3・【全体効果付与】を使ってみました
「あった!」
しばらく歩いていると。
突然、ジェリーがそう叫びしゃがみだした。
「ふう……他の冒険者に取られていたり、モンスターに破壊されてなくてよかったね」
イアンが腕で額の汗を拭う。
「一体どういうことだ?」
「僕達は迷宮でこれを探していたんだよ」
ということは、今ジェリーがしゃがんだのは落ちていたアイテムを拾ったということなのか。
「本当に……本当に良かった!」
ジェリーが大切そうに、その拾ったアイテムを見ている。
「それは……首飾り?」
ジェリーが持っている首飾りには、禍々しい黒色のダイヤのようなものが付けられていた。
禍々しいことには変わりないが、そのダイヤが黒く光り輝いていた。
「うん。それは《邪王の首飾り》というアイテムでね。
つい先日、迷宮に潜った時に落としてしまったのさ。それで僕達は《邪王の首飾り》を探すために迷宮に再度潜った——というところ」
成る程。
だからこそ、俺という異分子を抱えてでも迷宮の外には出なかった、ということなのか。
ただの落とし物なので、いつなくなるか分かったもんじゃないからな。
「貴重なアイテムなのか」
「う〜ん、どうだろう。確かに貴重なアイテムであることには変わりないけぢ……持っていてもそこまで珍しくない、というか」
「そうなのか」
「うん。その証拠に王都のアクセサリー屋で売ってたものだしね。大枚は払ったけど……」
「例え売り物でも、私にとったら大切なのっ!」
ジェリーが大きな声を上げる。
「だって……パーティーのみんなが私のために買ってくれた誕生日プレゼントだもの」
そう言って、ジェリーは大切そうに《邪王の首飾り》を首に付けた。
ふむ。
なかなか男勝りな性格かと思っていたが、なかなか可愛らしい女の一面もあるみたいだな。
あれだけ禍々しい首飾りなのに、ジェリーが身に付けると不思議と似合っていた。
ジェリーは可愛らしい女の子だ。
きっと元の世界にいると、アイドルとしてスカウトされているかもしれない。
「うんうん、それにしても良かったね」
イアンが嬉しそうにそう言った。
「今すぐ帰りたいところだけど——みんな疲れているだろ?」
そのままそう続けた。
——ここまで来る間に、最初のクリーピーインセクト以外のモンスターとも戦ったのだ。
スライムらしきモンスターだったり、オークらしきモンスターだったりと。
……まあ俺はなにもしてないんだがな!
マルコムの背中に隠れて、みんなの戦いを見てただけなんだがな!
だが、歩き疲れたことは間違いない。
長い社畜時代のせいで運動不足に陥ってしまっているのだ。
足首に乳酸菌が溜まり、今すぐにでも寝転びたい衝動に駆られる。
「この辺りはモンスターの気配も少ないみたいだしね。結界を張って、一度睡眠を取ろうか」
「迷宮の中なのにか? 危険じゃないのか?」
「もちろん危険もあるよ。でもこのまま疲れたまま歩き続けるのも十分危険さ。それに迷宮攻略は何日にも跨ぐことがある。決して迷宮の中で休むのは珍しい行為じゃないさ」
「任せてくださいませ。私の結界魔法があれば、この辺りのモンスターなら寄ってきませんから」
ローランドが杖を掲げて、ニコと微笑みかけてくれた。
ジェリーは活発な女の子であるが、ローランドは逆に清楚な大人な女性といったところであった。
長い黒髪は流水のようで、一体どんな手入れをしているのか気になる。
そんな美女に微笑みかけられれば、ついつい頬が緩んでしまうというものだ。
「〜〜〜〜〜! あんた! ローランドに見とれているわね!!」
「な、なんで俺がそんなことを!」
「嘘おっしゃい! いきなり色目を使うなんて下劣だわ。臆病だけではなく、豚みたいな旺盛な性欲もあったのね!!」
ジェリーが詰め寄ってくる。
どうしてこいつは何度も何度も俺に突っかかってくるんだ!
いや、見とれていたのは事実なんだけどよ!
