1・最強パーティーに助けられる俺
次に——視界が戻ったら、洞窟のような場所に立たされていた。
「……なんで、こんな状況がすぐに理解出来ないような場所に転移させるかね」
ゴツゴツとした岩。
ピリピリと肌に突き刺さるような空気。
「洞窟……だよな? なんで、こんなところに転移したんだ?」
こういうのは人が一杯いる田舎村とかに転移だろ。
いきなり洞窟に転移ってなっても、これからどうすればいいのか戸惑う。
「取り敢えず歩いてみようか……」
と思って一歩踏み出した時であった。
「っ!!」
カサカサ……。
なにかが動くような音が聞こえる。
誰かいる。
俺は咄嗟に岩陰に隠れ、物音のした方に目をやる。
「うわ……なんだ、ありゃ! でかいゴキブリみたいなのがいる」
いきなりだが、俺はゴキブリが大の苦手である。
ゴキブリをスリッパで叩くことも無理だし、あんなことが出来るヤツの神経を疑う。
なので今、目の前で動き回っている巨大なゴキブリを見て吐き気を催してしまう。
「一体なんなんだ、これは……」
そこで一つの考えに至る。
——あれって、もしかしてモンスターじゃないのか?
神様とかいう猫耳女は戦闘系のスキルを俺に授けようとしてきた。
なので転移した異世界でモンスターがいて、戦ったりするのは容易に想像が出来た。
……うん。
あんなでかいゴキブリ(?)。モンスター以外に有り得ない。
「だったらここは——ダンジョンかなにかか?」
街や村にモンスターが闊歩しているとは考えにくいだろう。
あいつ!
よりにもよって、ダンジョンかなにかに転移させやがった!
生産職のスキルしか持っていないのに?
ってかどうやってスキルを使えばいいのかいいかも分からねーよ!
ギョロッ。
ゴキブリモンスターの赤い目がこちらを向いた。
睨まれた瞬間、体が固まってしまう。
「あ……あ……っ!」
ゴキブリモンスターがカサカサと音を立て、こちらに向かってくる。
俺は無理矢理体を動かして、弾けるようにしてゴキブリモンスターから逃げ出した。
「じょ、じょじょじょじょ冗談じゃねーぞ!」
ちっ!
しかもゴキブリモンスター! 結構、足が速いじゃねーか。
長年の運動不足もあって、ちょっと走るだけで息が切れてしまう。
足場も悪いせいか、所々躓きそうになってしまう。
しかし、躓いた瞬間にゴキブリモンスターのご飯になることは想像容易いことであろう。
「はあっ、はあっ……し、死にたくない……!」
なんでいきなりこんな目に遭わなければならないんだ。
あの神様はなにを考えてやがんだ。
「——っ!」
とうとう転んでしまった。
体の痛みよりも先に恐怖が襲いかかってきた。
尻餅を付いた俺にゴキブリモンスターが近付いてくる。
こうやって間近で見ると、そのグロテスクな容貌が鮮明に見えた。
——あっ、ここで死ぬんだ。
と覚悟を決めた時であった。
スパッ——!
そんな音が聞こえた気がした。
俺にのし掛かろうとしてきたゴキブリモンスターが、突如真っ二つに切断されてしまったのだ。
なんだなんだ?
なにが起こったんだ。
剣かなにかでゴキブリモンスターを切断した?
よく見えなかったが、後ろから一刀両断。
誰かが……助けてくれた?
