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4・【全体効果】のポーション

「ん〜、よく寝たな」


 背伸びをしながら起き上がる。

 迷宮の中とはいえ、こんなによく眠れたのは久しぶりかもしれない。


 テントの外に出ると、何故かジェリーが目の下にクマを作っていた。


「眠れなかったのか?」

「あ、あんたが襲いに来ると思ってそわそわして眠れなかったのよ! 責任取りなさい」

「なんで俺が!!」


 当たり前のことではあるが、テントの中では俺・イアン・マルコム。もう一方はジェリー・ローランドと男女で分けている。

 イアンは途中で起きて、マルコムと寝ずの番を交代したみたいだがな。


 俺はそんなものはやっていないので、少し申し訳なさがあった。


「じゃあ——迷宮の外に出ようか」


 そう言って昨日と同じ隊形で歩き始めた。


「ここって地下迷宮なんだよな」

「そうだよ」

「じゃあここって何階層くらいなんだ? もしかして結構奥……」

「ハハハ、違う違う。ここは五階層。低階層と呼ばれるところさ。モンスターも大したのが出てこないし、だからこそ君を守ることが出来る」

「成る程な」

「危険なのは五十階層くらいからかな? とはいっても、僕達は百階層くらいまでなら潜った経験があるんだけどね」

「ひゃ、百!」


 五階層と比べたら天と地ほどの差があるじゃねーか。


 やはりイアンとかいう男、なかなか優秀な男のようである。


 まあ【勇者の証】だなんていう明らかなチートスキルも持っているしな。

 そう考えればそこまで驚く必要はないかもしれない。


 

 ——その後、俺達はスムーズに迷宮の外へと向かっていったぽい。



 ぽい、と言ったのは迷宮の構造が分からないからだ。

 途中で出てくるモンスターにイアン達は手こずることもなく、ここまで来れたもんだと思う。


 だが。


「ふう」

「疲れたのか?」

「え? そんなことないさ。ここは低階層だしね」


 とは言うものの、イアンの顔には疲労が滲んでいた。

 見れば他のみんなも一緒である。


 当たり前か。

 昨日から歩きっぱなしだもんな。

 イアン達にとっては大したことないかもしれないけど。

 ただついて行っているだけで、寝ずの番もしていない俺でも疲れを感じているのだ。

 イアン達はそれ以上の疲労を感じているに違いない。


「イアン……ちょっといいかな」

「なにかな?」


 一旦、立ち止まる。


「昨日……【全体効果付与】のスキルを試してみたんだ。それで作ったポーションがこれ」

「ほお」


 バッグからポーションを取り出す。


「スキルの使い方がもう分かったんだね」

「ああ、色々と試してみたら使うことが出来た」

「それで?」

「多分だが……このポーションに【全体効果】のスキルが付与されたと思う。よかったら試してみてくれないか?」


 そう言うと、ジェリーが怒ったような形相で、


「そんなこと言って……まさか毒じゃあるまいわね!」

「そんなまさか。恩人にそんなことするわけないだろ」

「分からないわよ。それに【全体効果】のスキルがあるポーションなんて聞いたことないわ。イアン、きっとこいつは嘘を吐いているのよ」

「僕はそうは思えないね。【全体効果付与】のスキルがあることは確かなんだし。僕はコウキを信頼するよ」

「こ、こんのお人好し!!」


 唇を尖らせて、腕を組むジェリー。


「じゃあ、有り難く飲ませてもらうよ」


 そう言って、イアンは躊躇ためらわずにポーションを一気に口に流し込んだ。


「……どうだ?」

「う〜ん、普通のポーションみたいだけど。確かに疲れは取れたけど——」

「イ、イアンっ!」


 先に叫んだのはジェリー。


「おかしいわ……こんな感覚初めて」

「どうしたんだい、ジェリー?」

「ポーションなんて飲んでないのに……飲んでないのに、飲んだ時と同じように……体の疲れが取れて……」

「マルコム、ローランドはどうだ?」


 イアンがマルコムとローランドに視線をやると、二人共驚いたように首を縦に振った。


「なんということだ……【全体効果付与】という名前からして、もしかしてと思っていたけど……まさか本当に【全体効果】のポーションが作れるなんて……」


 まだ瓶の中に残っている液体状のポーションを見て、イアンは目を輝かせている。


 やはりパーティー全員に効果があるようなポーションを作ることが出来たのだろうか。

 イアン一人しか飲んでいないのに、他のみんなも効果があったと証言している。


 しかし俺の方は特に疲れが取れたとは感じていない。

 イアンやジェリーには効果があったのに、何故俺には効果がないのだろうか。


 俺はパーティーと認められていない?