「まあまあジェリー……とにかく、言った通り今日はここで休むよ。せめて迷宮から出るまでは、二人とも仲良くね」
「ふ、ふんっ!」
ジェリーが不機嫌そうに視線を逸らした。
そんなわけで。
俺達は——迷宮の中ではあるが——テントを張ってしばらくの休息を取ることになった。
「……眠れないな」
上半身を起こす。
……社畜時代のせいで、慢性的な睡眠不足に陥っていたというのになかなか寝付けずにいた。
というより、社畜の頃から眠りに入るのが下手になっていたように思う。
「ちょっと外の空気でも吸うかな」
俺はバッグを持って、テントの外に出る。
これはイアンから貰った余り物のバッグだ。
まあ外に出たとしても、迷宮の中であることには変わりないが。
「マルコム……マルコムも起きていたのか」
「ん」
筋肉男のマルコムがテントの外で、岩の上に座っていた。
寝ずの番、というところなのか。
それにしても、マルコムという男。
なかなか無口な男である。
俺やイアンが話しかけても「ん」と返事をしているところしか見ていないぞ。
なのでマルコムと会話をして、眠くなるのを待つということも期待出来なかった。
ってか会話を続ける自信がねーよ。
「……暇だし、ちょっと試してみるか」
マルコムから少し離れたところに座り、バッグの中からとあるものを取り出す。
——それは青色の液体が入った小瓶であった。
これはイアンから貰ったポーションである。
なんでも、万が一怪我を負った場合はこのポーションで治してくれ、と。
無論、そんな機会は一度たりとも訪れなかったが。
小瓶の蓋を取って、臭いをかいでみる。
独特な臭いである。
元の世界で例えるなら、つーんと鼻にくる臭いは栄養ドリンクのそれと似ているだろうか。
このポーションはそのまま飲んでも、もしくは体にぶっかけても疲れや傷が癒えるらしい。
ただ俺が持っているポーションでは効き目が弱く、疲労が少し回復したり、掠り傷をなくすくらいの効果しか期待出来ないだとか。
「折角、神様からスキルを貰ったんだしな。イアンは何故か教えてくれないし」
【全体効果付与】のスキルの全容について、早く知る必要があった。
何故なら、このスキルは俺が異世界で生き抜いていくために最重要のものと考えられるからだ。
神様は生産職のスキルを授けてくれたみたいだがな。
とはいってもあんな猫耳のことに全幅の信頼を抱く、ってのも変な話だろう。
自分で試行を繰り返してこそ、スキルの正体が分かるというものだ。
きっとイアンもそういう意味で教えてくれないんだろう。
「スキルオープン」
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コウキ・オクムラ
SP10
『所持スキル』
【全体効果付与】Lv1
ターゲット:ポーション(消費SP5)
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まずは自分のスキルの確認。
Lv1……ということはLvを上げていくことも可能なのだろうか。
【全体効果付与】という名前からして、【全体効果】というなにかをなにかに与えることが可能なのだろうか。
そしてターゲットに『ポーション』とある。
ならばSPを消費して、ポーションに【全体効果】を与えることが可能だと考えられた。
「といっても、どうやって【全体効果】を与えればいいんだ……?」
ここから途方に暮れる。
ポーションが入った瓶を強く握ってみたり、その上で「【全体効果】よ宿れー」と念じてみてもなにも起こる気配がない。
……いきなり詰んだか?
「……アイテム」
「うおっ!」
「……アイテムの詳細を知りたければ、それを持った状態で『このアイテムのことを知りたい』と念じればいい」
後ろからマルコムがいきなり話しかけてきたのでビックリしてしまう。
しかもマルコムはそれだけを言って、また定位置に戻ってしまった。
「……ありがとよ」
不器用な性格ながら、優しい性格なのかもしれない。
本当はスキルのことが知りたかったわけだが、ポーションを持ったまま途方に暮れている俺を見て、アイテムの詳細を知りたいと勘違いしたのだろう。
俺はそうマルコムに呟いてから、マルコムの言った通りに『アイテムのことを知りたい』と念じてみる。
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ポーション
区分:回復薬
効果:対象を小回復させる
スキル:
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驚くべきことに、ポーションの詳細な情報が文字となって目の前に浮かんできた。
スキルオープンの時とはまた違うんだな。
自分のスキルは頭の中に浮かんできただけなのに。
「スキルのところが空白ってどういうことだ?」
……空白ってことは、ポーションに特別なスキルはない、ということなのか。
ここで俺は閃く。
ならば空白になっている部分に【全体効果】を付与させることが出来るのではないか、と。
「う〜ん、とにかく試してみるか」
まずは空白になっているところを指で触ってみる。
《【全体効果】を付与しますか?(消費SP5)》
ビンゴ!
いきなり正解を引いたみたいだ。
《【全体効果】を付与しますか?(消費SP5)
はい いいえ》
「『はい』のところをクリックすればいいのかな?」
恐る恐る『はい』のところを触ってみる。
無論、触ってみるといっても文字が浮かんでいるような状況なので、感覚はなく指が文字を通り抜けてしまうんだが。
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ポーション
区分:回復薬
効果:対象を小回復させる
スキル:【全体効果】
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おっ、スキルのところに【全体効果】ってのが新しく現れたぞ。
これで【全体効果】のスキルを付与させることが出来たのだろうか。
次にスキルオープンと唱えてみる。
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コウキ・オクムラ
SP5
『所持スキル』
【全体効果付与】Lv1
ターゲット:ポーション(消費SP5)
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うん。
俺の考えは合っているみたいだ。最初10あったSPが5も減っている。
ポーションを手に取る。
見た目は変わっているように見えない。
それにしても【全体効果】というスキルはどういう意味があるのだろうか。
「普通に考えたら全員に効き目が出るようになる、ってところだよな」
例えそうだとして、全員というのはどこまでの範囲のことを言うのだろうか。
さすがに異世界にいる人間全員、ということじゃないだろう。
どんなチートだ。
ならば目の届く範囲だろうか?
そう考えると【全体効果】というスキル、やはり微妙なものなのかもしれない。
「……まあいいや。明日イアンに聞いてみよう」
今試してみても、俺とマルコムしかいないしな。
他のみんなは寝ているし。
……なんてことをしていると、瞼が重くなってきた。
「マルコム、悪いけど寝させてもらうよ」
「ん」
そう挨拶をしてテントの中に戻った。
今度はビックリする程、すんなりと眠りに落ちることが出来た。