その方が"僕たち"にはピッタリかもしれない。
蛇足な話だ。
「それもあるよ、桜は種類によって花言葉が色々あるんだよ。manyにね・・・・・・」
「そうなんだ・・・・・・」
「私が好きなのはね______」
班蛇口の顔を見ようと、隣を向いた瞬間。
終業のチャイムが鳴った。
「やっべ・・・・・・」
僕の肩をぽんぽんと叩いて、班蛇口は頬笑み
「写させてあげないよ・・・・・・」
学食に行くのは、もう少し時間がかかりそうだ
急いで、シャープペンシルを走らせた______