 ならばパーティー……つまり『全体』として認められるためにはなにをすればいいのだろうか。


「……コウキ。やっぱり君は僕の思っていたような人物のようだったね」


 俺の手を握り、ブンブンと振ってくるイアン。


「どうだい? 良かったら、僕達のパーティーに入らないかい?」

「ちょ、ちょっとイアン!」


 イアンの申し出に、慌ててジェリーが口を挟む。


「それはさすがにやりすぎでしょ! こんな戦力外の男を……」

「【全体効果】のポーションを作ることが出来るのに? それに——【全体効果】を付けられるのはポーションだけ、と決まったわけじゃない」

「…………」

「彼がいれば、ローランドのMPを気にせずに迷宮の奥に進むことも出来る。今の内に彼を抱え込むことは——」

「えーっと、悪いけど……」


 言い争っている中、悪いが。

 手を挙げて、恐る恐る俺は口にする。


「俺は冒険者になるつもりなんてないんだ」

「え? そんなに有用なスキルを持っているのに?」

「ってか戦いたくない。実際、守ってもらっているだけなのに、ここまで歩いてきてかなり疲れた」


 ——スローライフを送る。


 そう、俺の異世界での目標はそれだったはずだ。


 ここまで見る限り、イアン達のパーティーはかなり強い部類に入るだろう。

 もしかしたら、彼に付いていけば俺の異世界生活は順風満帆かもしれない。


 しかし!

 だからといって、モンスターと戦うことは嫌なのだ!

 いや、実際戦わないとしても、モンスターが近くにいるっていう状況が無理なんだ!


「俺は……この【全体効果付与】のスキルを使って、アイテムを作り出す人……そうだな、アイテム職人にでもなるつもりなんだ。悪いけど、イアンの申し出は断らせてもらうよ」

「う〜ん、もったいない——いや、アイテム職人か。うん。それはそれで、君にとって良いことかもしれないね」


 残念そうな表情を見せて、イアンは俺の手を離す。


「残念だけど、応援するよ」

「ありがとう」

「そうだ、迷宮を出たら良い人を紹介してあげる。その人だったら、君の良さが分かるはずだよ。彼に今後の生活について聞けばいい」

「良いのか? そんなに良くしてもらって」

「もちろん」

「……もしかしてなにか裏があるんじゃないか」


 タダより怖いものはない、っていう。


 実際、ここまで俺を守ってくれただけでも、イアン達にとってはかなり大判振る舞いだったと思う。


 良い話には裏があると思え。


 それが元の世界で社会人をしていた俺が持つ教訓の一つでもあった。


「ハハハ、もちろん裏はあるよ」


 そんな俺の疑問を、笑い飛ばすイアン。


「パーティーに入ってくれないとはいえ、君は有能なスキルを持った人材だ。その人に恩を売っておけば……後々のリターンが大きくなる、と思ったのさ」

「分からないぜ。迷宮を出たものの、生活出来なくなってくたばるかもしれない」

「まさか。そんなスキルを持っていれば、それだけはない。それは僕が保証するよ」

「はあ……」

「それに、そうならないためにも——迷宮を出たら良い人を紹介してあげるから」


 イアンにとって、今の採算を度外視してでも、俺には優しくしておくべきだと思っているのか。


 俺?

 いや、違う。

 正しくは【全体効果付与】のスキルに対して、だ。


 今のところ、このスキルの有能性がまだはっきりとしていない。


 そもそもどこまでが『全体』に含まれるのかも分からない。


 なのでイアンが俺に優しくしているのは、なんだかふわふわとした気分だった。


 ……まあいっか。


 イアンがいなかったら、俺は一匹目のクリーピーインセクトに殺されていただろう。


 拾われた命だと思って。

 ここはイアンを信頼してみてもいいのかもしれない。


「じゃあ行こうか。迷宮の出口はもう近いから」


 イアンの言葉通り、もうちょっと歩くと迷宮の外へと出た。

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