「——大丈夫かな?」
真っ二つになったゴキブリモンスターの死体。
そのゴキブリモンスターを一発で倒したであろう——その男は俺に手を差し出してきた。
「あ、あなたは?」
「僕はイアン・ルトラトス——困っていそうだったから助けたんだけど、もしかして迷惑だった?」
「そんなわけはない。助かった」
その男の手を取って、立ち上がる。
俺の手は先ほどの恐怖のせいか、まだ震えていた。
「さっきのは?」
「クリーピーインセクトさ。この地下迷宮に出現するモンスター」
そっか、やっぱりモンスターだったのか。
それにしても、このイアンとかいう男。なかなかのイケメンである。
キレイな金髪をふさあと掻き上げる仕草がとても様になっていた。
「あんた、クリーピーインセクトも知らないのっ? そんなんで本当に冒険者?」
と。
イアンの後ろからツインテールの女の子も出てきた。
さらによく見ると、イアンとツインテールの女の子だけではなく、筋肉隆々とした男、さらに神官のような女の二人もいた。
「そもそも俺は冒険者じゃない」
「はあ? 冒険者じゃないのに、どうして地下迷宮に来たのよ」
「そんなこと言っても……」
「まあまあジェリー……」
どうやらツインテールで気の強そうな女はジェリーと言うらしい。
「俺はこことはまた違う世界からやって来たんだ」
「ん? どういうこと」
俺はこれまでのことを説明した。
働きすぎて死んでしまった、ということ。
神様にスキルを授かったこと。
いきなりこんなところに転移してしまい、困っているということ。
するとイアン一同は驚いたような顔になり、
「《異人》……ということなのか」
「《異人》?」
「ああ。なんらかの方法で異世界からやって来た人達のことを、こちらでは《異人》と呼んでいるんだ」
「ということはあまり珍しくないのか」
「そんなことはない。僕達は冒険者になって、人脈も割と広い自信はあるんだけど、《異人》なんてものを見るのは初めてだ」
「《異人》ってのはこの世界ではどういう扱いを受けているんだ?」
「……うーん、それぞれだね。でも《異人》はこの世界にやって来る時に、珍しくて強力なスキルを授かっていることが多いから。重宝されることが多いかな?」
質問ばっかで少し申し訳なさもあったが、イアンは嫌な顔一つせず答えてくれた。
《異人》が重宝される。
それは俺にとっては朗報だ。
《異人》を見つけたら殺せー、汚物は消毒だー、なんて迫害される世界観だったら大変だからな。
「そういえば、まだちゃんと自己紹介をしていなかったね。僕達は——」
クリーピーインセクトを倒した金髪の男はイアン。
ツインテールで強きな女の子はジェリー。
神官っぽい女性はローレシア。
筋肉バカっぽい男はマルコム。
まとめると、そんなところだった。
「それにしても……働きすぎて死んでしまうなんて……そんなこと、わたくしは聞いたことありませんわ」
と神官っぽい女性……ローレシアが頬に手を当てて、困り顔で言った。
「俺の国では割とポピュラーな死に方なんだがな」
「それは真ですか?」
「ああ、俺みたいな死に方を過労死って言うんだぜ」
「あなたの国ではそれ程、過酷な仕事をしてらっしゃるのですか? 確かに……冒険者ならばダンジョンに潜った際に罠やモンスターに殺される可能性もありますが」
「いや、俺の場合はただ机に座って書類を作っているだけだった。それでも働きすぎて死んでしまうんだよ」
「金銭を得て、ご飯を食べて生きるために働いているんでしょう? それなのにどうして死ぬまで働くんですか。本末転倒じゃないですか」
「それは……」
言葉に詰まってしまう。
元の世界にいた頃は、そんな当たり前のことにも気が付かなかった。
「まああの頃は疲れていて考える暇もなかったんだよ」
だが、この世界ではスローライフを送るって決めているんだ。
それなのに……イアンの話を聞くに、ここは地下迷宮?
地下迷宮ってモンスタがー一杯出てくるところだよな。
なんでスローライフを送ろうとしているのに、俺は地下迷宮にいるのか。
あの神様、次に会ったらぶっ飛ばしてやる。
「この世界に来たばかりということは、ここでお別れしてしまったら君にとって危険だろうね」
とイアンが恐ろしいことを口にする。
「すぐには帰れないけど、良かったら僕達と一緒にしばらく迷宮を探索するかい?」
「ちょ、ちょっとイアン!」
イアンの提案に、猛反発するジェリー。
「なんでこんな足手まといを!」
「だからといって放っておけないだろ? 帰る時に、この人の死体が倒れていたら後味悪いだろ?」
「それはそうだけど……」
「それに《異人》だよ《異人》。今はレベルが低くても、後ほど大きな戦力になるかもしれない。今の内に恩を売っておくのは、僕達にとってもメリットがあると思うけど」
「…………」
反論する材料がなくなったのか、ジェリーが口を閉じた。
「もちろん、君が良かっただけどね。帰るのはちょっと用事を済ませてからになるけど、それまでは君のことは責任を持って守るし……どうだろ?」
考えるまでもないだろう。
さっきのクリーピーインセクトが襲ってきたら、今度こそ死ぬ自信がある。
ってか肉体が死ななくても、精神が死ぬ。きっと死ぬ。
「俺にとっては有り難い話だよ。是非、付いていきたい」
「それは良かった——」
イアンの笑顔。
くっそー。
やっぱこいつイケメンだわ。
ふと笑っただけでも随分絵になる。
「それにしてもまだ君の名前を聞いてなかったね」
「ああ、俺は奥村幸希——いや、こっちの世界ではコウキ・オクムラか?」
「コウキか。よろしくね、コウキ」
スローライフ計画は一旦中断。
取り敢えず今はイアンに付いていき、迷宮から脱出しよう。