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鬼伝シリーズ  作者: 春ウララ
鏡鬼伝~DOUBLE~
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1-0

 

 

 

 

 _________

 

 

 この世は舞台。ひとはみな、役者。

 

 ___W.シェイクスピア『お気に召すまま』より。


  

 _________

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日、今年から小学校に入学する息子からこんな質問をされた。

 『お父さんは何に成りたかったの?』

 『今の仕事がそうだよ。お父さんは夢を叶えたんだ』

 そう返せる人がいるだろうか? いや、いるわけがない。小さい頃からの夢を叶え、優しく美しい妻と活発で明るい息子に囲まれ、郊外の静かな一軒家に住み、週末には家族と友人を集め、庭でバーベキューをするのさ。勿論、これは現在の僕の夢である。人間の夢ほど曖昧で流動的なモノはないだろう。人に夢と書いて"儚"いと読むように僕のこの夢も、ただ春の夜の夢の如しである。一月ぶりの休日を昼まで寝てすごし、近所の道路工事の音に起こされた僕は昨夜飲んだ赤ワインのせいでズキズキとする頭を抑えながら、リビングへと向かう。冷蔵庫を開け、冷えた缶コーヒーを掴みそのままベランダへと出てタバコに火を灯す。妻には文字通り煙たがれるが、僕の1日はこうしてベランダから木曜日の雑多な街並みを眺めながら一服をすることから始まる。

 僕は、幌萌創ほろもえつくる今年で30歳になる。大学卒業と同時に結婚をし、育ち盛りの一人息子を持つ至って平凡や男である。ちなみに息子の些細な質問には答えられなかった。黙ったまま苦笑いを浮かべながら息子の髪をワシャワシャと撫でて誤魔化した。お前は何に成りたい? と返せばよかったと後で思ったが、妻の話によると息子は今、プロ野球選手を目指しているらしい。そういった日常会話やコミュニケーションを怠ってきた僕に語るべく夢などなかったのだ。多感な息子の夢を叶えてやりたいと休みなく働き、眠るためだけに帰ってくる賃貸マンションで、今は我慢をしている。妻との共働きで貯めたお金はそんな将来への貯蓄である。

 どんよりとした空に煙をふかせながら今一度、息子の質問に対して考えてみた。

 確か、幼稚園の頃の夢はハリウッドスターになるだったかな。小学生の時には警察官、息子と同様にプロ野球選手。その後もコロコロと変わり漫画家、映画監督。そして、脚本家だ。上京して大学に入った頃、僕の将来の進路はそこに定めていた。大学の演劇部に入り、シナリオや劇作を書きながら意欲的に創作活動に励んでいたあの頃、毎日が刺激的だった。友人たちと夜通し遊び、語り合い。将来の目標や夢を肴に酒を飲んだ日々・・・・・・

 思い返せば何と輝かしい宝石の様な時代であったろうか。

 今を生きる僕にとって、その頃の出来事が全て現在に直結していると言っても過言ではないだろう。

 しがない三十路男の青春。本書きになり損ねた男の自伝を思い返し、語りたいと思う。過去を廻れば今がもう少し輝くと信じて。

 息子も学校へ行っており妻も働きにいっている。この2DKの一室には僕しか役者がいない。お誂え向きにも一人語りの舞台は整っている。

 きっと、楽しんで貰えるはずだ僕の日常は、少し不思議であったから。

 

 そういえば、あの日。同じように自分の過去を振り返ることをしていたのだったか______

 

 

 

 

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